大人も子供も大好き"さけるチーズ"が商品入れ替えの為2割引だったAM4:00
※黒円卓とかじゃない何か、現パロ。普通の人な設定(でもロリとアルビノ)。
※悪友で腐れ縁で、恋人にはきっとなれないしならない、ベイとマレウスの話
「しあわせもふしあわせも、気持ちいいのもわるいのも、目に見えないものを半分こにするなんてきっと無理だと思うのよねぇ」
……って言ってやったら、帰ってきたばっかりのローソクノッポの同居人は共感するでも『それは違う』とかそれっぽいきれいごとを言うでもなく無愛想にサングラスの向こうの目を細めて、手に持ったビニール袋を揺らしてずかずか大股にキッチンに入っていった。カチ、スイッチの音。それからぶおお、とか何か、遠くにいる象のあくびみたいに間の抜けた、空気を動かすプロペラが回り始める音。
帰ってきた不良同居人のためにリビングの入り口に向かってひらひら手を振った姿勢のままのあたしは、面白くなくて、でもそれが可笑しくて、ぷふっとふきだした。
「ちょっと、ベイー? 乙女の感傷を無視ってどうかと思うわよ、それだからモテないんだってば」
「チッ」
うわっ、舌打ちした。
ソファにだらあっと寝そべったまま、キッチンの方をじいっと窺う。バタン、バタン、冷蔵庫を開け閉めする音がしてる。
気分的にはアレ、動物園で、お目当ての動物が穴倉とか岩陰から出て来るのを待ってるときの感じ。
冷蔵庫の音が終わって、プロペラの音は止まらないなか、ようやっとひょろ長い猫背の不良がまたのしのし歩いてキッチンのカウンターの向こうから出てきた。うん、動物っぽい。白い狼とか、白い虎とか、そういう。さっき何か持っていた両手はもう手ぶらだった。冷蔵庫にでも入れたのかしら。
「やっほぉ」って手を振ってやると、サングラスをしたままの白い顔があたしの方をちらっと向いて、サングラスをしてても明らかにわかるくらい嫌そうにしかめられた。
眉間に皺をよせて、くちをいがめて、とがった犬歯が晒される。不良漫画みたい。ていうか不良みたい。たぶんじーっとしてたらそれなりに奇麗な男なのに、いろいろ残念だわあ、と思う。
カワイソウなものを見る目でため息をついたあたしに、ベイはいったん物言いたげに立ち止まってから、またずかずか大股に部屋を横切った。今度はバスルームに向かいながら、うんざりしたみたいな大声を背中から投げてくる。
「ンなことより、クッセェんだよ部屋ぁ。やんならやるで後始末ぐらいしとけっつうんだよ胸糞悪ぃ」
カチ。ぶおお。
ああ、あるだけの換気扇を点けたい、と。あんた、いろいろ大味なくせして変なトコ潔癖よねえ。
ベイは犬みたいに鼻が利く。
だからたとえば、あたしがリビングでマニキュア塗ってるときとか、嫌そうな顔するのよねぇ。「ヤメロ」とは言わないんだけど。ああ、でも、塗った後換気とかしないでいると「頭の足りねぇ馬鹿女の馬鹿鼻にゃ付き合ってらんねえ」とかなんとか言って金具とか桟壊れるでしょって勢いで窓開けてきたっけ。
あ、そっか。たぶん今日のこれもそんなようなものなのね。
わかったから、あたしは「ベイー」って、声をあげた。ソファにころんと倒れて、洗面所に繋がる乳白色のドアを見ながら。
「窓開けてもいいわよ? もう寒い時期でもないしさぁ」
「……テメェで開けろや……。つーか開けねぇ。もうじき朝だろ、俺ァ寝る」
ばたん、ばたん。お風呂場のドアが開く音がした。あ、シャワー浴びるのね。
あたしも、もっかい歯磨きしよっかなぁ。
立ち上がって、ぺたぺた歩く。
洗面所のドアを引っ張ると、中で黒い服を脱ぎかけたベイが襟ぐりから頭を引っこ抜きながら「ア?」って眉を寄せた。どんだけ無愛想面なのよ。べつにいいけど。
白くて薄っぺらい身体をつま先から頭のてっぺんまでチラッと見て、やっとサングラスを外した赤眼と視線を合わせてにんまり笑ってやった。
「サービス、してほしい?」
「ハッ。いらねぇよボケが、足りてねぇんならそこらの角にでも擦り付けてろ淫売」
「なによその即答! かわいくないんだから、もう」
歯磨きしにきただけだもん、って言おうと思ったけど面倒くさくてやめた。さっさと歯ブラシを持って、水で濡らす。
ベイは服を脱いだときくしゃってなった髪をそのままにこっちをチラッと見下ろして、はー、って、またうんざりしてそうな息を吐いた。なによ。
あー、って開けたくちに歯磨き粉をつけた歯ブラシを突っ込みながら見上げると、皮肉な感じにくちの端をつり上げたベイがそっぽを向いて、さっさとスラックスを脱ぎにかかる。
「よぉッく磨いとけよ。イカくせぇから」
「ふぁひひょお」
なによお。って、言おうとした声はなんだか間が抜けて、ハ行と母音だけの何かのぬいぐるみの鳴き声みたいになった。
その拍子にベイが「ばァか!」って言って、やっと声をあげて笑った。
お風呂場の中が湯気でとろけて、じゃあじゃあ音がするのを聞きながら、あたしはごしごし歯を磨いた。失礼なこと言われたから、まあ、念入りに。
そしたらぼとぼとに濡れたベイがドアを開けて、まだそこにいたあたしを見て『うわ』って感じに片眉上げて、呆れた顔をした。自分でよく磨けって言ったくせに、その反応ってどうなのよ。
「ンだよマレウス、まだいたのかよ。トロクセェ」
「あんたどんらけあらひにくさいっていうのひょ」
泡だらけで、歯茎も擦ったせいで泡に血が混ざってぴんくいろになった歯ブラシをくちから引っこ抜きながら、あたしはまだ何かはっきりしない抗議を言って、水が入ったコップを手に取った。
ベイは「あるまま言ってるだけだろ」って言いながら、タオル掛けからバスタオルを抜き取る。声がちょっと、ねむたそうに掠れてる。頭からもさもさバスタオルをかぶったせいで、ベイはずぶぬれのタオルおばけみたいになった。
隣の同居人からちょっと飛んでくる冷めたお湯の冷たさを確認して、あたしはなんだかまた、面白くなくて、可笑しい。
うがいを終わらせて、アハハ、って笑った。
タオルおばけのベイはおおきなタオルの隙間から『なんだこいつ』って言いたげに軽く瞠った赤い眼を覗かせて、鏡越しに隣のあたしを見下ろす。うん、ほんと、動物っぽい。
そうなるとこいつとばかみたいに並んで棒立ちしてるあたしは、飼育員なのかしら。どうせ飼うならもっとかわいいのがよかったわ。べつに、こいつでも、それはそれでいいんだけど。
「ねえベイ」
「なんだ」
「あたしが死んじゃったら、あなたハチ公とかいうわんちゃんみたいになっちゃうのかしら」
「ハア? ……頭沸いてンのか? さっさと寝るかどっか行くかしろや、うざってぇ」
「ちょっとぉ、さっきからひどいんですけど。あんまりいじめないでよね、泣いちゃうんだからっ」
んべっ。鏡越しにあかんべしたら、眉をひそめたベイは鏡越しじゃなく、横目にあたしのつむじのあたりを見下ろした。
それからカワイソウなものを見る目……ていうか、やっぱりどこかうんざりした顔で、頭にかかったバスタオルを肩に引き下ろしながらくちを開く。
「テメェが死んだところで、世の中から公衆便所がいっこ消えるっつうだけだろ。しかも俺には使う予定もつもりもねぇし。なんでそれで俺が犬になんだよ、筋道通ってねぇだろが」
ぺらぺらそう言うだけ言って、ベイはさっさと洗面所を出て行った。
「……なによぉ」
ほんと、かわいくない。気の利いたこととか言わないし、頭は回るくせに皮肉ばっかりきいてるし、言ってくること完全に下衆だし。
面白くない。これだからモテないのよ、あなた、ほんとに。いろいろ言ってやりたい。けどもう隣にはベイはいない。寝室に引っ込むあいつがたてるドアの音とか換気扇の音とかだけが消えずに続くこの部屋は、あたしが連れ込んだ男の子たちと遊んでるときとは全然違う場所みたいな気がした。
面白くない。でもそれがちょっと面白い気もして、なんだかよくわからない。あの真っ白不良自体はけっこうわかりやすいやつだと思うのに。
なんなんだろ。なんなのかしら。
笑っちゃう。可笑しいわ。
ひとりになったあたしは、両手でくちをおさえてくすくすと、内緒話みたく笑った。手の中で、粉っぽいミントのにおいがふんわりふくらんだ。
洗面所を出たら、黒い薄手のスウェットを着たベイが、なんとなく餌付けとかしたくなる感じの、端整なのにかわいげのない仏頂面でソファにタオルケットを敷いて寝そべろうとしてた。
「あら、そこで寝るの?」
「あらぁ、じゃねえよ……誰のせいだと思ってやがる、俺のベッドまで野郎の汁まみれにしてくれやがっていい加減にしろよクソババア! テメェが何喰おうがどう遊ぼうがどうでもいいから止めやしねぇがな、その悪趣味を俺の寝床に塗りたくんな気色悪ィ」
「えー? あはは、ごめんなさいねぇ、わざとじゃないのよ? ほんとほんと。そんな怒んないでよ、明日にでもなんとかしとくからぁ」
ころころ笑ってあしらってやれば、引き際は適度におさえてるベイは何か言うだけ無駄とでも思ったのか舌打ちをしてソファに横になった。
窮屈そうに軽く丸められた背中を見て、あたしはまたくすくす笑う。それから、寝る前にソーダ水でも飲もうかなと思って、横目に白い肉食獣の観察をしながらキッチンに入った。冷蔵庫を開ける。冷たい空気が、手首から肘を撫でた。
目線を上げて、そこで、ベイが帰って来る前には無かったものに、ふと気が付く。
「……あ」
冷たい電燈に照らされた半透明の棚には、最近あたしとベイがそろってはまってる――ベイは何も言わなかったけど、あの様子だとたぶん気に入ってる――細長いチーズが、近所のコンビニの袋に入ったままどっさりと山をつくっていた。ばかみたいな大人買いだ。赤と黄色の割引シールが、白いビニールの向こうに透けて見えた。
一瞬ぽかんとしちゃったあたしはそのチーズの山がじわじわと、どうしようもなく愛しく思えるような気がしてきて、やっぱあいつ巣穴に食べ物引き摺ってって蓄える動物みたいじゃない、なんてことも考えて、今度こそ面白くって可笑しくて、「ちょっと、ベイっ!」っておなかを抱えてケラケラ声を出して笑いだしてしまった。
だって、こんなの。ベイってば。おっかしい。笑っちゃうわ。
「〜〜〜ッだよウゼェなあああ! 寝るっつってんだろ、話かけてくんなよクソが! そんでケタケタやかましいンだよ笑うなくち閉じろ」
「あはっ、あはは! ねーぇベイ、いっしょに寝るぅ? ちょっとそこ詰めてよ。あたしだっていやだもの、あんな童貞ちゃんたちのがんばりベッドとかぁ」
「知るかあッ! つうか聞けよテメェ! 俺ァねみぃんだよ、マジで黙れこの馬鹿女ッ!」
ベッドは明日にでも適当な男引っ掛けてきて捨てさせようっと、とか予定をたてつつ、あたしはかわいげのないローソクノッポが寝そべったソファに、両手を広げてぴょーんとダイブしたのだった。
2014/0603 子葱。
その時々の気分によってはわりと昼夜問わず乱交とかしちゃう身体は少女心は(多分年齢も)大人なルサルカと、夜だけ外で何かやってるヴィルヘルムの、ハートフルルームシェア。
ちなみに▽このイラストから妄想したお話でした。