▽ 日常の変化

 人間の世から、私たち鬼の存在が消えてからどれだけの月日が経過しただろうか。
 父上の采配、母上の魔術による結界によって護られている鬼の里は、今日も穏やかで静かな一時が訪れていく。定期的に配下の鬼たちが顔を出しに来ては不備などないかの報告を受けていく父の隣に、私たちが肩を並べて座るのも見慣れた光景となっていた。

「千将も千怜も、十分に一人前の鬼になったじゃねーか。そろそろ世代交代したらどうなんだ?」
「まだ早い。千将も千怜も、まだ半人前だ」

 二人で力を合わせてやっと一人前なのだと、父は旧友であり傘下にある鬼一族頭首の不知火さんに話した。私たちは、言葉を発することなく互いに視線を合わせては小さく息を吐く。己の力が未熟であることは、誰に言われるまでもなく自身が十分に理解しているからだ。
 両親から見れば、私たちはまだまだ未熟者。父のように剣技が飛びぬけて優秀なわけでも、母のように魔術が人一倍強いわけでもない。どちらかというと、中途半端である。偏った能力の継承がされれば良かったのに、バランスよく均等に継承しているのだ。そんな私たちに、両親は未知なる可能性に胸を躍らせたのだと随分前に話してくれたのを思い出す。
 私たちの能力が未熟なこと、それは父も十分に理解されており先程のような発言をされたといったところだ。

「俺の剣技も、千華の魔術も、全て叩き込んではいないからな。特に千華の魔術は底なしだ、あの次元の魔女に叩き込まれた経緯もあって魔術の幅も未知数。それらを身に着け、頭首としての自覚を持ってからでなければ話にならん」
「うへぇー、子供に対して課題押し付けすぎだろ。色々キツすぎじゃねーの? お前らも辛かったら素直に言えよ?」
「いえ、俺たちは大丈夫です」
「父上も母上も、優しくご教授してくださるので」
「そうかー?」

 眉間に皺を寄せる不知火さんは、心底心配そうに私たちに話しかけているのが分かる。無理難題は課せられていないし、私や千将でもこなせそうな頭首の業務も振られるようになった。ゆっくりと、それでいて確実に、父上は私たちを認めてくれているのだ。
 大事な必要事項の連絡も手短に終わらせ、ほとんどが近況報告も兼ねた雑談だった会話も一区切りになる。不知火さんも統治してる里に溺愛してる奥さんを待たせているはずだし、早く帰ろうと身支度を整えようとしているときだ。

「!」

 ピタリと動きを止め、表情を変えることなく障子の外へと視線を動かされた。一体どうしたのだろうか、声を掛けようとする私だけれど……言葉を発することなく身動きを止める。
 この異変に、父上も千将も何かに気付いたようでゆっくりと瞳を閉ざした。

「おいおい風間、招かれざる客人のようだな」
「らしいな……千華が対応しているようだ、もうじき屋敷に着くだろう」
「鉢合わせないように裏手から帰らせてもらうぜ」
「そうしろ。早急にこの場から去ったほうが良い、何かしら動きがあれば随時連絡を入れるとしよう」
「おう!」

 そう言葉を交わすと、不知火さんは私たちに別れの挨拶をするように手を振りながら、風が通り過ぎるかのようにこの場から姿を消していった。目の前にある空の湯呑を盆の上に乗せながら、私は立ち上がる。

「千怜、茶の用意を頼む」
「分かった、いくつ必要?」
「そうだな……ひとまず七つ、頼むとしよう」

 少しだけ考える素振りを示してから、そう私に話をした。


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