不思議な始まり

 二度と起きないだろうと思っていた出来事から翌日、ニコニコと笑顔を浮かべながらアポロの前に現れたのは、三日月宗近だった。

「き、さま……!! どうやってここに入ってこれた!?」
「いやぁ、ここの従者に俺の事とそなたの知人であることを伝えたら快く通してくれたぞ」

 ちなみに、三日月がアポロと会話をしている場所は彼の寝室だ。必要最低限の家具に衣類、ベッドしか置かれていない質素な場所。外に出れるバルコニーは広く、設置されてから相当長い年月が経過されているのが見てわかる。

(快く通しただと? この俺に知人と呼べる奴がいないことを知っているだろうに、こうも易々と通すなど……!!)

 もし、もしも。三日月がアポロの刺客だったらどうするつもりなのだろう? そういう考えを持ち、アポロは力なく笑みを浮かべた。
 そうだ……自分は家族から追い出されたも同然の身。こんな辺境の地に住むようになってから半年が経過しようとしていた。半年も経過しているというのに、王都からの知らせは勿論近況など全く耳に入ってこない。これはつまり、厄介払いをされたと言っても過言ではないという事。

「今日はな、そなたとゆっくり話がしたくて単独で来たのだ」
「単独だと? 昨日連れてた奴らは……」
「恐らく、本丸の畑仕事をしているか、馬当番をしているか、今は大阪城へ乗り込む特別任務が課せられているから隊の中に入ったか。その辺りになるだろう」

 指折りをしながら話す三日月は、窓際へと歩み寄り外の景色を見つめる。窓からの景色は、綺麗と呼ぶには程遠い……灰色の世界が広がっていた。草木は枯れ果て、鳥のさえずり一つ聞こえやしない……

「まるで、今のそなたのような景色だな」
「…………」
「このような窮屈な牢屋に閉じこもっていられるほど、そなたは大人しくはあるまい。行動力があるように見受けたが……この状況を打破するべく指示を出してもおかしくはないだろう」
「知らない、からな……」
「?」

 ポツリと、ベッドに腰かけながらアポロはそう呟いた。この地に放り出されて半年……領主、という名がついただけで特にこれといって特別なことが出来るわけもない。太陽が昇れば目を覚まし、与えられる食事を口にし、月の光が降り注ぐ頃に眠りにつく。そんな毎日を過ごしていた。

「俺は、何も知らされていないし……知る機会さえなかった。周りは俺を恐れ、離れていく奴らばかりだ」

 ポツリ、ポツリ。まるで波紋が広がっていくように、アポロは無機質な表情のまま言葉を漏らしていく。
 そんな彼に、三日月は笑みを浮かべながら近付いていき……隣へと腰かけた。ギシリと音を立てながら沈んでいくベッドに、アポロは視線を向けていく。

「何故ヒトは、恐れを抱くのだろうなぁ?」
「え?」
「まだ十にも満たしていないような小僧に、なにを恐れるのだろうな?」
「貴様ァ……! 俺を愚弄するのもいい加減にしろ! 俺は今年で十二になる!!」
「おお、そうであったか。すまんな、人の子は見た目と年齢が相容れぬという事を失念していた」

 すまんすまん、と何度も謝りながらアポロの頭を撫でている三日月は、口元に手を添えながら笑みを浮かべてていた。
 絶対悪いと思ってないだろコイツ、と思いながらワナワナと震えていると……ス、と三日月の手が離れていく。

「そなたは、このまま果てていくのを望んでいるのか?」
「……それが、父と兄の願いだろう」
「他者の事を聞いてるのではない、そなた自身に問うているのだ」

 先ほどのようなからかい半分な声色とは別の、進撃に向き合っている低くもはっきりとした口調と声色だ。場の空気が急に変わったことに驚きながらも、アポロは自然と握りこぶしを作っていた。

「…………生きたい」

 誰にも言うことのなかった、アポロ自身が切に願うような本音がポロリと零れる。
 それを見逃さなかった三日月は、まるで小さな子を宥めるかのように優しく問いかけていく。

「生きたい、か。して、どのように生きたいのだ?」
「このまま朽ち果てるなど、嫌に決まっている! 俺は、どんな屈強にも耐えていきいずれは……」

 そこまで話をしてから、アポロは変に力を入れていた拳を解いた。何故こうも熱く語ってしまったのだろう……相手は得体の知れない剣客だというのに……

「それが、生きたい理由だな?」

 愚弄するでもなく、軽蔑するでもなく、叱るでもなく、ただただ三日月は静かにそう問うた。

「……そうだ」

 瞳に炎を宿し、静かに爪を研ぎながら身を潜めている姿が見えたからか……三日月はニコリと笑みを浮かべた。

「ならばまず、そなたは知るところから始めなければならん。周りが教えてくれぬのなら、自ら動き出さなくてはな。中には俺が助言できそうなこともありそうだが……おお、そうだ」

 ポン、と手を叩く三日月は名案が浮かんだとばかりに満面の笑顔をアポロに向けた。

「折角の機会だ。この俺に、色々教えてくれないだろうか?」
「……え?」
「この土地の事、そなたの国の事、この世界のこと。俺は平安時代の生まれだ、尚更分からないことが多いだろうからな」
「……ヘイアン、とはなんだ」

 頭上に疑問符を浮かべるアポロに対し、今度は三日月も頭上に疑問符を浮かべた。
 互いにパチクリと瞬きを繰り返すと、双方共にフッと吹き出して笑いだす。全く同じ動作をしてしまっただけだというのに、それが何故か妙なツボに入ってしまったらしい。

「そうかそうか、ここは俺の知る時代ではなかったな。ならば、順序立てて説明しよう、俺たち刀剣男士のことも含めてな」
「刀剣、男士……?」
「きっと、俺とそなたの出会いは……」

 何か大きな意味がある。
 そう話す三日月が、何故こうも嬉しそうに話をしてくるのか皆目見当がつかない。もし、その理由を知ったところで内容を理解するのにも時間がかかるだろうし何も変わらないのは明白だろう。
 こうして会話をして、分け隔てなく言い合いが出来る人物の登場は、アポロにとって数少ない衝撃を与えてくれているからだ。

「誰か、誰かおらぬか!」

 ふと、何を思ったのかアポロは扉へ向かって声を荒げた。すると慌ただしく従者であろう男が入ってきて頭を下げてくる。

「な、なんでございましょう……アポロ殿下」
「ここにテーブルと椅子を持ってこい! あと茶もだ!!」
「か、畏まりました!!」

 この辺境の地にやってきてから、アポロが声を荒げるなんて初めての事だ。従者が慌てふためきながら部屋から姿を消していくと、何が起こったのか理解が追い付いていない三日月は瞬きしながら三日月模様の瞳を小さな獅子へと向けていた。

「茶の一杯が欲しいと言いのけたのは、何処の誰だったか忘れたとは言わせんぞ」
「!」

 ビシ、と指を差され何度目か分からない瞬きを繰り返すと、小さく口角を上げる。

「では、友好関係を築ける証として、改めて名を名乗るとしよう」

 三日月は、腰に下げている刀を鞘ごと手にしながらアポロの前へと捧げるようにして持つ。

「天下五剣の一つにして、その中でも最も美しいと評される太刀・三日月宗近だ。末永く付き合っていけると嬉しいぞ」
「……紅鏡の国・フレアルージュの末王子、アポロだ。こんな俺が教えられることなど、ないに等しいだろうが……それでも構わないのであれば、話していこう」
「うむ、俺は構わんぞ。こんなじじいの話し相手になってくれるのだからな」

 こうして、刀剣男士・三日月宗近と末王子・アポロの不思議な繋がりが始まった。
 暫くして運ばれてきたテーブルを囲み、椅子に深く腰掛けながら熱湯で入れられた茶を手にして談笑をしていく中で「貴様、その外見で千をとうに超えているだと!?」と驚くアポロの声が飛んできたとかそうでないとか。

[*prev] [next#]






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -