動き出す時(1/2)

 アポロとトロイメアの姫が、城を追われて早半月が経過する。城では父王と兄王子の悪政により、衰退の道を辿ろうとしていた。城下に住む民たちは異を唱え、中には武器を手にして奮起しようとする者たちが現れているほど。
 アポロの政治と、父王と兄王子の政治。どちらが良いかなど、天と地ほどの差が出ているこの状況下……奥歯を噛みしめる父王がアポロを探すべく動き始めていた。民衆の前で公開処刑などを行い、絶対権力者が誰であるかを知らしめようとしているのだ。
 王都からやって来た兵たちは、えばる様に城下を歩いていきアポロ捜索の任について動き回っていた。そして、彼らはとある場所へと足を踏み入れようとするが……

「「お引き取り願おう」」

 門番を任されている蛮族の兵たちが、槍を手にして目の前に立つ父王の兵たちにそう言い放っていた。

「命令に背くとでもいうのか!? ここは我らがフレアルージュ王の土地、王に背くことはどういう意味を持つか分からないとでも言うつもりではないだろうな!?」
「国王がどう言おうとも、俺たちは頭の下で働いている身。頭が心を砕いたのはアポロ殿下だけだ、殿下の力量に俺たちの頭は忠誠を誓ってるも同然。その殿下を、貴様らはどう扱おうとしてるか……言うまでもないだろう」

 戦力だけ見れば、王都で贅沢三昧をしていた兵と現役で働いている蛮族の兵とでは雲泥の差が出ていてもおかしくない。それを分かっていてか、王都の兵たちは舌打ちをしながら蛮族が統治している土地に足を踏み入れることなく去っていった。
 その一部始終を、少し離れた草陰から見ていた者たちが顔を出しながら様子を見守っていた。

「行ったみたいだね」
「っかぁー、アイツらも懲りないなぁー」

 遠くを見るように、眉に手を当てている赤髪短髪の少年は、愛染国俊。鎌倉時代に活躍した来派の刀工・国俊が打った短刀だ。彼の隣に立っている蛍丸もまた、同じ刀工によって生み出された存在である。

「ああ、愛染さんに蛍丸さん。お勤め、ご苦労様です」
「お前らもお疲れさま! 毎日ああいった奴を追い払うって、骨が折れるよなー」
「今だけの辛抱ですよ」

 にこりと笑う門番に見送られながら、愛染たちは塀の奥へと進んでいく。そこでは、普段と変わらない子供たちの賑わう声や、大人たちの日常的な雑談の声が往来していた。
 そんな中、一ヵ所だけ真新しく作られた藁の家が建っている。そこから顔を出した人物に、蛍丸が声をかけた。

「明石、ただいま」
「おー、蛍丸に愛染やないか。おかえりんしゃい」

 手をヒラヒラと動かしながら眼鏡を押し上げている彼は、明石国行。蛍丸や愛染と同じ刀工によって生み出された太刀である。やる気がないことが多く、いつも愛染たちを困らせている存在だったりもするが、時折彼らの保護者的立ち位置に回る時があるんだとか。

「アポロとお姫様は?」
「近くの畑におんで。今丁度、声をかけに行こう思うとったとこさ」

 今は昼時で、そろそろ食事の時間なのだろう。食事当番の明石が、支度を終わらせて声をかけに行こうとしているようだ。折角なので、愛染たちも明石と共に肩を並べて二人に声をかけようと一緒に動く。

「――俺に構わず、旅を再開させれば良かったものを」
「放っておくわけにはいきませんから」

 ふと、二人の会話が聞こえ三振は動きを止めた。

「ムーンロードの出現は不規則だった筈、いつ出てくるか分かるにも時間が必要であろう」
「確かに、ユメクイを討伐するのは私の大事な役目です。それは重々分かっていますが、アポロをこのままにさせておくわけにもいきませんから」
「フン、俺が頼りないとでも思っているのか?」
「いいえ、私が最後まで携わりたいと思っているだけです。離れたくないと思っているのは、私だけですか……?」
「そんなわけ……なかろう」

 フレアルージュにムーンロードが出現したのは、つい先週の事になる。それを渡らなければ、別れた先で待つ仲間たちと合流して旅を再開できないのだ。なのに、彼女はムーンロードを渡らなかった。ここに留まることを決めたのである。そのことをアポロは不思議に思いながら、何度も姫へと疑問を投げつけていた。だが、彼女は決まってこういうのだ。

「旦那様の領土がこのままじゃ、旅を再開しても心配で引き返すのが目に見えてますから」

 満面の笑みでそう答えられては、流石のアポロも返す言葉を失い彼女の意志を尊重するしかなかったのである。将来の妻として、傍に在り続けてくれると話す彼女の想いがとても暖かく、すがりたいほどに優しいものであったのも理由に挙げられそうだ。

「ラブラブだね」
「アツアツだな!」
「「!!」」

 ニシシ、と笑顔を浮かべる愛染と蛍丸にアポロと姫は顔を赤くしながら彼らへと向く。ニヤリと笑顔を浮かべながら「お昼、できたで」と話す明石に赤い顔を手で隠す二人。
 気を取り直すように、咳ばらいをするアポロが数歩前へと出ると……

「わわっ! 危なーい!」
「!?」

 少し離れた場所から、桶を持って歩く二つの影のうち、一つが躓いて転ぶ。その拍子に桶に入っていた何かがアポロの元へと飛んでいった。条件反射で、それらを掴んで受け止めたアポロは呆れたような溜息を漏らす。

「鯰尾に、骨喰か。馬の世話は済んだようだな」
「うん。そろそろお昼だから、戻ってきた」

 コクリと頷いたのは、骨喰藤四郎。粟田口吉光作が打った脇差ではあるが、薙刀から脇差へと磨上げられた経緯がある。感情の起伏が乏しく、無表情であることが多い。過去のトラウマも関係してか、炎に包まれた光景を最後に過去の記憶などを失っている。雪のように白い髪が、風になびいてキラキラと輝いている。
 彼の隣で転んだのは、鯰尾藤四郎だ。彼もまた粟田口吉光作が作った脇差で、元々小薙刀だったが脇差へと磨上げられた経緯がある。アホ毛が特徴的である長い黒髪をなびかせている青年だ。
 鯰尾と骨喰は、名前を見てわかる通り藤四郎兄弟の一本とされている。

「ところで、これは……?」
「馬糞ですよ! うんがつきましたね!」
「んなッ!!」

 パッと顔を上げた鯰尾の言葉に、アポロは言葉を失い固まってしまう。「こんなものを持ってくるな!!」と叫ぶアポロを、明石たちが笑いながら見守るのだった。

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