私は今日、道端でふいに止まった。
そこには、真っ赤なお花があった。
すごくすごくそれはきれいだった。
ちょっとだけ感動して涙が出た。
だから、私はやさしく根元に近い、茎をぽきん、と折った。



元いた場所に戻ると、いつも通り大人が出迎えた。
「おかえり、林檎ちゃん。あ」
私を見て、笑った大人の顔がくしゃりと少し歪んだ。
「それ、どうしたの?」
と私が手にした物を聞く。
きれいだったからつんだのとだけ伝えれば、大人はなぜかほっとしたような顔をした。
そして、すっと大人はしゃがんだ。
目線が合う。
それに違和感を感じた。
「それはね、あまり良くない花なの」
どうしてと首を傾げれば、
「そう決まっているからよ」
と言って、さあ、お部屋に戻りましょうと私の背中を押そうとする。
触れられる前に、私はさっと駆けて長い廊下を進んだ。



小さな窓が一つある部屋に月明かりが射す。
その月が照らす小さな窓の前にことん、と牛乳ビンを置いた。
そこには真っ赤な一輪の花。
すごくきれい。
なのに、
きらわれてるなんてかわいそう。
大きく開く花びらの一つに、つん、と触れる。
一緒に牛乳ビンの水が揺れる。
きらわれているあなたは、わたしといっしょね。
風に吹かれて、花が揺らいだ。
そうね、と言われているようだった。
あなたみたいなまっかなおはななら、わたしといっしょになれるのかな。



試しに一つ、ぽきんと折ってみた。
もう一つ、ぽきん。
もう一つ、また一つ。
ちょっと大きなものは折れなくて、昔お母さんが使っていた動く刃を使った。
重たくて、ちょっとよろけたら切るはずだったところから外れて思ったようにはならなかったけど。
折ったそれらを周りに並べた。
いっしょにいてくれる?
あの花のように、こくりと頷いた気がした。





「警部、遺体を運び終えました」
俺の前に部下の高柳が現れた。
そうか、とだけ返す。
遺体を運び終えただけで、まだ現場は片付いていない。
「すごい……事件ですね」
躊躇うように高柳が口にした。
あぁと俺は目の前に広がる血の海を眺めた。
俺がここに来たとき、いくつかの首を周りに並べて、少女が笑みを浮かべて座っていた。
わずか十歳の赤羽林檎(アカバネリンゴ)が。
赤羽林檎は八歳のとき、母親に殺されかけて、この施設に送られた。
母親に殺されかけたショックで言葉を失い、コミュニケーション手段は手話。
だが、彼女は笑っていた。
周りに並べた頭を愛しげに見つめて、クスクス…と笑っていた。
それが、今も脳裏に焼き付いて離れない。
並べられた首は、この施設の住人のもの。
首を切断するのにはチェーンソーを使ったようで、現場には肉片が付いたまま放ってあった。
流石に、十歳には上手く使えなかったようで、遺体には沢山の切り傷があった。
施設には小さな子供ばかりだったとは言え、大の大人を二人も切断したのだから、恐ろしいとしか言い様がない。
「何を…思ったんでしょうね、この子は」
と高柳は現場である赤羽林檎の部屋の写真を手にとった。
そこには、おそらく彼女の母親と彼女の写真。
幸せそうに笑っている。
「さぁな」
とだけ呟いた俺の目に入った窓の前の水の入った牛乳ビンに挿した彼岸花。
やけに赤かった。



【死人花】




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