薄桜鬼 | ナノ




紫がかった黒い髪が動作に合わせて揺れる。細い毛の一本一本までしなやかに翻る。斎藤さんは刀を意図も簡単に操って銀色の刃を空に向けた。太陽の下で煌めく刃と彼の指先までが繊細な工芸品のようだった。
惚けてしまった私を気にする素振りもなく、やがて彼は刀を鞘に納めた。動作一つにしても洗練された人だ。土方さんのように派手に美しい訳でも、沖田さんのように力強く格好良い訳でもない。斎藤さんはどこまでも静を貫く人だと思う。静かで繊細で、柳のようにしなやか。初めて会った時に感じた印象は未だに揺るぎない。


「また、見ていたのか」


いつの間にか斎藤さんが目の前に立っていた。顔を上げると逆光で彼の顔は影っていた。あまりはっきりと見えないはずなのに、僅かに顔を顰めたことを察する。私は斎藤さんのことになると殊更敏感になる。気配だけで何となく解ってしまうなんて、気持ち悪いことなんだろうな。そう思うのに、自然と彼の仕草を探してしまう。目で彼だけを追ってしまうのだ。


斎藤さんは浅く息を吐くと、真っ直ぐ私を見据える。この瞬間、私の心臓は大きく音を立てる。人は誰しも誰かを見ている時に目を逸らしたりするものだけど、斎藤さんは躊躇しない。いつだって自分を確立して、自分を見失うことのない人だから、自信を持った瞳をしている。きっと誰にも揺らがされることはないだろう。そういう人だから憧れて、私の心は陥落した。


「見ていて飽きぬか」


呆れ混じりの声音は少し柔らかい。あまり表情が変わらない人だから解り辛いけど、斎藤さんは凄く優しい。だから何を言うにしても、淡々としていながらどこか温かみが垣間見える。


「飽きるなんてそんなこと、ないですよ」
「…あんたは変わってるな」
「変わってなんかいないです」
「他人の練習を眺めていて、楽しいこともないだろうに」


息を吐くようにそっと斎藤さんは言った。苦笑に近い微笑みを浮かべている。鋭いところがあるかと思えば、一方で妙に鈍い人だ。剣術の練習を眺めているのは楽しい。言葉に嘘はないし、実際好きで眺めているのだ。ただ、強いて言うならば伏せた部分もあった。“斎藤さんの”剣術の練習だから楽しい。
こう毎日毎日傍にいれば私の気持ちくらい気づいてよさそうなものなのに。そうした鈍いところが彼の良さだと解っていても、どうしようもなくなる時がある。知られたくないと思っているくせに伝わればいいのにとも思っていて、自分でも感情の複雑さについていけなくなる。


不意に空を仰いだ斎藤さんの横顔を見つめる。切れ長の瞳は流れゆく雲を見据えていた。大空を名も知らない鳥が飛んでいく。太陽は先ほど見たときよりずっと高く昇っていた。朝の透き通った空気が頬を撫でる。目を伏せた彼の瞳に、長い睫毛が影を作り出した。


息が白く曇る。寒さでかじかんだ指先をすり合わせ、私はもう一度彼を見た。
いつの間にか彼の方が先に私を見ていた。藍色の瞳は透き通っている。本当に真摯な目をしている人だ。斎藤さんほど目が綺麗な人を、私は見たことがなかった。


「そろそろ朝餉の時間ではないか」
「あっ、…そうですね」


知らない間に随分時間が流れていたらしい。本当に残念だ。斎藤さんと二人きりになれる朝の僅かな時間が、私にとって大事だった。朝が苦手なのに早起きしているのは、ひとえに斎藤さんとの時間が欲しいからだ。この時間を逃すと中々二人っきりになれない。お互いに隊務があるし、土方さんの信頼厚い斎藤さんはそうでなくとも仕事が山積みだ。
恋仲でもない私が二人きりになるためには、自分で頑張って時間を作るしかなかった。
だけど苦ではない。むしろ幸せなひと時だ。だからそう、毎日頑張れる。


零すように息を吐いて、斎藤さんはすたすた歩き始める。何となく後姿を目で追っていると、数歩歩いたところで彼は振り返る。顔を顰めて、早くせぬか、と急かしてくる。慌てて駆け寄れば再び何事もなかったかのように、斎藤さんは歩みだした。斜め後ろから彼の揺れる髪を見上げながら、私は密かに微笑んだ。





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