▽ 大事な準備をしよう

 産屋敷邸を後にした私たちは、その足で蝶屋敷へ向かった。預けている荷物の確認をするのは勿論、私は煉獄さんと一緒に彼の家へ向かうことになっているから千将との確認事項を照らし合わせる為でもある。

「忘れ物とかないか?」
「平気よ、持ってきた荷物そのまま置かせてもらっていたし。中身も大したものは入っていないから」

 私が持ってきた荷物は、少し大きめのリュックだ。数日分の着替えや、それ以外に必要な小物もいくつか入っている。使う日が来るかは分からないものが多かったりするけれど、ある種のお守り代わりとして持ち歩いているものだったりもする。

「あ、そうだ。一応、念のために聞くけど」
「んー?」

 リュックを背負い、刀を手にした私は首をかしげながら千将に問うた。

「小豆飯、持ってきてるよね? 母上から言われてること、ちゃんとやらないと怒られるよ」
「…………あぁー!! 忘れてたッ!!」

 少しだけ間を空けてから、彼は思い出したかのように声を上げた。どうして小豆飯の話を出したかというのは、後で使うからだ。とても大事な存在に、挨拶をする為に。

「どうしよう千怜! 俺うっかりしてた!!」
「ハァ、大事なことだから持っていくの忘れないでねって母上が口酸っぱく話していたじゃん。仕方ないなぁ、私のを分けてあげるからそれで対処しなさいよ」
「マジ助かる! ありがとうなー!」
「清めた水と塩はある?」
「それは入ってたから大丈夫だ」
「なんでそれは忘れてないのか疑問だわ……」

 いつもはしっかりしているのに、変なところで忘れっぽいのは母上に似ている証拠だろう。それを補うのは、いつも私の役割だ。
 下ろしたリュックから大きめのタッパーと箸を取り出して、別の空いてるタッパーへと小豆飯を入れていく。ここの建物を見回して感じた気配の数に合うように、程よい分量になるように分けてから千将に手渡した。

「ここに居るのは二人の姉妹みたいだから、分量も少なめで大丈夫だと思うよ。半分に分けて、小さなおにぎりにすれば良いんじゃないかな」
「だな。そっちが行く場所って、煉獄家だったよな? どんな奴が居るのか気になるぜ」
「そうだね。多くても二人だと思うし、煉獄さんの雰囲気を見ればキャラは大体分かると思う」
「熱血系な奴だったりしてな!」
「それはそれで面白そうだね」

 そんな会話を交わし、タッパーをリュックへと入れてから立ち上がる。玄関へと向かうと、そこには胡蝶さんと煉獄さんが肩を並べて待っている姿が見えた。

「ごめん煉獄さん、待たせちゃった?」
「構わん! この地に来たばかりで戸惑っているのだろう? 待つのは慣れている!」
「そう話してくれると助かるね。じゃあ胡蝶さん、あのバカ千将をよろしく頼むよ」
「はい、分かりました」

 深く一礼してから、蝶屋敷を後にする。煉獄さんの家まで少し距離があるらしく、その道中は互いに気になるところを質問していった。

「煉獄さんの呼吸法って、どんなものなの?」
「俺は炎の呼吸だ。全集中の呼吸法の中でも基本と言われているものの一つで、最古の呼吸法と言われている」

 呼吸法の基本は、剣術の流派である炎・水・風・岩・雷の五系統があるそうだ。他の流派は、これらから派生して生まれたものらしい。
 中でも水と炎は歴史が古く、どの時代にも柱になった隊士がいたと話してくれた。

「それじゃあ、煉獄さんの住んでいる家は築年数が古そうだね」
「ああ! 江戸時代からあると聞いている」
「なら、尚更ご挨拶しないといけないし……上手くやれるかなぁ」
「?」

 どんな家に身を置いていても、『あの存在』は根本的な性格は変わらないと母上から聞いているし、ちゃんと挨拶が出来ればいいな。そう思うのと、初めて出会える期待に私は少しだけ胸を躍らせていた。



 俺の生家には、父と弟が住んでいる。俺も身を置いてはいるが、隊務が立て続いていることも少なからずあり、頻繁に帰ることが叶わないのが現状だ。
 今回も、長い隊務が一段落したことと彼女を我が家へ招くことが目的で帰宅できたようなものだと俺は思う。

「よく来た、ここが俺の家になる!」

 造りは古いがとても頑丈に出来ている家だ。雨風に強い木材を使っているからだと聞いているが、所々痛んできており手を入れないといけないだろうと思うのだが、そうできない理由があった。

「うんうん、思った通りの家だね。予想通り二人、しかも夫婦っぽいね。下界で初めて会うから変に緊張する……!!」
「??」

 ふむ、先ほどから彼女は何のことを話しているのだろう? 変な緊張を帯びているようだ、これから会うのは俺の弟だから変に気を遣わなくても大丈夫だろうに。玄関を開くと、音を聞きつけた一つの足音が近づいてくる。

「兄上! おかえりなさいませ」
「うむ、元気そうで何よりだ! 千寿郎!」

 眉を下げながら笑う弟は、少しばかり気疲れを起こしているようだ。ここで暮らしている中で、苦労をかけているのだろうか? 後で話を聞いてやらねば!

「わぁー、可愛い! 煉獄さんの弟さん? とっても似てるね!」
「! あ、兄上……この方は、どなたですか?」
「彼女は風間千怜だ、暫くここに住まわせることとなった!」

 嬉しそうに、満面の笑顔を向けられた千寿郎は目を丸くさせて困っているようだ。

「初めまして、風間千怜と言います。諸事情で鬼殺隊の人たちと一緒に行動をすることになったの、話の流れで煉獄さんに招待されてね。短くも長い期間になると思うけど、ご厄介になることになったので宜しく」
「あ、はい!」
「立ち回りはまだ明確になっていないから分からないんだけど、私がここに居る時の家事全般は任せてくれる? ここに住む対価としては少ないと思うけど、日を追う毎に増やしていくつもりだから」
「そんな! お客さんの手を煩わせるわけにはいきません!」
「一つ屋根の下で暮らすことになるんだし、そんなに気にしないで。家賃代わりだと思ってくれればいいからさ」
「ですが……」

 譲るつもりはないようで、千怜は両手を合わせて「お願い!」と懇願している。そこまで頼み込む必要はないだろうに、だがそこまでする理由があるということか。

「……わかりました、それでは宜しくお願いします」
「うん! ありがとう。あと、もう一つ頼みたいことがあるんだけど……良いかな?」
「はい、なんですか?」
「居間への案内と、小振りなお皿を二枚貸してほしいの」

 人差し指を立てて話す彼女の言葉に、俺と千寿郎は首をかしげるのだった。


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