「高校生かー……俺たち高校のとき何してた?」
「勉強してた。俺はな」
理一は即答する。もちろん俺は勉強なんて真面目にやった記憶もない。アイノコで勉強を真面目にやるのは変わった奴ばっかりで、大抵人間に媚を売って人間社会になじもうと必死で、社会に出たら霊媒師にならずに普通に就職するマイノリティーだった。いくら時代が変わったからといって、やはり主流は“アイノコとしての人生”だ。しかし理一は違って、トップクラスの成績だったが人間たちとの交流は一切持たず、結局大学にも行かなかった。
「友達はいなかった」
俺はそう付け足した。
「やっぱそうなの」
と、深雪。
「うん。中学までは話してくれる人間もいたけど、高校になるともう存在してないかのように扱われてたな。こいつとクラス離れると毎日鬱だった」
「俺はこいつが席近いと鬱陶しいから別によかった」
理一は辛辣に返すが、もうこれは幾度となく言われてきたことなので俺も「うん」と普通に頷いた。
「親友なんだ、ふたり」
「うん、ていうか、義兄弟なんだ」
「いいね」
そう言った深雪の声は妬ましげに暗い色を帯びていて、すぐに彼女には学校に友達もおらず、家族とも上手く行っていないことが分かった。俺が無駄に楽しげに喋ったことに、しまった、と口をつぐむと、
「重要事項について話したいんだが……ここじゃまずいな。うちで話すか」
理一がさっさと話題を切り替えた。彼のコーヒーもそのときにはさすがになくなっていた。
「いいか? 来てもらっても」
「いいよ、別に」
そういうわけで、俺たちは気難しい根暗な少女を連れて家に帰った。3人きりで暮らすにはもったいないほど広く、寂しい、古い大きな屋敷に。
深雪は家に入ると即座にパーカーを脱いだ。俺はそれに驚いて尋ねた。
「それなんで着てるの?」
断固として脱がないつもりかと思っていたのだ。それが家に入った途端になんの躊躇いもなく脱いだものだから、どうして外でそれを着ていたのかがさらによく分からなくなった。
「……そんなの、勝手でしょ」
「身体に悪いぜ、このクッソ暑いのにさ」
「ほっといてよ」
俺が邪険にされているのを見て、最後に入ってきた理一がクスクス笑っているのが聞こえた。
「おかえりなさい!」
2階のドアがバタンと開いて、アイノコの少女が階段を駆け下りてきた。理一の妹の涼子だ。小学6年生、そのときは夏休みだったので家にいた。兄の小さい頃にそっくりな凛々しい顔立ちの美少女で、長い髪の毛をおさげにしていて、年齢の割には背が高く、中学生ぐらいに見えた。
「ただいま」
と、返す俺と、彼女をじーっと見ている深雪の横は素通り。そして、
「ただいま涼子、遅くなってごめんな」
「ううん、平気よ! 宿題してた」
「お兄ちゃんたちいないほうが集中できるか?」
「まあね」
と、兄の両手を掴んだまま楽しそうに話す。
先ほどまでとは別人のように理一の声も表情も柔らかいので、深雪も驚いたらしくそれを呆然と見つめていた。
「ほら、涼子、お客さんに挨拶。本城深雪さん」
兄にそう言われて、涼子は深雪のほうにくるりと向き直り、
「坂上涼子です。はじめまして」
と、行儀よくお辞儀をした。
「俺の妹」
「……どうも」
深雪は少女から視線を離したまま小さく返した。
「涼子、ちょっとお兄ちゃんたち大事な話があるから、部屋に行っていてくれるか?」
「分かったー」
涼子は1階の奥の自分の部屋に向かって走っていった。そして俺の横を駆け抜けざまに、「サダ兄、Tシャツの後ろめくれてる」と冷めた声で指摘していった。
「うわっ、ホントだ……ていうか、差別だぞ差別、涼子! 態度が違いすぎるだろ、俺も兄ちゃんだろ!」
その後姿に向かって喚くと、えへへ、と笑って涼子は部屋のドアをパタンと閉めてしまった。
「サダはことごとく女に嫌われる体質らしいな」
俺を追い抜かして階段を上っていきながら、理一がふっと笑った。俺はもう言い返すのも面倒くさくなって、無視して彼について2階へあがった。そりゃあ、女は理一のような物静かで賢い男のほうが好きに決まっている。俺は単純で、アホで、えらそうで、駄目だ。
「でっかい家……」
「3人で住むには、ちょっとな」
俺が、リビングへ入ったときの深雪の呟きに返すと、
「3人で住んでるの?」
と、彼女は驚いた様子で聞き返した。
「そうだよ。兄弟だって言ったろ」
先に入っていった理一がダイニングテーブルについたのを見て、俺はキッチンに入って麦茶を3人分用意した。
「どっちが上なの」
「俺」
理一が答えるのを背中で聞いていたら、
「弟、こきつかわれてる」
と、深雪が言ったので、思わず振り返って、
「ちげーよ! だいたい俺と理一は学年は一緒! これは俺の“お気遣い”!!」
と怒鳴ってしまった。
「サダ、でかい声出すな。涼子に聞こえる」
理一は動じることなく清清しいほど落ち着いた声色でそれを諌める。その温度差があまりにおかしかったのか、俺が3つのコップを盆にのせて運んでいったときに、深雪が少しだけ笑っていたのが見えた。
出会ってから初めて笑い顔を見たのはこのときだった。
「……で、本題に入るか」
「ねえ、ただ被害者の会ってだけなのに、なんでそんな説明とかいるの。しかもファミレスじゃ話せないようなことって、いったいあんたたち、何する気?」
俺が彼女のかすかに笑った顔を見てぼーっとしているうちに、いつのまにか彼女の眉間にはしわがより、気付けばいぶかしげな表情に一変していた。
「俺たちの仲間になるかどうかは全てを聞いてから決めてくれればいいさ。ありのまま話すよ、あとからこんなはずじゃなかったとは思わせない。まあそっちが変な期待をしなければの話だが」
「仲間、ね……分かった、聞くから、話して」
意味ありげに深雪が言葉を繰り返した。具体的に理解できるわけではなくとも、俺にも理一にも、彼女がその単語を拾ったことの意味はなんとなく分かった。ちらりと横目で理一を見れば、この時ばかりは彼も一抹の不安を窺わせる表情をしていた。
「“被害者の会”は便宜上の名だ。実際はそんな受身の、救済待ちの姿勢をとる気は更々ない。俺たちが欲しているメンバーは“戦えるアイノコ”だ。条件は、剣術の段を持っていることと、大切な人をアイノコ狩りに奪われた経験を持っていること、そして一番重要なのは、未だにアイノコへの関心が薄くてなかなか現状打破に乗り出してくれない国への不満が募っていること」
段というのは、アイノコが独自に伝えてきた剣術が検定になったもののことで、数年前に日本アイノコ協会発足と共に作られた。段を持っているとなると、悪い言い方をすれば決闘での殺し合いもまともにできるレベルということだ。ちなみに俺は3段。3段はその頃取得したもので、2段までは理一と一緒にとりに行っていたが、3段のときは理一がとてもそんなことをしていられる状態ではなかったので、俺だけで行った。俺は、逆にそんな状況だったからこそ、強くなることに固執していた時期だった。
「戦うの、それで、人集めて」
「戦う気はない。目的は自己防衛だ。っていうのは、アイノコ狩りは戦いに、いや、殺しにかかってくるだろ。そいつら相手に、被害者の会発足を表明したってのに、丸腰で構えてたって死ぬだけだ。だから結果的に戦うことになってしまった、でもそんな気はなかった、っていうスタンスでいなきゃ、こっちが加害者になっちまったら意味がない。そういう意味で、“戦う気はない”。でも危険だから、段持ちのやつが大勢欲しい。分かってくれたか?」
深雪は二、三度かぶりを振った。
「要は、ものすごく単純なおとり作戦でもあるんだよ、これは。わざと目立つように活動して、アイノコ狩りをおびき寄せて、そのまま生け捕りにして国の警察に引き渡そうって魂胆だ。上手く行ったら、アイノコ狩りを一掃できるし、加えてその成果を振りかざして政府にも強く出られるし、法律から覆せるかもしれない。やるのは勿論難しいだろうが、馬鹿でも理解できる簡単なことだろ。入会者がある程度集まったら、直接国やアイノコ協会に話をつけて、武装の許可を得ようと思う。得られなかったらもう仕方ない、捕まる覚悟で勝手にやるしかないな」
理一は腕組みをし、自分の言ったことに対して一度深く頷いた。
「分かったか? 死なないことと殺さないことが最低条件だけれども、俺もこいつも、あんたも、根本的には今エネルギーの半分以上が憎悪でできてるに違いない。もう半分は悲しみや絶望だ。どういう意味かって言ったら、どんなに世間や国が無慈悲でも、理性を失ってしまったらそんなのは火薬庫に火をつけるようなもの。アイノコ狩りか俺たちか、どっちが極悪犯か分からなくなる。お互いがお互いのストッパーにならなければいけないし、恐ろしい事態になったらそのときはそのときで、お互いがお互いの背中を押さなきゃならない場面だって出てくるだろう。それだけの信頼関係を築くこと、生半可な覚悟では事に対峙しないこと。それが約束できないやつとは、一緒にやっていけない。いいね?」
しばらく間を開けて、深雪が口を開いた。
「分かった。裏切らなければ、いいんでしょ?」
「ああ、そうだよ」
「あたしは絶対裏切らない。あんたたちのこと信じるよ。今まで、皆あたしを裏切ったけど、いや、、だからこそ、あたし、人を信じるのはこれで最後にする。あんたたちがあたしを裏切ったら、もう、そしたら、」
今日で一番長く喋っている深雪の顔が、みるみるうちに青くなっていった。そして、深く息を吸い込んで、俯くと、
「死ぬから」
と、低い声で言った。
「裏切らねーよ」
俺は考えるより先に、間髪入れずにそう返していた。
「裏切らない。絶対。お前はもう仲間だ、仲間。さっき笑ったな、この言葉。悔しいから見せてやるよ、この世にも絶対切れない仲間が、家族が存在するってことをさ」
そう言わずにはいられなかった。
そのときはまだ確かに、俺にとって彼女は随分といけすかない性格だったが、すぐさまそう言ってやらないといけない気がした。すぐさま、彼女を安心させてやらないと、俺も理一も安心できないような気がした。
「ねえ、まだ、名前聞いてない」
「……ああ、そうだったな。泉貞清だ。よろしく」
俺はこの日3人で誓い合った“絶対”を、今もまざまざと思い出すことができる。

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