*ふわレモンさんへ:プレゼントのお礼とお誕生日プレゼント




   夢を見た。真昼の太陽を直視したような、真っ白な空間。いつかのキミが微笑っていた。それだけで、涙が出た。常勝のプレッシャーに押し潰され、笑顔をなくしたキミ。この世界でなら、幸せなのだと知る。ホッとしたのも束の間、チカチカ瞬く光の粒。あぁ、イヤだ。まだ、現実に戻りたくない。

「また、会えるよ、黒子」

手を振る彼に、手を伸ばしても、触れられない。そのまま、おとなしく、朝陽に吸い込まれた。

「いつ、会えるの、赤司君」

どんな日でも、夢を切り裂いて、等しく朝は巡ってくる。



   ボクは、限界だった。だいだい大好きな赤司君にとって変わった、最低最悪の赤司君擬きは、ボクの心を徹底的に痛めつけて、憎しみの色で塗りたくる。

「テツヤ、願っても無駄だよ。“赤司征十郎”は、この僕だ」

   お前なんか、消えろ消えろ消えろ。そして、あの人に、はやく、会いたい。強く強く、想っていた。それだけ必死だったから、アイツの正体なんて、その時はどうでも良かった。

   そうして、ボクの願いは、前触れもなく叶う。

「久しぶりだね……黒子」

   あの人との再会と引き換えにアイツは逃亡。真っ黒な憎しみは、白紙にされてしまった。



「黒子は、無駄に笑うようになったね」

   月に2・3度は会う、ボクの恋人の言葉に、貼り付けた笑みは引き攣る。

「その笑顔……俺は、あんまり嬉しくないな」

   一人称が“俺”の彼は、とても優しくて温厚で、“僕”のアイツとは大違いだった。大好きな恋人とは裏腹に、ボクの大切な友人を傷付け、バスケの信念を捻じ曲げた、残忍なアイツのことは、だいだい大嫌い。心の中はいつも、真っ黒な憎しみでいっぱいで、いつか絶対に倒してやると意気込んでいた。

   しかし、一筋縄では行かないのが、流石“赤司征十郎”なのか。仇討ちだ復讐だと斬りかかれども手を広げて待ち構えられ、懐に入り心臓を狙おうとすれば絡みつくように抱き締められる。想定外のことばかり。肉を切らせて骨を断ったつもりでも、奴の頑丈なそれは適刺激を与えられて、益々強化されていくようだった。

   相手の思う壷。奴に対する黒い憎しみと奴を彩る赤が綯い交ぜになり、赤黒く滲んだ心は、偽物の“赤司征十郎”で埋め尽くされていた。ウインターカップの決勝戦、あの瞬間までは。

「黒子は、俺の片割れの方が好き?」
「そんなわけっ、」
「あぁ、この質問の仕方は適当ではないね。アイツの方が、気になる?」

   気にならない訳がない。どうしてあんなにひどいことをしたのか、理由を訊いていない。訊けないまま、勝手に消えてしまった。まだ、トドメを刺していなかったのに。いくら主人格の赤司君の意思であっても、ボクに黙って逃げるなんて卑怯だ。

   無理矢理、真っ黒な染みを抜かれた、ボクの心。不本意だった。アイツの本心を掴めないまま、終わった戦い。残ったモヤモヤを振り払う為に、笑った。一生懸命、笑った。ボクが待ち焦がれていた赤司君と、想いが通じた喜びを爆発させて、笑顔を撒き散らす。紳士で穏やかで思いやりのある彼は、ボクの理想の人。そばにいたいのは、この赤司君なんだ。

   メールも電話もした、手を繋いだ、抱き合った、キスもした、身体だって重ねた。なのに、満たされない。原因は、心の隅に蹲っている、透明な寂しさ。シクシク、泣いている。それは、きっと。

「会いたいなら、会えばいい」
「え?」
「アイツも俺の一部だ。浮気にはならない」
「いや、あの、何を言って……彼はもう、いません」
「そんなこと、ないよ。黒子が願えば、きっとアイツは現れる。大丈夫、俺を信じて」



   今日も、空間を覆っていく黒が、一日の終わりを知らせる。真夜中の色は、この頃のボクをひとりぼっちにした。以前ならば、この色から想起させる人間のことばかり考えて、恨めしく思いながらも、グッスリ眠りについていたけれど。

   憎む相手がいなければ、憎む意味はない。あれから、やめてしまった習慣を、今更やってどうなるのか。会えるはずがない、会ってどうする、会えなくていい、また会って、また消えたら、今度こそ。

「さみしくて、なく……あかしせいじゅうろうのばかやろー……」

   頬にまばらな水滴を感じながら、ボクの意識はプツンと途切れた。



   目覚めたら、真っ暗闇に、ポツリポツリと、ボクと赤。それは、消えたはずの、アイツ。死んだように、眠っている。いや、永遠の眠りについて、死んだのか。

「死にましたか?」

   返事はない。口元に耳を近付ける。呼気は触れない。心臓に耳を当てると、無音。これは、死んでいる。死人に口無し。呼びかけても、質問をしても、応えてくれないんだ。出会えても、死体じゃ、無意味。余計に、後悔してしまう。どうせ死ぬなら、少し優しくしとけば良かったと。血の気のない唇を見つめ、これが紡いでいたある言葉を思い出す。

「憎しみでもなんでも、僕のことを想ってくれるなら、心底嬉しいよ……テツヤ」

   馬鹿。バカバカバカ。どうしてそんなに捻くれて歪んでおかしい感情をぶつけていたの?キミのやり方は間違っている。ボクの心を散々に殴ったくせに、さっさと消えて、ワザとこんなにひどいシコリを残した。憎しみの色が消え失せても、この蟠りは募る一方で。

   本当に身勝手で底意地の悪い人だ。あの赤司君の一部だなんて、認めたくない。“赤司征十郎”は、ボクを救い出したあの人は、ボクを追い詰めたキミとは全然違う。それでも、

「ほんとは……キミのこと……ほんきで、キライになれなかった……」

   傷付けられたのに、辛かったのに、痛かったのに。ただひたすら、自分に向けられる二色の瞳。空気に似たボクを見逃さないとでも自負して、執拗に纏まりつく。こんなにも、執着されたのは、生まれて初めてだった。消えかけの“黒子テツヤ”を繋ぎ止めてくれる存在。それが、もうひとりの“赤司征十郎”だった。

   憎悪を教えてくれた彼の気持ちは、到底理解出来なかった。ボクの殺意を、嬉しそうにやんわりと受け止める姿には、おびただしい寒気が走る。おそらく、殺意と好意をすり替えていた。アイツの微笑みはいつだって、イヤに美しかった。まるで、恋の喜びに浸るように。

   あ、れ?こ、い?そんなわけ、ない。コイツはただ、ボクの心を弄びたかっただけだ。好意の裏返しにしては、冷酷過ぎる。真っ直ぐに愛情を注がれるなら、わかる。ボクの恋人の赤司君のように。その真反対にいる、この人の気持ちなんて、わかるはずも、

「……だから……素直に、なれない」

   気付いてしまった。自惚れかもしれないけれど、この人はボクを好きで好き過ぎて大好きなんだ。彼の残酷さは、愛情の重さに比例している。捻くれた愛情表現だからこそ、大嫌いでも良かったんだ。好きになってもらえなくてもいいから、無関心だけは避けたかった。心に消えないシコリを残し続けて、彼は消えた。唐突に、バッドエンドを突きつける。一番、タチが悪いやり口だ。

「さすが……ボクの人生における、性悪人間ナンバーワンですね……このやろう……これでも、喰らえ」

   人を苦しめることしか出来ない、こんな悪い口は塞いでやる。だいっきらい。上っ面の気持ちを、込めに込めて、ぶつける。本当の気持ちは、ソッと隠しておきながら。そう、捻くれ者の、キミのマネをした。

   触れた唇は、冷たかった。やっぱり、死んでいたのだと、実感する。夢だけど、妙に生々しい。夢だから、現実ではない。全てボクの幻想かもしれない。泣く理由なんてないのに。泣けてくるのは、どうしてだろう。正直者の自分なら、既に理由は見つけてある。捻くれ者の自分なら、永遠に理由なんて見つからなくていいとさえ思う。こんな奴の為に、泣きたくなんかない。殺しても、死なないくせに。突然、死ぬなんて、狡い。死んでまで、ボクの心を、一生掻き乱したいのか。

「……キミのこと、絶対忘れられないじゃないですか……死ななくても、生きていても……忘れたくても忘れられないのに……赤司君の馬鹿野郎……死んじゃ……イヤです……す、き」

   パチリ。二色の瞳と、空色の瞳が、交わる。驚くや否や、抱きつかれ、押し倒された。目の前の死人は、突然蘇生する。まさか、お伽話じゃあるまいし。脳裏に、毒リンゴを食べて死んでしまったお姫様が王子様のキスで生き返る姿が、ボワンと浮かぶ。ボクは王子じゃないし、彼も姫じゃない。どちらかと言えば、逆転すべきだ。いや、問題はそこじゃない。

「……いったい、なんなんですか?」
「ご想像の通り、愛する人のキスで死の淵から蘇ったよ……ありがとう、テツヤ姫」
「あ、愛してなんかいないです」
「頬だけは正直だね。リンゴみたいに、真っ赤だ」
「……気のせいです」
「じゃあ、誤魔化せない程、もっと、赤くしてあげる」

   近付く血の通った赤い唇、静かに流れ来る熱い呼気、共鳴する激しい心音。重なり合った唇の温度は、火傷しそうだった。夢なのに、夢じゃない。

「素直になれなくて、いっぱい傷付けて、ゴメン。それでも、テツヤのこと、本当に本当に好きなんだ」

   知ってます。憮然とした返答。だが、声は震える。彼は、笑った。つられて、ボクも笑った。やっと、本心から、笑えたんだ。ひとしきり、笑って、泣いて、微笑んで、キスをして。本当の気持ちは、お互いに、ちゃんと伝わった。



「……そろそろ、時間だ」

   赤色の彼は、名残惜しそうに呟く。何時の間にか、周囲に漂う、黒の濃度が薄くなっている。そうか、朝が、また来るんだ。イヤだ、まだ、離れたくない。

「大丈夫だよ、テツヤ……会えるよ……お前が、僕を想えば。……また、ね」

   会いたいと願えば会える。あの赤司君が言っていたことは本当だった。憎くても何でも、強く強く彼を想えば、また幸せな夢へのドアは開いてくれるのだろうか。

   赤み自覚する頬へ、お別れのやさしい口づけ。やわらかくて、あたたかい。都合の良い夢にしては、リアリティのある感覚。馬鹿みたいに信じてみるのも、いいかもしれない。ハッピーエンドな物語の、お約束だ。

「はい……赤司君、また、夜に」

   キミの棲む黒の夜。寂しさは闇に溶け込み、安らかに眠る。もうひとつの幸福なふたりを描いた絵本を、胸に抱いて。


真夜中のフェアリーテール / 夢を叶える魔法の夜に





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