沖田さんが近寄って来たから、私は洗濯物を干す手を止めた。 物干し竿に干された浅葱色の羽織は、風に揺れてはためく。 空の色と同じ、綺麗な色。 かじかんだ指先をそっと隠した。
「咲ちゃん、今日も頑張るね」
沖田さんは笑顔で労ってくれた。 彼は私が干していたのと同じ、だんだら模様が入った羽織を着ている。 きっと今から巡察なんだろう。 腰には立派な大小がある。 何か言わなくてはと思うのに、私の唇はまるで機能を忘れてしまったように動かない。 頭の中が真っ白だ。
「沖田さん、頑張って下さい」 「うん、ありがとう」
にっこり笑った彼の表情に、少しだけ気落ちしてしまう。 結局思いついたのは何の変哲もない励ましだったから。 もう少し、上手く言葉を紡ぐことが出来たらいいのに。 役立たずな頭が恨めしい。
沖田さんは私をじっと見つめ、その後何かを思いついたように僅かに目を見開き笑った。
「洗濯が終わったら、咲ちゃん暇だよね?」 「ええ、そうですけど…」
八木家女中の私は、昼間は手が空く時間を持っている。 掃除は朝から、ご飯作りもないし、裁縫は夜に済ませるから。 何度か一緒に過ごした沖田さんは、私の予定を完全に把握していた。
少し期待を込めて彼を見上げると、沖田さんは何度か軽く頷いた。
「僕の巡察が終わったら一緒に甘い物を食べに行こう」 「いいんですか?」 「もちろん」
沖田さんの言葉で、私の胸は温かくなる。 甘い物を一緒に。 私は確かに甘い物が好きだけど、それ以上に沖田さんと出かけるということが嬉しい。 楽しみだな、と思うと顔が綻んだ。
自然に笑ってしまうのは、許してほしい。 目の前の沖田さんも口元を緩めていたけど、急に彼は手を伸ばした。
なんだろう、と思う間もなく彼の手が私の頭に差し掛かる。 驚いて目を見開いた私に、沖田さんは一枚の葉っぱをかざした。
「これ、乗っけてたよ」 「え?」 「はい、どうぞ」
からかい口調でそう言いながら、彼は私の手に葉を載せた。 指先が触れあって、その部分が熱い。 頬を赤らめる私に、沖田さんは意地悪く笑う。
「新手の髪飾りかと思っちゃった」 「そ、そんな訳ないじゃないですか!」 「ははは、そうだよね」
楽しそうに声に出して、そして沖田さんはすっと目を細めた。
「じゃあ、また後でね」
ひらひら手を振って、彼は巡察に出かけてしまった。 残されたのは、私と手のひらの葉っぱ。 大事に握り締め、私は葉っぱを袱紗に包んで懐に入れた。 この後が楽しみだ。 考え始めると、胸が弾ずむのを抑えることは到底出来なかった。
Title/確かに恋だった
|