突然の奇襲

 午前中のうちに出立したアポロを見送った姫は、不安な気持ちがぬぐえないまま用意された部屋に居た。部屋にはベッドは勿論、上質な丸テーブルと椅子があり、時間がある時はそこで読書をして過ごしている。
 今日も、書庫から珍しい本を数冊借りた姫は椅子に深く腰掛けながらページをめくっていく。だが、本の内容が頭に入ってこないのか視線を天井へと向けて深い溜息をもらしていた。

「心ここにあらず、て感じですね。お姫様」
「!」

 そんな彼女に声をかけたのは、アポロとの別れ際にやってきた刀剣男士の一振。紺色の背広のような服を着こなしている少年は、彼女の顔を見つめながら心配そうに声をかけてくる。
 彼の名は堀川国広。安土桃山時代に活躍した刀工・堀川国広作が打った脇差であり、新選組と呼ばれる組織の中で鬼の副長の名で有名な土方歳三が愛用していた刀でもある。相棒の打刀とセットで行動することが多く、その相棒の助手をしていることもあってか世話焼き好きの少年だ。

「ご、ごめんなさい……! なんだか落ち着かなくて……」
「仕方がありませんよ、嫌な予感が過ぎって仕方がないのは姫だけではありませんからね。アポロが、別れ間際に姫の護衛をしろと念入りに言ってくるくらいですから。何が起きても不思議じゃありません」

 人懐っこい笑みを浮かべる彼に、姫はホッと僅かな安心感を得る。ふと、外の景色へと視線を動かす。雲行きが怪しく、燦々と照りつけていた太陽が陰ってきたこともあってか更に不安な気持ちを掻き立てられているというのもあるが……

「外には長曽祢さんが警護してますし、城内も兼さんと陸奥守さんが巡回してます。加州さんと大和守さんも城の中と外を往来しているので、心配は無用です!」
「とても、心強いです。アポロが信用している方々ですもの、頼りにさせて頂きますね」
「はい! 任せてください!」

 頼られるのが嬉しいからか、持ち前の明るい笑顔を向けながら話をする堀川に、姫は張りつめていた緊張を少しだけ解いていく。
 だが、突然怒号のような叫び声や地響きのような足音が聞こえてきた。何の前触れもない中、突如聞こえてきた音に姫も堀川も目を見開かせて部屋から飛び出す。
 廊下には、城に仕える者たちが逃げ惑うように駆けていた。

「あの! 一体何があったんですか!?」

 堀川が、駆け過ぎようとする侍女を捕まえて話を聞こうと声をかける。すると彼女は、カタカタと震えながら堀川の服を掴んだ。

「あの、アポロ殿下のお兄様が……ダイア様が、この城を侵略に……!」
「なんだって!?」

 何の前触れもない襲撃だ、しかも身内がアポロが居ないこの時を狙ったかのようにやってきたのだ。脇差に手を添えながら、堀川はにこりと微笑む。

「教えてくださり、ありがとうございます。貴女もどうか、安全な場所へ避難を!」
「は、はい! 姫様も、早くお逃げを……!」
「分かりました」

 深々と頭を下げる侍女を見送り、堀川と姫は顔を合わせた。

「では、僕が先陣を切ります。行きましょう!」

 片手で剣を構え、空いてる手を姫の背へと回してポンポンと優しく叩きながら駆けだそうとしている時だ。前方から、多くの兵を連れた一人の男が立ちはだかったのである。

「もしやそなたが、トロイメアの姫君かね?」

 大仰に手を広げて言う男に、堀川は顔を強張らせた。彼に護られるように庇われてる姫は、緊迫した空気に震えながら口を開く。

「あ、あなたは……?」
「フレアルージュ第一王子ダイア、アポロの兄だよ。姫君、噂に違わぬ可愛らしい方だ」

 ニコリと笑うその姿は、アポロの兄弟という事もあり非常に似通っていた。だが、違う所があるとすれば……その立ち居振る舞いが、威厳に溢れたアポロとは正反対のひどく惰弱に感じられるところだろうか。

「あのような力馬鹿にはもったいない。どうだい、私の姫にならないかい?」

 差し出された手を見つめ、ジリジリと近寄ってくるダイアに姫と堀川は数歩後ずさりをする。そして、瞳に力を宿しながら姫は「お断りします!」と言い放ったのだ。

「なんだと……?」
「アポロの留守を狙って、襲撃してくるなんて……そんな人の元へ、私は降ったりなんかしません!」

 あの時、馬車に揺られながらアポロの話を聞いた時……姫は大粒の涙を流した。あれは同情の涙ではなく、幼少の頃から孤独と闘っていたアポロの事を思い酷く心を打たれたからだ。
 本来ならば親に甘えられる時期を通り過ぎ、過酷な幼少期を過ごしていたであろう彼を、たまらなく愛しく思った。凛々しく、往々しい獅子を連想させる立派な王子を、傍で支えたいと願うあの想いが、次第に一人の男を愛したいという想いに変わるのに時間はかからなかったのだ。
 アポロの傍に立つために、胸を張ってトロイメアの姫であることを誇りにできるように、震える手を抑えながら拒絶の意をダイアに示していた。

「その瞳……あいつそっくりだな。忌々しい」

 ダイアの顔から笑みが消え、代わりに酷く歪んだ顔が姿を現す。

「お前がどう言おうと関係ない。一緒に来てもらうぞ」
「ッ……!」

 一歩ずつ近づいてくるダイアに、堀川は構えていた剣を両手で掴んで切っ先を向ける。今すぐに刃が交えてもおかしくない、緊迫した空気が廊下に漂っていく中……



「やはり、阿呆だな」



 よく通る、堀川にとっても姫にとっても馴染みある低音が、響き渡ってきた。
 その声に酷く動揺したのは、ダイアだ。

「俺の不在に、城と妃を奪って征服しようとでも思ったのか? 浅はかだな」

 声の主・アポロは、その瞳に怒りの炎を宿しながらダイアへと歩み寄るように進んでいく。

「それに、それはお前にはすぎた女だ」
「あ、アポロ……! なぜ、ここに……!?」
「わめくな、耳障りだ!」

 そう言いながら、アポロはその腕から激しく、気高い竜の形を模した紅蓮の炎が吹きあがった。その炎はとぐろを巻き、ダイアへと向かって飛んでいく。

「……!!」

 しかし、炎はダイアへと届くことなく消えていく。まるで威嚇するように、彼の足元だけを焼いて消えたのだ。それでも尚、炎の蛇はアポロの背後に姿を現し威嚇を続けている。その姿に、ダイアは腰を抜かしてその場に崩れるようにして座り込む。

「姫、無事か!?」
「ッ!」

 声をかけられ、緊張の糸が途切れるのと同時に姫はアポロの元へと駆け寄った。両手を広げて抱きしめられた腕の中で、彼女は震えながらアポロの服を掴んだ。

「堀川、姫君の護衛、大儀だ」
「いえいえ」

 ニコリと笑う堀川は、気心知れた友のように優しく発しながら刀を鞘へと納めた。アポロは、そんな彼を見つめてから、視線をダイアへと向ける。

「……動くと思っていた、愚かな兄よ」
「な、なぜだ……なぜここにいる……!!」
「あの程度の領土を抑えることなど、半日もあれば十分だ。俺の力をなめているようだな、父も貴様も」
「く……っ」

 想定外のことが起き、身じろぐダイアに畳みかけるように別の場所から声が飛んできた。

「そろそろ撤退したほうが身の為だよー」
「!!」

 そう声をかけたのは、ダイアのすぐ後ろに立っている少年だった。表地が黒で裏地が赤のロングコートを羽織り、赤いマニキュアを塗っている少年の隣には、浅葱色のだんだら羽織を着ている少年が並んでいる。
 彼らは、加州清光と大和守安定。新選組の組織の中にある隊長の一人・沖田総司が愛用していた打刀たちだ。

「城を囲っていた他の兵には降伏するよう促し、早急に撤退してもらったぜ。残っているのは、お前らだけだ」

 そして、アポロの後ろからは黒髪長髪の男が堂々とした佇まいで姿を現した。
 彼は和泉守兼定。堀川国広と同様に、新選組の土方歳三が愛用していた大ぶりの打刀だ。肩から浅葱色のだんだら羽織をなびかせていた。

「多勢に無勢、悪いことは言わない。早急にこの城から出て行かれよ」

 とどめの一言を言い放ったのは、長曽祢虎徹。彼もまた、新選組の局長・近藤勇が使用していた打刀だ。黒髪であるが端の部分が金髪に染まっており、髭を生やしている偉丈夫な男士でもある。

「ま、まあ、いい。今回は撤退だ! 今回だけはな!!」

 ワナワナと震えながら惨めな台詞を吐き捨ていると、ダイアは残っている兵たちを連れてこの場から逃げ去っていった。
 とぐろを巻いていた竜は、ゆっくりとこの廊下から姿を消していく。ようやく訪れた安息の空間に、少しばかり息を荒くしながらアポロが姫へと声をかけた。

「……怪我は?」
「私は大丈夫です。ですが、アポロが……」
「俺は大事ない。少し休めば、どうとにでもなる」

 炎の力を使えば、その代償に心臓に打たれた楔によって心臓へダメージがいく。そのことを酷く心配する姫に、安心させようと彼は口元に笑みを浮かべる。

「ひとまず、一難去ったんだ。アポロを安静にさせてやるとしようぜ」
「そうだね。早く寝室へ行こうか」

 少々ふらついている足取りのアポロを、堀川と和泉守が支えるようにして立ち回る。ゆっくりと進みながら、姫もまたアポロ達の後を追いかけるように駆けていくのだった。

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