暑中見舞い申し上げます。
   夏が嫌いだった。ボクは断じてアイスクリームじゃない。れっきとした、人間だ。起こすなら、たんぱく質変性だろう。よく好んで食べる、バニラアイスと一緒にしないでくれ。僕の成分は、乳製品ではない。早々に諦めて欲しいが、溶けないのに溶かそうと、躍起になって照りつける太陽。恨めしそうに睨みつけても、網膜を焦がす眩しさに完敗。時折やさしい風が吹いても、涼しさを感じるのは、影の中にいる場合のみという条件付き。この熱中症必至な外周ランニングが、影鬼だったら良かったのに。
「黒子、サボるな、走れ」
   鬼が来た、人でなしな赤鬼がやって来た。この炎天下、汗ひとつかかない、バケモノだ。こちとら、今にも死にかけの、普通以下の人間です。もう限界なので、最後のワガママくらい叶えてください。
「赤司君、影鬼しましょう」
「ダメだ」
「なぜです」
「お前に有利過ぎる。恐ろしく目敏く日陰を見つけ、影の薄い自分の特性を利用しながらミスディレクションを発動し気配を完全に消してしまう。勝負にならない。わざわざ勝負するのも馬鹿らしい」
「おや、勝負する前からこのボクに敗北することを恐れて、尻尾を巻いて逃げるんですか?赤司征十郎とあろう者が」
「……なんだと?この俺に喧嘩を売る気か、黒子」
「そんなつもり……大いにあります」
「……ふん。そんなに涼みたいなら氷漬けにしてやる。やるなら氷鬼だ」
「えっ」
「ほら、1分の猶予をやる。せいぜい遠くまで逃げ果せるんだな」
   不気味な笑みを浮かべる赤鬼に肝が冷え、本能的に反射的に逃げた。夏の暑さなんてどこへやら。必死に必死に逃げて逃げて……、
   あせ、きもちわるい、つかれた、みず、あつい、しぬ。降参目前、ガシリ、手首を掴まれ、ルール通り、氷のように固まるしかなかった。
   あの傍若無人な赤司君に喧嘩を売ってしまったんだ。殴られても、おかしくない。観念しよう、身の程知らずな反逆者は、この手に裁かれる運命にある。
   今年一番の真夏日、最高気温更新。灼熱地獄の中、赤鬼はもはや閻魔大王にしか思えない。判決が下される。彼は、ボクに向き合い、両肩に手を置いて、
「つかまえた」
口づけ落とし、瞬間氷結。
   何が起こったのか、分かるけど解らない。思考停止、凍りつく神経伝達細胞。硬直した身体は、微動だにしない。最早、動く意思すら、氷漬け。
   ルール上、誰かが助けてくれないと、逃げられない。頼れる人なんて、周りに見当らなかった。そもそも、これはふたりだけの勝負。捕まえられたら、それでゲームオーバー。あっけない幕切れ。それでも、
「黒子、もう逃げられないよ」
   もう逃げなくていい理由があって、良かった。ずっと、ずっと、逃げていた。気を引きたくて憎まれ口を叩くも、ヒット&アウェイの繰り返し。キミに知られて拒絶されることを恐れ、凍死させていた密やかな恋心。唇から全身へ凍らされた反動なのか、心はグツグツと沸騰させられ、みるみるうちに融解していく。
   赤司君になら、ボクは溶かされたい。所詮、無敵な太陽の笑顔を浮かべるキミにとって、ボクは無力なアイスクリームでしかないのだから。
「赤司君……キミには完敗です」
   一生、忘れられないのでしょう。気恥ずかしい夏の想い出。とろけるようなキスの後味。
アイ・す / 固まって、溶けて、甘い