薄桜鬼 | ナノ




「どうして急に降ってきちゃうかな」


総司が隣で顔を顰める。
雨宿りのため駆け込んだ家の軒下で、私たちは肩を並べている。
久しぶりに非番が重なり、出かけることが出来たというのに。
こんな時に限ってにわか雨に見舞われるとは、全くついていない。


「咲さ、何か悪いことしたでしょ」
「え?」
「それで雷様がお怒りになった、とかさ」


冗談口調の総司は、口元に笑みを浮かべている。
途端に私はムッと唇を結んだ。
私のせいにするとは、何とも図々しい。
冗談だと解っていても見過ごすことは出来ない。


「それは総司でしょ」
「え、僕?まぁ土方さんならいつも怒らせているけどさ」
「そういえば今日も怒られていたけど、何したの?」
「句集の音読。ちょっと読んでいただけなのにね」


飄々と悪びれもせず総司は言う。
土方さんは句集が他人の目に触れるのを良しとしないのに、総司はからかう口実とばかりに発見しては持ちだしている。
怒り心頭の土方さんと爆笑しながら逃げる総司は、新選組の一種の名物になっていた。


「神様じゃないけど、鬼副長だから雷様に頼んで雨を降らせたのかもね」


楽しそうに総司は笑った。
雨は激しさを増すばかりで、止む気配を見せない。
せっかく総司と二人で出掛けているのに。
自然と気持ちが落ちて俯いてしまう。


その時だった。
ふと、手に温かい感触。
驚いて顔を上げた私の目に、悪戯っぽく笑う総司が映った。


「手、冷たいね」


ぎゅっと強く包み込まれる。
総司の骨ばった大きな手のひらが、私の手を包んでいた。
唐突な行動に、頬が熱くなってしまう。
駄目だ、きっと、私は今真っ赤だ。
紅潮した頬を見られまいと俯いたのに、総司はそれすら解っていたのか喉の奥でかみ殺すように笑った。


「ねぇ、咲」


穏やかで優しい声音。
慈しみが浮かぶ、翡翠の色の綺麗な瞳。
目を細め、真っすぐ総司が私を見つめている。


「もう少し、雨宿りしていこうか」


歌うように言いながら、総司は空を仰いだ。
手のひらの温もりを確かめつつ、整った彼の横顔を見上げる。
いつになく穏やかな表情だった。


こんな日も良いのかも知れない。
こんな風に、じっと雨宿りするのも。
そう思いながら、私も倣って空を見上げる。


雨はしとしとと静かに落ちては消えていた。


fin.
Title/HENCE



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