やさしい唄を並べてキミの髪をやさしく撫でる
   太陽が横暴に喚き散らす時は過ぎ去り、夕陽が聡明に微笑む頃
   涼し気に泳ぐ夕刻の風へ、ユラリユラリと心を流していた、ボクとキミ
   ふたりで棲む、一戸建ての平屋、小さな庭を見渡せる縁側はボクらの定位置
   膝の上で安らぎの泉に沈む、背中を丸めたその姿は、過去の影に一致していた
   キミは、ボクが昔飼っていた猫のよう
   ボクに、スルスルっとすり寄っては、プイプイっとそっぽを向いちゃう、気まぐれさん
   知らぬ間に家を勝手に抜け出しては、何食わぬ顔で家へ帰ってきてご飯を強請る
   溜息をつきながらご飯を用意し、食べ終わるのをジッと待ち、ボクが触れようとすれば、手をすり抜けて毛繕いを始める
   あの子のつれない態度に、諦めの悪いボクもさすがに落ち込んで、背中を向けることもあったけれど
   やがて、あの子が“ひとり”を感じると、自分の居場所を確かめるかのようにボクへぬくもりを求める、寂しがりやだった
   そういえば、あの頃のキミも好き勝手にボクを振り回していましたね
   中学生の時、バスケを辞めようとしていたボクに手を差し伸べて突き放して導いて束縛して裏切って決別して
   キミをわかりたくて、何度も手を伸ばしたけれど、何度もすり抜けて振り払われ、その手と手がやっと近付いたのは、キミがとても臆病者だと知ったあの日だろうか
   高校生、敵として向き合い、お互いのバスケを貫く為に、死力を尽くした、運命の決戦
   初めての敗北に涙を流したキミが壊れてしまわぬよう優しく抱きしめた時、ボクの温度に包まれることを恐れながらも望んでいたのか、震える手でたどたどしく抱きしめ返してきた
   誰かの手を掴んでしまったら自分は弱くなってしまう、だからこそひとりで戦って戦って頂点に君臨し続けた孤独の人
   それでも、ボクとの繋がりを完全に断ち切れなかったキミは、やっと知り得たんだ
   触れて触れられて、触れられて触れて
   お互いがお互いに消えない熱を伝達すれば
   それだけで涙が、心臓を掠めた
   ふたりは、いつのまにか自分の存在よりも相手の存在に自分の生を鮮やかに感じながら、共に呼吸をし水を口にするようになった
「……ん、……」
「あ……征十郎さん、起きちゃったんですか?」
「……くすぐったい」
「髪を撫でられるのは、嫌ですか?」
「……苦手だけど、テツヤに撫でられるのは、嫌じゃない」
「そうですか……良かったです。大人しくボクの手に撫でられててください」
「不服だ……まるで小さな子供みたいじゃないか。ボクはもう子供じゃないのに……れっきとした大人の男、テツヤの夫……なのに、こんな子供扱いは嫌だ」
「へ?……違いますよ!」
「……えっ、」
「猫扱いですよ!征十郎さん、ボクが昔飼っていた赤毛の猫にとても似ているんですよ」
「……それ、かなり笑えないぞ」
「……すごくすごく大好きな猫だったです」
「……僕を猫に嫉妬させる気か?」
「じゃあ……征十郎さんのことは、すごくすごくすごく大好きです」
「……要らない」
「え?」
「“じゃあ”も“すごく”も“大好き”も要らないよ」
「……そう、ですか。……何が、必要なのですか?」
   こわかった、将来を誓い合っても、いつも不安でいっぱいで、あなたが心から手を伸ばすものを、ホントはずっとずっと知りたかった
「それは……テツヤの存在と“あいしてる”が酸素より水より必要なんだ……僕が生きるためには」
   ボクがずっとずっと手を伸ばし続けていたものと一致していたキミの答えに、心臓は極度の喜びで死んでしまいそう
「永遠に、僕の愛をあげるから、テツヤの愛をちょうだい」
   もうだいじょうぶ、キミはボクから逃げたりしない
   手を繋ぎながら、この箱庭で、ふたりいっしょに、生きていこう
しあわせの庭 / 住みつく愛がそこにある