デリヘル呼んだら恋する身元不明死体(自称)が来た
※黒円卓とかじゃない何か、現パロ。普通の人な設定(でもヴィルヘルムはグローバルチンピラ設定)。
※ナナホシ管弦楽団『デリヘル呼んだら君が来た』のパロディなジェーンとヴィルヘルムのラブコメの一幕です。
ドアを開けると、腰まで届くブロンドの髪を電燈の青白い灯りに透かした、真っ赤なドレスの白人女性が威風堂々胸を張って立っていた。
深い紫がかった赤色のリップを引かれたくちびるが綺麗につり上がり、睫毛の先まで手入れをして磨いたようなぱっちりとした眼が笑む。深海の青をした碧眼は、ドアの奥のこちらの赤い眼をヒタと見据えた。
「会いたかったわ……ヴィルヘルム。私を死人にした男」
艶っぽく吐息を絡めた言葉に、言われた当人たるヴィルヘルム・エーレンブルグは、こちらも迷わずくちを開いて
「チェンジだ」
女の笑みが、酷薄に深まった。着飾った浮かれ女の髪の先にまで歴戦の軍人にも似た凄みが漲る。
しかしそれしきで慄くような可愛げ、ヴィルヘルムだって持ち合わせていない。
「ダメよ」
「チェンジ」
「ダメ。ゆるさない。私がそんな気前の良い女に見えるかしら!?」
「商売女に気前の良い悪いもねぇだろボケが。いいから帰れっつってんだよ」
「ふふん、強がったってダメよ」
「話聞けやっつか足捩じ込んでくんなおい何鍵穴にガム捩じ込んでんだコラ」
「あの日、私は死んだ。そして今ジェーン・ドゥとして、あなたの好みになって会いに来たのよ! ほら私を見なさいよ! あなたはこういう、死の匂いを纏った女が好みなんでしょう!?」
「知るかぁあッ! つうかテメェこっちの注文とかすりもしてねンだよッ! いいからとっとと帰って『短髪で攻めるのが得意』なのと交代して来いや!!」
「ダメ。それに、どうせあなたが振られるのは分かってる」
「なんだってんだよこの国の商売女マジうぜぇぇぇええええええ!!」
「そうよ!! だから私を見て!!!」
「だッから言ってんだろうが――!」
チェンジチェンジチェンジ!!!!! ノーサンキュー!!!!!!
半分に欠けた月が淡く光る夜空に、男の投げやりな喚き声と女の高慢でヒステリックでどこか切実な声が響き渡った。
■
そもそもの事の起こりは、1時間ほど前に遡る。
『アー、ちょっくら珍しいもんでも食って息抜きすッかなァ』と。スーパーでまとめ買いしてきたトマトを大口開けて器用にかじりながら、ヴィルヘルム・エーレンブルグ青年は考えた。
別にトマトの品種の話ではなかった。嗅覚も味覚も馬鹿では無い――むしろ他人より鋭敏な方である――が、食べ物に細々と気を回す気質ではない。
鬱陶しい姉のもとを離れた新生活にも慣れ、ごたごたした抗争も一段落ついて、それまで喧嘩で発散していた欲求をちょっと持て余した春の宵。
しばらく空けていたマンションの自室にトマトと酒しか入っていないスーパーのビニル袋をぶら下げて帰って来ると、郵便受けには嫌がらせのように広告が詰め込まれていた。まとめて捨てるか無視するかしてしまいたかったが、以前同胞の赤毛の女に『あんた携帯も持ち歩かないんだからせめて郵便物くらい確認しなさいよね』と釘を刺されたのを思い出し、サングラスの奥で赤眼を嫌そうにすがめながら、ヴィルヘルムはぎちぎちに詰まった広告を片手で引っこ抜いて自室に入ったのである。
郵便局、近所のスーパー、資格試験の宣伝、大手広告代理店のフリーペーパーなど、あらゆるゴミのなかに、そのピンク色をしたチラシは1枚きり紛れ込んでいた。
デリヘル。デリバリーヘルス。
母国でも似たようなサービスはあったが、ヤーパンのそれはまだ試したことが無かった。
所属している組織の都合で日本に滞在しているこの男は、トマトのヘタを飲み下して「はーん」と軽く呟いた。
ピンクチラシに躍る文字列のなかに、なんとなく目に留まるものがあったのだ。
「ショートカットで攻めンのが得意な女、ねえ」
頬杖ついて思い出すのは、昔殴りあった女のことだった。黒髪に短髪のソリッドな美人。日本の裏社会では名の知れた旧家の娘で、まったくもって『攻めるのが得意な子』だった。(※物理)
武器の扱いも戦場に身を置く気位も餓えも申し分無かった。――今は何処か国外に行ったとか聞いたが、生死も長らく不明である。死に急ぎながらも生き汚い、常に急いたような女であったから、もうとっくにどこかでくたばっているかもしれない。それならそれで彼女らしい。腹立たしくもあるが、こちらの手にも認識にも収まらない彼女が、ヴィルヘルムは気に入っていた。
まあ、要するに、ちょっと過去の女を思い出して、ムラッとしたのだ。
どうせ1人暮らしだし。
殺し合いも今は落ち着いていて、溜まってるし。
あの女に似た奴なら、抱くのも悪く無い気がするし。
深くは考えず気分に身を任せて、ヴィルヘルム・エーレンブルグはチラシに書かれた番号に電話をかけたのである。
……その結果デリバリーされて来たのが、ジェーン・ドゥと名乗る金髪ロングで会話の通じない美女であったわけだが。
ヴィルヘルムはすぐさま力づくで女を閉め出したのだが、最初にドアを開いた際に彼女が鍵の部分に捩じ込んだガムのせいで施錠が不可能になっていた。まるでプロの如き手際の良さである。さようなら敷金。
金髪女の気分じゃないヴィルヘルムは、もういちいち騒ぐのもアホらしくなってしまって、ダンスパーティにでも参加するかのようにウキウキと不法侵入かまして来るジェーンに「その尖った靴は脱げ」とだけ言い捨てた。苛烈な性質のくせに、どういう認識にせよ一度懐に入れてしまえば変に気安いのがヴィルヘルムという男である。
壁にもたれて気だるげに座り込んで、ヴィルヘルムは「じゃあさっそく」とか言い出すジェーンに「おい」と声を投げかけた。
「つか、テメェ名前はその『ジェーン・ドゥ』ってので良いのかよ。名無しの権兵衛じゃねぇか」
「あら。そうね、日本語だとそうなるのかしら。あまりお洒落じゃない訳語よね」
くすくす笑った女は、「えぇそうよ、『ジェーン・ドゥ』でいいの」と頷いた。ヴィルヘルムから少し離れた場所に腰を下ろす彼女の赤いドレスのスリットからは、なまめかしくも筋肉質な太ももがのぞく。
「私はあなたに殺された身だから、名前は無い。身元も不明。惚れた吸血鬼と躍ることだけを楽しみにやって来たのよ」
「……待て。誰が誰に殺されたって?」
「私があなたに」
「…………」
まったく覚えが無い。こんなパンチの効いた女、そうそう忘れるものでも無いだろうに。
胡散臭く押し付けがましい電波設定を語るジェーンは、怪訝さ丸出しの、まるで変なにおいを嗅いだ猫科動物のような面構えをしたヴィルヘルムに「覚えてなくたって仕方ないわ。大丈夫よ」と訳知り顔でフォローを入れた。何が大丈夫なのかはよくわからない。
「アー。念の為に訊いとくが、どこの話だそりゃあ」
「ベトナムよ」
「……」
まあ。ベトナムに行ったこともあるにはあったが。
ベトナムでの思い出と言えば、それこそ、あの地で殴りあった別の女――短髪ソリッドの彼女だ――のことと、水が不味かったことくらいしか残っていない。
ていうかベトナムでぽっと出会った男をここまで追ってきたというこの女の常軌を逸するアグレッシブさこそ本来注目されるべきなのだが、そこについてはヴィルヘルムの認識は抜けていた。自らも猪突猛進の気があるため、『遠路はるばる来たっつうのは結構なことなんだがなァ』などと眉を寄せ、『でも今の気分じゃねえんだよなあ』などとすっとぼけたことを考えている。
思い出す様子がまったくない男に、しかしジェーンは朗らかに笑いかけた。
「あの時はまだあなたのタイプじゃなかったの。だから思い出せなくてもしょうがないのよ」
「ハ! テメェに俺のタイプが分かるっつうのかよ馬鹿女?」
「ええ、わかるわ。惚れた男のことですもの」
「ヘェ? じゃあ言ってみろや」
「いいわ。簡単よ」
ふふんと胸を張ったジェーンは、教官ぶってツイとひとさし指を立てる。
そうして、妙齢の女にしては屈託の無いドヤ顔で
「まず、『ピンク髪の幼女』」
「よォしわかったテメェのその青い目玉は飾りモンだ」
その日はそこで表情を引き攣らせたヴィルヘルムが荒々しくドアを蹴飛ばし部屋を出て、『図星だからって照れることないわ!』とか『どうしてもって言うなら私だってピンク髪のゲノムを遺伝子操作で組み込んで来るわよ! 合衆国のテクノロジーでね!』とか『私の心臓を抉りたいと言いなさい! 言ってよねえお願いだから!』とか言いながら追おうとしたジェーンを小1時間かけて撒いて馴染みの飲み屋にしけ込んだことでこの怖ろしく噛み合わない交流は打ち切られた。
しかし、この出会いの押しの強さから分かるとおり、ジェーン・ドゥのアプローチはこれで終わりではなかったのである。
2014/1114 子葱。
さぁ、恐怖劇を始めよう!!
この後ヴィルヘルムさんがホテヘル呼んだら実姉が来るわジェーンの押しは止まらないわ面白がってルサルカさんもからかいに来るわそれを見たジェーンが「やっぱりピンク髪幼女を囲ってるんじゃない!!!」って言い出すわで、ヴィルヘルムさん(一部のヤンデレにのみ)モテモテです。ヒュウヒュウ!
ジェーン・ドゥとベイ中尉の言葉のドッヂボールほんと好きです。あと、櫻井鈴さんの影をチラつかせるのが楽しい妄想でした。
※このお話はSS/小説投稿サイト『ハーメルン』さんにも「チルド葱」名義で投稿しています。