「演劇症候群」とリンクした世界です。



ずっと王子様待遇で生きてきたんだろうな、あいつ。
私は奴の綺麗なツラをまじまじ見つめながら頭をかいた。私も高校まで女子校だったからそこそこに王子様待遇は受けていた。背が高くて性格がドライってだけだけど。でも男女が混在するこの大学、そしてミュージカルサークルに来てみれば、私なんてアバズレ役がお似合いのただのずぼら女子。神崎はアッシュでゆるふわ髪のやたらチークを塗りたくった森ガールが好きだし、そういう、小動物目指してるのかな? みたいな女子にモテるから、まさかあんな簡単に私と付き合うなんて思ってもみなかった。
「先輩、休憩終わりますけど、ずっとその体勢でしたね」
ミニペットボトルを両手で持って、しゃがんだままでこちらに寄ってきた後輩女子が私に言った。
「横山……あんたは天然素材で清楚系なのに狙ってなくてホントいいよね」
ソファの肘掛にひじをついた、態度のデカイ体勢を崩しながら、私は彼女の綺麗な黒髪を見て言う。
「何言ってるんですか」
「私も可愛く生まれたかったなー」
「可愛いですよ先輩」
「はい休憩終わりー。2場からもう一回!」
同期の前田が手を叩いてそう告げた。私はため息をつきながら立ち上がる。
「そうだ横山、前田と付き合ってる?」
「え、まだです」
まだ、って。
私は神崎と別れてまだ3日。不思議とそこまで落ちてない。公演が近いのに別れ話をしたのは、当然お互いに、別れたところでそこまでダメージを食らわない、その程度の愛しかなかったってことが分かっていたからだ。
2場の頭は出番がないので、私は稽古場の隅を陣取って振りの確認をし始めた。2場の通しは、のっけからアンサンブルの動線がかぶって皆が笑って一時中断している。前田も「コラ、笑うなよ」と言いながら少し吹いていた。そんないつものやりとりを聞き流しながら私は踊り続けた。しかし、曲が始まった途端そうもいかなくなった。2場の出だしは神崎のソロナンバーだ。
キラキラの金髪がよく似合う色白で、歯も真っ白でキシリッシュガムのCMに出てきそうな爽やかな笑顔が印象的。細マッチョ。物腰が柔らかくて紳士だから、若干男には嫌われている、本当に、絵に描いたような王子様タイプ。私がもっとも苦手とする手ごたえのない男だった。どうせあまったるーい王子様ボイスで歌うんだろうなと思っていた。
でも、裏切られた。
彼の歌声はまるで沸きいずる源泉のように豊かで深かった。見た目はなんとかレンジャーの俳優並みに子供向けの分かりやすいイケメンなのに、歌ったらこれが異常に色っぽいのだ。オーソドックスを具現化したような男なのに、少しトリッキーで聞けばすぐに彼と分かる歌声なのだ。申し分ない声量に、うるさくない繊細かつ男らしいビブラートも私好み。彼は今年の4月に同期のミーハー女子がスカウトして連れてきた。それを前田が気に入って入部。あの日、彼が歌うのを初めて聞いたとき、身体が震えた。歌の上手い人間ならこのサークルにたくさんいるが、ここまで私の心を掴んだのは彼が初めてだった。忘れられない衝撃を受け、私は一瞬にして神崎の虜になってしまった。
「神崎くん、歌素敵だったよ」
初めて話しかけたときはたしかこんなかんじだった気がする。私はいくら感動しても棒読みの感想しか述べられない。感情豊かで可愛い表情よりどりみどりの彼とは違うのだ。
「ありがとう! えっと……」
このときの王子様スマイルにはいくらか腹が立った。
「中嶋。中嶋有紗」
「そう、ごめん。中嶋さん。ありがとう」
嫌いなのよ、努力もしないで、顔がいいだけなのに皆から愛される存在が。
そんな僻みで彼を嫌う自分が恥ずかしくて、どうにか彼に優しくしようとした結果なのかもしれない。
好きになった。
ような気になっていた。しかも意外と、好きになられてしまった。
「有紗ちゃんみたいな姉御肌の女の子も、俺意外と好きだよ。一緒にいて安心する。ほら、俺ダメダメだからさ」
「何がダメダメだよ、何もしなくても周りがどうにかしてくれるってのは才能よ才能」
ホントにダメな男だった。自覚はしているようだがボケボケ男だった。私は彼の的外れな言動にいちいち腹が立って仕方なかった。それでも半年近く交際が続いたのだから驚きだ。
神埼との交際で何がよかったのかといえば、ひとえに、甘ったるいミュージカルのデュエット曲をふたりで歌いまくったことだった。あの声で歌われたら私はボケボケ王子の本性というか、本質というか、そんなことはまったくどうでもいいと思えてしまった。最高の歌声で、最高な愛の言葉を奏でてくれる。自分がこんなロマンス重視の恋愛をするとは夢にも思っていなかった。それでも彼の声に夢中だった。
神崎のソロナンバーをぼーっと聴いていて踊るのをやめていたことにやっと気がついた。でも、もう集中できそうにないのでその場に体操座りして通しを見守る。神崎の恋人役が登場した。ふたりのやりとりを見ているうちはなんともなかった。けれどもやはり、デュエットが始まった途端に若干泣けてきた。私が振ってさえなければ、今もあの歌声は私だけのものだったのかと思うと、後悔なんかしていないはずなのに、神崎にはもう愛想を尽かしたというか、夢から覚めたはずなのに、何故か、妬ける。
神崎はもう私のためだけに歌ってくれることはない。そういえば夏にはへたくそなピアノの弾き語りでポップスも歌ってくれた。私のために練習してくれていた。なんだよ、ボケボケ王子、可愛いじゃん、とまで思わせた。多分神崎は私が神崎を嫌ったほど私を嫌っていなかったと思う。だから、私が嫌いにならなければまたそうやって健気に歌ってくれた気がする。もう、なんだか、彼のどこが好きだったのか嫌いだったのか、自分でもよく分からない。
恋をしなくちゃあの歌声は手に入らなかった。恋をせずに手に入れたかったけれど、そんなわがまま、通用しない。
「眠いんですか先輩」
また横山が隣に座りにきた。私は自分の膝に顔を埋めていた。
「横山、王子様好き?」
「さほど」
私は顔をあげて、後輩のユニークな返答に笑った。そしてチラリと神崎を見る。
王子様は顔も声も皆のもの。皆のために持って生まれたもの。かわいそうね、王子様。あんた案外、いい奴なのに。

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