小さき獅子、動き出す

 三日月の訪問をきっかけに、アポロの部屋は連日して賑やかな声が飛び交っていく。その声に疑念を抱く従者は居たようだが、異を唱える者は誰も居なかった。
 そんな賑やかも慌ただしい日々が過ぎていく、ある日のことだ。

「なんか、さっぷうけいですね〜」

 ベランダから身を乗り出すように、地平線を見渡しているのは今剣だ。「落ちるでないぞー」と声をかけているのは岩融のようで、アポロと向かい合うようにして椅子に座っている。
 今日アポロの部屋に訪問しているのはこの二人みたいだ。

「貴様ら、余程暇なのか?」
「そんなわけなかろう! この後、本丸に戻ったら畑仕事という大仕事が待っているからな!」
「ならばさっさと帰れば良いものを……」
「アポロ殿と、こうして茶の一杯飲みながら話すのが楽しいからな! もう少しは居座るつもりだ」

 豪快に笑う態度とは裏腹に、岩融は丁寧にカップを手にしては飲み物を優雅に口へと運んでいた。
 そんな彼らの行動には慣れたもので、アポロも気にすることなく茶菓子へと手を伸ばしている。

「そういうアポロ殿こそ、ここの領主であろう? なにかしら仕事があってもおかしくないだろうに」
「領主など、名ばかりの重荷でしかない。俺にとっては関係のないものだ……」
「それでも、りょうしゅさん、ですよね?」

 ベランダで駆け回っていた今剣が、首をかしげながら部屋へと戻ってくる。空いている椅子へと座ると、テーブルの上に肘をついて顔を支えるように手を添えた。

「関係ない、と言い切るわけにもいくまい。もしも、この領地で何かしら問題ごとが起きてしまえば、真っ先に領主であるアポロ殿に刃が向けられよう」
「そうされたところで、俺には何もすることが出来ん」

 名ばかりの領主など、誰も見向きもしないだろうし手を差し伸ばそうとすら思わないのは明白だからだ。

「りょうしゅさんって、いそがしいものだとおもってました。あるじさまいじょうに、しごとがおおいものだとばかり……」
「我らの主と比べたらいかんであろう、今剣!」

 そんな二人の会話を耳にしながら、ふとアポロは三日月と会話した内容を思い出していた。
 三日月宗近を始め、この場にいる岩融や今剣や数回顔を合わせている石切丸や小狐丸……彼らは刀剣男士と呼ばれ、審神者と呼ばれる人物の手によって顕現された刀剣の神様に当たる。
 刀剣の神……いわゆる、付喪神になるわけだが、その神は非常に個性豊かだ。それは恐らく、刀として存在していた頃に所有していた人物と過ごしていた記憶が、色濃く残っているのが大きな理由の一つとも言えるだろう。
 その例として取り上げられやすいのが、アポロの目の前にいる岩融と今剣の二人……否、二振かもしれない。岩融は武蔵坊弁慶と名乗る大男が所持していた薙刀、今剣は源義経と名乗る人物が守り刀として所持していた短刀だ。武蔵坊弁慶と源頼朝は、家臣と主という間柄にあったらしい。それも関連してなのか、元の所持者の影響を多く受けている二振は常に行動を共にするほどの仲良しだ。
 元の所持者の手を離れ、千年以上の月日が流れていき……審神者によって顕現され、現在に至るそうだ。
 そもそも、何故刀剣男士がこの世に生まれたのだろうか? それは、『歴史修正主義者』と名乗る犯罪者が時間遡行軍という軍隊を編成したことが全ての始まりともいえる。歴史の改変は禁忌とされているから、そんな悪行を阻止するべく『時の政府』が審神者たちに声をかけたのだ。歴史を守る為に……
 そんな審神者の手足となるべくして生まれた存在が、刀剣男士たちであることも三日月はアポロに話をしたのである。

「そもそも俺には、領主の仕事がどういうものなのかも……知らぬ」

 大きく息を吐きながら、アポロは岩融たちにそう言い放つ。まともな教育係がつかなかったのだ、知識としても乏しい以前の問題であるアポロに岩融と今剣は顔を見合わせ……ニッと笑みを浮かべた。

「でしたら、いまからまなびませんか?」
「学ぶ、だと?」
「おうとも、知らぬことは恥ではない。今から知っていき、自身の知識として身に付けてゆけば……アポロ殿は変われると俺は思う」
「だが、学ぼうにも限度がある。教育係を頼もうにも、王都に不審な報が飛んでいっては不利になる……」
「学ぶ方法など、数多にあるではないか」

 岩融は人差し指を立てながら、一つの疑問をアポロにぶつけてくる。

「よく考えてみよ、ここは辺境の地とはいえ人が住まう土地。領主がいるほどの広大な場所であろう? ここに住まう人間の人数把握、人の往来の頻度、税金などの徴収、王都への連絡……それらは一体、誰がやっておるのだろうなぁ?」
「!」
「恐らく、アポロ殿と一緒にこの土地に着た者たちが手分けしてやっている筈だ。その者たちから、仕事を分けてもらってはどうだろうか?」
「そんなこと、うまくいくはずが……ッ!」
「では、おてつだいをしてはどうでしょうか?」

 ポン、と手を叩いた今剣の提案にアポロは目を見開かせる。

「おお、それは良い考えだな今剣よ! 子供が仕事の手伝いをしたいと申せば、無下にする輩は居ないであろうからな」
「そうです! アポロはこどもなんですから、おとなはこどものおねがいをことわりません!」
「子供に子供、と言われてもな……」
「むっ! ぼくはこどもではありませんよ!」

 プンプンと頬を膨らませる今剣は、年齢不詳ではあるがゆうに歳の数は四桁あってもおかしくない。対するアポロはもうじき十三の誕生日を迎えようとしている。年齢だけ見れば、今剣のほうがずっと大人であるのは言うまでもないが……見た目だけで言うと、アポロの方が頭一つ分年上に見えてもおかしくないだろう。

「中には難しく書かれている書簡や伝令書もあるだろう。従者たちに聞くのに躊躇いがあるならば、我らを頼ってくれても構わんぞ!」
「ですが、ぼくらはこういうことはにがてですよ?」
「ならば、光忠殿と長谷部殿に援軍として着てもらおうぞ! あやつらは元主が伊達政宗と織田信長、政策に関する知識も持ち合わせている筈であろうからな」
「それはこころづよいですね!」

 そんなこんなで、自身の置かれている立場を明確に知るべくアポロは動き始めた。まずはこの城に住まう従者たちの仕事量の把握から手を付けたところ、少人数で膨大な量の仕事を手分けしてやっているという現実を目の当たりにした。中には不眠不休で業務に明け暮れている者がいると聞き、アポロはワナワナと震えながら叫んだ。

「貴様たちの仕事、俺にも手伝わせろ!!」

 まさか半ギレされながら手伝うなどと言われるなんて思わなかったのだろう、目を白黒させる従者は「では、宜しくお願いします」と言いながら仕事の一部をアポロに任せたのである。
 そして、そのやりとりをしていく中で分かった事があるとすれば……従者のほとんどが、父王や兄王子たちの政策に嫌気がさして逃げるようにアポロと共にやってきた人材たちだったということだろうか。だから、アポロの周囲に刀剣男士が毎日のように顔を出していても、王都へ一切情報として漏らしていなかったのだ。何故王都に知らせなかったのか、不思議に思いアポロが問うてみると……

「塞ぎがちだったアポロ殿下が、呆れながらも嬉しそうに話される友ができた。それが、我らはとても嬉しく思っているからでございます」

 だから、国政などに見向きもしなかったアポロが歩み寄ってくれたことがとても嬉しいのだと、そう話をされては当の本人は返す言葉を失った。
 一緒にこの城に住んでいる従者たちは、アポロが歩み寄ってくるのを待っていたのだと言いのけたのだ。忌み嫌われてばかりだと思っていたアポロからすれば、これは想定外の事態で……

「はっはっは、アポロはとても愛らしいからな。その愛らしさに従者の者たちはメロメロになったのではないか? って、コラコラ痛いではないか。年寄りを甚振るものではないぞ?」

 些細な疑問を、また単独でやってきた三日月にぶつけただけだというのに、どうしていらない言葉までつけて話をするのか理解に苦しむ。そう思いながらアポロは、いつものように顔を出しに来た三日月をバシバシと叩くのであった。

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