いたいのいたいの……(1/2)

「そうか、いよいよだな」

 話を聞きながら頷いていた頭が、ニッと笑みを浮かべてアポロと向かい合っていた。椅子に腰かけるアポロは握りこぶしを作っており、その瞳には怒りの炎を灯している。
 腐りきった父王と兄王子が居座っている城への襲撃が、いよいよ今夜開始されるのだ。民の為に戦うことをアポロが決めてから数日、下準備も含めてアポロはこれまで行動を共にしていた者たちに指示を出していた。

「そういうことなら喜んで、蛮族の若い奴らを使ってくれや。それで? どんな作戦を考えてんだ?」

 城の奪還と、民を守ることを第一に考えているアポロの編み出した作戦というのは、いくつかの私兵を結成させて城へと乗り込むというものだ。民への通達は秘密裏に動いている刀剣男士たちのお陰で周知されており、人目を盗んで民たちもまた準備に勤しんでいるらしい。

「城を囲い、剣と盾を持って威嚇してくれさえすれば良い。万が一迎撃されたとしても、蛮族たちの力がありさえすれば事足りる」
「それ以外の穴埋めは、俺たちが補うつもりだ」

 打ち合わせをしている二人の会話に、一つの声が入り込んできた。顔を動かすと、頭とアポロが打ち合わせとして使っているテントの中に足を踏み入れたのは……へし切長谷部だ。彼の後ろには燭台切光忠と、もう一つ人影がある。

「準備は万端だぜー、アポロのたーいしょ! ひっく……」
「おい不動、こんな時まで飲酒はするなと主からも言われてるだろう」
「こんな戦、飲まなきゃやってらんねぇーよぉー」

 頬を赤く染めている紫の長髪を頭の高い場所で結い上げているこの青年は、不動行光。長谷部同様、織田信長が愛用していたとされる短刀である。短パンハイソックス姿の青年の手には、『甘』とかかれた小さなガラス瓶が握られている。中には酒が入っているようだ。

「なあ、前々から思ってたが……アポロ殿下の知り合いは個性的な奴らばっかりだな」
「気付けば集っていた、とも言えるな」
「アンタの人柄の良さが出てるってところだな! いやー、頼り甲斐ある奴らが多くて羨ましい限り! 俺たちも、殿下に胸張って背中預けられるような存在であることを知らしめてやらねぇとな」
「張り切りすぎるなよ……」

 嬉しそうに笑う頭との会話もほどほどに、重要事項の伝達を終わらせたアポロは長谷部たちと共にテントを出た。その先では、他の刀剣男士と話す姫の姿が見える。

「やあアポロ、話し合いは終わったのかな?」
「ああ、もうじき襲撃に入る。お前たちも持ち場についてほしい」
「うんうん、構わないよ」

 にこりと笑う淡い黄色の短髪を揺らしている青年の名は、髭切。試し斬りで罪人の首を斬った際に、髭まで切れたことが名の由来とされる太刀だ。おおらかで、考えていることが掴めないマイペースな性格の持ち主である。

「俺たちの持ち場は、ここから少し離れた郊外だったな。兄者、早く行こう」

 髭切の後ろから声をかけた薄緑の短髪青年は、膝丸。試し斬りで罪人を斬った際に、両膝まで一刀で断ったことが名の由来とされる太刀だ。
 髭切と膝丸は、源氏の重宝とされており兄弟のような間柄だ。だが、髭切は自分自身を含め、呼び名などにおいて頓着しない。それだけでなく、なんと弟である膝丸の名前すらも忘れてしまっている状態でもある。名前は忘れていても弟の存在は認識しているようで、膝丸はなんとかして名を呼んでもらおうと自身の名を繰り返し教えているのだが……

「そうだな、持ち場には居たほうが対応しやすいだろう。共に向かおうか、肘丸」
「俺は膝丸だ兄者!」
「あー、そうだったそうだった。ゴメンよピザ丸」
「ッッ……!!」

 頭を抱え、唸り声を抑える膝丸と共に、マイペースな髭切は膝丸と共に打ち合わせで聞いた場所へと移動していった。

「あの、大丈夫でしょうか……」
「あ奴らはいつもこんな調子だ。気にするな」

 冷や汗を流す姫は、二振の後ろ姿が見えなくなるまで心配そうに見つめていた。
 その横で、アポロは目の前に立つ大男を前に姫とは違う冷や汗を流していた。これまでも多くの刀剣男士を見てきたが、これほどまでに大柄で筋肉質の男を見たのは蜻蛉切に続いて二振目である。

「我は祢々切丸という。人の姿になり日も浅い故、足手まといになってしまうやもしれんが、宜しく頼む」
「あ、ああ……」

 表情を変えることなく淡々と話す祢々切丸は、高位神格の大太刀だ。祢々という妖怪を切ったことから名付けられたと言われている。頭に角のような装飾品を付けているのが特徴だ。

「今回はアポロ君にとって大きな戦だからね、僕らの主も無理して色んな刀剣男士をここに派遣してくれているんだ」
「とはいえ、残りの部隊は後追いになるだろう。今開催されてる連対戦で出張っている奴らもいるからな、人数調整に主は頭を悩ませている状態ともいえる」
「編成に困るところがあるのか?」
「まさか! 純粋に、アポロ君の力になりたい子たちが多すぎて誰を向かわせるか選別に困ってるって話だよ」
「物好きな奴らだ……」

 そう話しながらも、アポロも口元は綺麗な弧を描いている。こんな自分を慕ってくれていることが、素直に嬉しい様だ。
 すると、話をしている彼らの元へ一つの小さな影が走って来た。

「皆さん! 大変です!!」
「!」

 駆け寄ってきた影の正体は、こんのすけだ。息を切らせながら走って来た彼に、長谷部の眉間に皺が寄った。

「こんのすけ、主から連絡が入ったのか?」
「き、緊急事態です! 時間遡行軍が、このフレアルージュに近付いているとの報告を受けました! 現地に居る刀剣男士たちは、迎撃の準備に入れとのことです!」
「なんだと!?」

 目を見開かせる長谷部や光忠たちに、姫は少しだけ顔色を悪くさせる。時間遡行軍という集団について、何も知らない彼女は内側から溢れる不安を抑えるように胸に手を当てた。
 そんな姫に気付いてか、アポロはそっと肩を抱き寄せながら長谷部たちに話しかける。

「時間遡行軍は、歴史修正主義者とか名乗る奴らが放っている化け物集団だったな」
「ああ、そうだ」
「歴史の改変を目的に放たれてるという事は、この迎撃は成功に収まる未来があるという事だ。だったら尚更、お前たちには存分に働いてもらわなくてはならん。このフレアルージュの未来は、お前たちの手に委ねられてるも同然。無論、俺も俺なりに足掻こうと思うが……奴らは刀剣男士でないと太刀打ちできない存在と聞く。頼むぞ」
「うん、僕らの腕を信じて任せて」

 握り拳を作り、熱く語る光忠にアポロはニッと笑みを浮かべた。彼らの力量は、出逢ってから今日に至るまで十分に見てきたのだ。どれだけ強いかなど、言われなくても理解できる。

「後衛部隊と共に時間遡行軍を迎撃する! アポロが話した配置に着き、遭遇次第抜刀せよ!!」

 今回の部隊の隊長を務めている長谷部の声を合図に、彼らはこの場から姿を消していった。残されたアポロと姫は、ゆっくりと顔を動かして互いを見つめる。

「……本来ならば、お前はここに居てほしいと思っている」
「ですが、私も一緒に行きますからね。ただ待つだけなのは嫌ですから」

 震える手を隠すように、はっきりと意思を示す姫にアポロは良い顔をしなかった。だが、どんな言葉をかけて戦場から放そうとしても、彼女が首を縦に振らないことをアポロは知っている。
 だから、最終的にアポロが笑みを浮かべながら折れたのだ。

「俺は、強い女が好きだからな。常に傍に居ろ、良いな?」
「はい!」

 互いに手を取り、離れないようにと力を込める。たとえ、どんなことが起きようとも……離れないと胸に刻みながら、二人も持ち場へと向かって行った。





 フレアルージュへ向けて、時間遡行軍が押し寄せている。その数は確認取れていないが、非常に多いというのだけは情報として耳にしていた。
 連対戦から戻ってきた部隊と話をしていた審神者たちの耳に届いた情報は、想定外のものであった。だが彼女は、そういう事態が起きることは予測していたようでもある。

「だって、皆がフレアルージュへ行けてるんだもの。時間遡行軍だって、時を渡って現れる可能性だって捨てきれなかったからね」
「だったら早く向かわねぇとな。どういう編成で行くんだ、大将?」

 今回の連対戦において、隊長として勤めている薬研の言葉に審神者はニヤリと笑みを浮かべる。

「編成なんて関係ないわ、全員で行くわよ」
「ぜ、全員で……ですか!?」

 目を見開きプルプルと震えているのは、五虎退だ。粟田口派の短刀で、藤四郎兄弟のひとりである。足元には五匹の虎が控えており、主人である五虎退と審神者の顔を交互に見つめている。小心者で、臆病であり泣き虫な少年だ。

「だって、部隊を編成して向かわせても対応できるか分からないもの。相手の数は未知数なわけだし。だったら、こちらにも考えがあるわよ。私が信頼している頼れる刀剣男士たちを、全員連れて行くのなんてわけないわ」
「そんな異例、時の政府が許してくれるかな……」

 眉を下げながら不安げに話をする赤髪の少年は、信濃藤四郎。粟田口派の短刀で、藤四郎兄弟のひとりだ。

「許すも何も、緊急事態よ。政府に出す報告書がめんどくさくなるくらいで、特に変わることはないわ」
「えぇー、大将に苦労を掛けたくないよー」

 眉を下げる信濃の頭を撫でる審神者は、時間遡行軍の存在を伝えてくれたこんのすけへと視線を向ける。

「――というわけだから、宜しくね! こんのすけ」
「あーもう! 本当に主様は無茶なことばっかり言うんですから……!!」
「お叱りは後で聞くから、頼むわよ」
「〜〜〜〜!!」

 声にならない声を上げながら、こんのすけは首に付けている鈴をリンリンと鳴らした。すると、審神者や刀剣男士たちが生活している本丸を覆い尽くすかのような巨大な魔法陣が姿を現す。特定の者たちを、特定の時代へと転送する特殊な方陣である。

「待ってなさい、アポロ。すぐに向かうから」

 そう呟く審神者は、まばゆい光に包まれながら瞳を閉ざすのだった。

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