獅子と刀の邂逅

 母は物心ついた頃には既に他界され、父からは目の上のたんこぶの様に鬱陶しいと扱われ、兄からは汚物を見るような眼差しを向けられてきた。
 そんなアポロの生まれてから今日に至るまでの軌跡は、酷いなんて言葉で片付けられるものではないほどの悲惨なものだ。歳をいくつか取るようになっていけば、それに見合う教育を施されるのが通である。だが、兄王子には多くの家庭教師が付いたのだがアポロには一人も付くことはなかった。生まれながらにして炎を宿していることも相なってなのか、懐に大きな爆弾でも抱えているものだと思い込んでいる父王の愚業とも取れる行いに誰も異を唱える者はいなかったのである。
 そんな中、アポロは父王から辺境の地へ行けと言う任が下された。それに二つ返事をしながら、アポロは数少ない従者を連れて辺境の地へと向かった。馬で向かう事数刻、見えてきたのは小高い丘に堂々と建てられている寂れた古城だった。人の手が入っていないのが目に見えている、幽霊が住まう城と言われてもおかしくないくらい朽ち果てそうになっている城でもあった。
 どうせ厄介払いだろう。視界に入れたくなくて、体のいい辺境の地に追いやったんだろう。そんな考えがアポロの胸の内に浮かんでは、消えていった。
 共にしている従者……何人かは世話役の任についているような人達は、父王に命令されて嫌々付いてきた奴らに決まっている。監視でも任されたのだろう、とすぐにアポロは理解に達することが出来た。
 そんな世話役と監視を兼任している人たちから声がかかることがあるとすれば、朝昼夕の食事が出来上がりそれらを運ぶことくらいだろう。朝起きて、食事を口に運び、夜になれば眠る。特にこれと言ってやることがないまま、無駄な時間が過ぎていく……
 そう、窓際から見える枯れ果てた大地を見ながらアポロは思っていた。

「どうせ俺も、この土地の様に枯れ果てていく運命なのだろう……」

 誰に言うわけでもなく、ただただ思ったことを口にしていく。木霊の様に飛んでいった言葉は、すぐに消えていった。


―そんな彼に転機が訪れた。


 それは、閉じ籠っていることが億劫になったアポロが外へと出た時の事。後ろから数名の世話役が身を隠しながら後を追いかけていることに気付きながらも、アポロは気にする素振りを見せずに歩いていた。
 丘の上に建つ城があれなのだ、城下にある荒地も想像通りの朽ち果てようだった。
 薄汚れた衣類を纏う民たちが、縁の欠けたお椀を手にしては乞うように差し出してくる。農作業用の道具はあるようだが、そのほとんどが壊れており使い物にならない。
 誰の手も加わっていない場所だ、終焉を迎える者たちが多く集った場所なんだろうとすぐに想像ができた。
 だが、そんな痩せこけている民たちの中に……一際目を引く者たちが歩いていることにアポロは気付いた。

「これは酷いな……」
「草木も、ここに住んでいる民でさえも、生気を感じ取れない。酷い、なんて言葉で片付けてしまうわけにもいかないだろう」
「嘆かわしい……一体誰がこんなことを……」
「ぼくたち、えんせいさきをまちがえたのでしょうか……?」
「そんなことはあるまい! こんのすけが間違えるわけがなかろう!」

 この地にそぐわない、高価な衣類を着ている人たちだった。腰に刀を下げていたり、手に小刀や薙刀を持っているところを見ると、何処かの兵士なのかと想像を付けるが……こんな軽装の兵士など聞いたことがないアポロは、彼らに近づいていく。

「おい貴様ら、この場所になにしに来た?」
「ん?」

 彼の声に反応をしたのは、青を基調とした和服を着る男だった。髪飾りを付けている短髪の男は、のんびりとした口調でアポロに話しかけながら体を向けてくる。

「おお、状況を聞けそうな者から近付いてきてくれるとは、とても助かるぞ。なに、俺たちは怪しいモノではない。安心してくれ」
「そうは見えんから話しかけたのだ。もう一度問う、こんな辺境の地へなにしに来た?」

 警戒心を持たれていないからこそ、尚更アポロは疑念の眼差しを彼らに向けていた。三日月の形をした柄が施されている青服を着ている男は、困ったように眉を下げている。それを見かねたのか、近くに立つ緑の服を着る男が会話に加わった。

「そう警戒しないでください、ここに無断で立ち入ったことは謝ります。私は石切丸と申します。この部隊長を任された身で、遠征としてこの地に足を踏み入れました。ですが、事前に伺っていた情報とは全く違うこともあり困惑していた次第です」
「遠征、だと?」

 こんな場所に遠征を指示する奴がいるなど、物好きがいたものだ。そうアポロは思いながらジド、と石切丸と名乗った男を睨み付けた。
 さっさと追い出してしまおうと、アポロがその手に炎を宿そうとした時……陽気な声が飛び込んでくる。

「すまないが、何処かで腰を下ろせる場所はないだろうか? じじいは長旅で疲れたものでな」

 はっはっは、と呑気な声が出てきたことに、ついアポロも「は?」と声を漏らしてしまう。
 それに応えるように、大柄な男に肩車をしてもらっている少年が話に加わってきた。

「もう! 三日月はまだわかいじゃないですか! ねをあげるにははやすぎます!」
「そうは言ってもだな、疲れたものは疲れたのだ。今剣は肩車してもらっていて羨ましいなぁ」
「これはぼくのとっけんなので、ゆずりませんよ! としうえをいたわらないといけませんからね〜」
「年上とは言っても、たかだか300年しか差がないではないか」

 頬を膨らませて怒る少年に、アポロは一体何の会話が交わされているのか一瞬理解できないでいた。それもその筈だ、どう見ても青服を着ている男の方が少年より年上の筈。なのに、少年の方が年上だと言い放っているのだ。

「今剣は岩融に肩車してもらっているのだから、ほとんど疲れていないのであろう? この通り、じじいは疲れたのだ。早く休みたい」
「はいはい、分かりましたから……早く本丸に戻りましょう。主様に、この土地の事を報告しないといけませんから」
「ですが石切丸、もう少しこの辺りを調べてからでも良いのでは?」

 首をかしげているのは、銀髪長髪の男だ。服を少し着崩しており、服の間からは鍛え上げられた胸板が見えている。

「小狐丸、気持ちは分かりますが今は帰還した方が得策でしょう。主も、このような土地があることなど知らない筈ですから」
「ガッハッハッハ! こんのすけの手違いと言う可能性も捨てきれん。それに、こういった細かい探索は短刀が向いておるわ」
「では、あわたぐちのみなさんにたのむことになりますか?」
「藤四郎兄弟だけでなく、お小夜や今剣も隊に組み込まれよう。そう気を落とすでない!」

 内輪での会話がされたこともあり、アポロの苛立ちはピークに達しそうになっていた。得体の知れない輩に長居されているのは勿論のこと、アポロ自身の話に一向に回答が来ていないのも理由の一つと言えるだろう。

「いやぁ、すまなかった。俺たちはこの辺でお暇しよう」
「!」

 のんびりとした苛立ちさえも感じそうになりそうな声が聞こえ、アポロは青服の男を睨み付ける。だが、男は特に気に留める様子もなく話をしていく。


「俺の名は三日月、三日月宗近という。またここに足を運んだ際は、茶の一杯でも貰えると嬉しいぞ」
「来るな!!」
「私は小狐丸という。大きいけれど、私が小! よろしく頼みますよ」
「だから……」
「あー! じこしょうかいするんですね? ぼくは今剣、よしつねこうのまもりがたなだったんですよ!」
「ガッハッハッハ! 俺は岩融! 小さき者よ、これも何かの縁であろう!」

 豪快に笑う岩融と名乗った男に、ガシガシと頭を撫でられたアポロは困惑していた。こうして歩み寄るだけでなく、分け隔てなく名を名乗ってきたその真意が掴み切れていないからだ。

「ふむ、この様子を見る限りだと俺たちを無下にするつもりはないと見受けたぞ」
「!」

 にこりと笑う三日月に、アポロはハッと我に返るように顔を上げる。

「時に、そなたの名前を聞いておきたいのだが……良いだろうか?」
「……そう簡単に名乗ると思ったか。馬鹿者」

 こうも好き勝手に言われているのが気に食わなくて、アポロはそう言い放った。
 これで気を悪くしてさっさと帰ってくれると思っていたのだが、どうやら相手は違ったらしい。

「そうかそうか、次会った時に名乗ってくれるということだな?」
「は? どうしてそうなる!?」
「照れるな照れるな、俺たちにまた会いたい口実だということであろう? 俺はすぐに分かったぞ」

 はっはっは、と笑う三日月に頭を撫でられるアポロは口をパクパクと動かしていた。言葉にならない、とは正にこのことを指しても過言でないだろう。

「ではまたな、この土地の領主殿」
「!?」

 彼の口から放たれた言葉に、アポロは目を見開かせて顔を上げる。だが、そこには既に誰も居なくなっていた。まるで、最初から誰も居なかったかのように……静まり返っていた。

「……なんだったのだ、あいつらは」

 白昼夢を見ていたにしては現実味が帯びているようにも感じ、ブンブンと顔を振ってから城への帰路に着く。こんな出来事など、二度と起きるわけがない。そう思いながら……

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