沖田さんは猫みたいな人だ。
ふらりと現れては私の心を掻き乱す。 優しくしたと思えば次は冷たくて、そのたびに喜んだり傷ついたり忙しい。 どうしてこうも簡単に左右されてしまうのだろう。 それこそが、彼のことが好きな証だといわれてしまえばそれまでだけど。
「咲ちゃん」
名前を呼ばれて、それでもすぐに振り返らなかったのは確認をしたかったから。 彼が呼んだのは間違いなく私なんだって、実感したかったから。
「咲ちゃん」
今度は高めになった声。少しだけ強い口調。 ようやく振り返れば、期待通り沖田さんがいた。
沖田さんはいつものように笑って、ゆっくりこちらに歩み寄ってきた。 日差しが落ちて、彼の色素の薄い髪は金色に光った。 翡翠の色をした瞳が真っすぐ見据えるから、私は赤くなった頬を隠すために俯いた。 「沖田さん、こんにちは」 もうちょっと可愛い反応が出来ればいいのに、出た声はどこまでも無愛想。 何でこんなに固い声になってしまうのだろう。 意識して緊張して、彼が好きなんだって思った途端に、予定とは違った態度を取ってしまう。 笑顔を浮かべて綺麗な声で挨拶したいのに。 どうして私はこうなんだろう。 考えれば考えるほど落ち込んでしまって、私は顔を上げることが出来ない。 沖田さんはいつも気にした素振りを見せないけれど、だからこそ彼は私のことなんて何とも思っていないんだと思う。 普通だったら腹が立つだろうに、怒った様子さえ見せない。 そして私は一層切なくなるんだ。 自分勝手なのは解っているのに。 素直な態度をとれない私が悪いのに。 沖田さんが気にしてくれないことに悲しむなんて、見当違いなのに。 それでも心には鉛が沈んでいった。 「咲ちゃんは今からどうするの?」 尋ねられて我に返る。 視線を感じてますます顔を上げられなくって、爪先を凝視してしまった。 「これから家に帰って片付けします。掃除をしたいので」 「ふぅん。ね、壬生寺の梅の花が満開だって知ってる?」 「え?ああ、そうなんですか?」 「とっても綺麗なんだよ。誰かさんが下手な俳句を読みたくなっちゃうくらいにさ」 何かを思い出したのか、沖田さんは楽しそうに声を洩らしながら含み笑いをする。 私は呆気に取られてしまう。 ほらね、沖田さんはいつだって突拍子もない。 いまいち話の脈が解らなくて戸惑う私に、彼は微笑んだ。 「だから見に来ない?」 「え?何を、」 「梅だよ。一緒に見ようよ」 そう言って軽く首を傾げた沖田さんは、どこか優しい。 私のちっぽけな心臓は、それだけでもう破裂寸前だ。 顔なんてどう考えてもゆでダコか、リンゴのようになっているだろう。 隠すように頬を蓋うと、私はちらりと視線を向けた。 ようやく彼と目が合う。 瞳があまりにも真っすぐだから、逸らすことが出来なくなってしまう。 囚われたように、硬直してしまう。 不意に沖田さんは手を伸ばすと、頬に当てた私の手を引き剥がした。 そしてぐい、と強い力で引っ張る。 唐突すぎて何の対処も出来なくて、私はされるがままに沖田さんの方へ引き寄せられた。 ふわり、と香るのは沖田さんの匂い。 胸が締め付けられる。 「梅。見ようよ」 耳元で囁かれて、思わず下唇を噛んだ。 沖田さんが寄せた方の耳が熱い。まるで全ての神経がそこに集まったみたい。 「どうして、私なんですか」 何か言わなくては、と思って出たのは、この期に及んでまた可愛くない言葉。 なんで私はこうも意固地なんだろう。 自己嫌悪に陥ったけど、肝心の沖田さんはただ小さく声に出して笑っただけだった。 「君がいいから」 そして、再び耳元で囁かれる。 優しく、甘い語感で。 「咲ちゃんと一緒に見たい」 それがあまりにも柔らかい口調だったから、私は声を出すことも出来ずに何度も何度も頷いた。 沖田さんはそんな私に笑みを落として、それから腕を引っ張る。 向かう先は壬生寺の境内。 たたらを踏んで、私は抑えきれない笑みを零した後、彼の後ろに続いた。 fin.
Title/確かに恋だった
※前サイト企画再録。ももせ様リクエスト
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