婚約宣言

「ねえ、本当に大丈夫かい?」
「前回は長谷部たちが色々騒動を起こしたらしいからな、二度も同じことをするような阿呆でないと信じたいところだ」
「そうだとしてもなぁ……」

 フレアルージュ王都、城へと足を運んだ一行は客間の前で別れようとしていた。前回同様に、刀剣男士たちと別れて別の部屋で対面するという運びになっているのだ。
 眉をひそめる次郎太刀と日本号に、アポロはなんとか宥めている様子。他にも色々言いたいことがある二振だが、近くで控えている従者の顔を見てはフゥと息を吐く。

「ま、アポロ達が謁見する部屋の隣が客間になっているのが幸いしてるかな。何かあったら、すぐに駆けつけるからね」
「頼もしい限りだ」
「次郎太刀と日本号が暴れないよう、自分が見張っていますので。ご安心を」
「そうか……」

 胸に手を当てる蜻蛉切と、声は出していないが何度か頷いている太郎太刀と御手杵の姿が見える。それぞれが客間へと入っていくのを見送ってから、アポロは姫を連れて案内された部屋へと足を運ぶ。
 必要最低限の者しか置かれていない、とても質素な部屋だった。部屋の中央にテーブルと数脚の椅子しか置かれていないような場所に、アポロと姫は肩を並べて座る。暫く待たされていると、客間の扉が開きそこからアポロの父親が数人の供を連れてやってきた。その姿に、アポロはチラリと視線だけを動かす。

「ダイアはいないようだな」
「あ奴には別の仕事を任せてある。お前のように暇な奴ではないのだ」

 感情のない無機質な言葉に、姫は小さく身震いをする。この場を包む空気が異様に冷たくて、驚いているのだ。そんな彼女に気付いていないのか、アポロの父……フレアルージュ国王は姫へと視線を向けては深く頭を下げる。

「お初にお目にかかる、夢王国の姫君。まさか愚息を救っただけでなく身を寄せていたなどと思いもよらず」
「い、いえ! 私の方も、アポロ王子にはとてもお世話になっています。素敵なおもてなしを受け、恐縮してばかりなんですよ」

 テーブルの下では、姫がアポロの手へと自身の手を重ねていた。小さく震えているところを見ると、緊張しているのだとすぐに理解できる。アポロは少しだけ手を動かしてから、彼女の手を包み込むようにして握りしめた。

「しかし、こ奴が治めている場所は辺境地。滞在するには不便もあるのではないでしょうか?」
「いえそんな、とても快適に過ごさせていただいてます。皆さん素敵な方々ばかりなので、良くしてくださって頭が上がりません」

 ニコリと微笑む姫に、国王は小さく舌打ちをする。隙を見つけてはこの王都へと滞在させ、あわよくば彼女を取り込もうとしているのだ。
 パッと見は何処にでも居そうな一般人、しかし彼女には夢王国の姫という肩書がある。夢世界を統治しててもおかしくない規模の力を持つ土地の一人娘だ、そんな彼女を手中に収めれば周辺各国の王族が目の色を変えてフレアルージュに近付いてくる。中にはうまい汁を吸うべく、貢物を献上する輩だって少なくない。国王は、貢物という名の献上金を狙っているのだ。
 しかし、その読みを見抜いているアポロは姫の手を少しばかり強く握りながら二人の会話に入っていく。

「そんなくだらない話をするために、姫をこの場に連れて来たわけではない。今日は報せがあって来た」
「報せ……?」

 口角を不敵に上げながら、アポロは宣言するかのように話す。

「このトロイメアの姫と、婚約をした」
「んな……ッ」
「!」

 突然の言葉に、国王だけでなく姫も目を見開かせて驚く。しかし、彼女の場合は少しだけ考えるそぶりを示してから……頬を染めて視線を下へと向けた。想いが通じ合い、ゆくゆくは結婚をしようという話をしてきたのだ。結婚を決定とした交際であることを、アポロは分かりやすく婚約であると話したのである。

「それは、まことか……?」
「ああ、婚礼の儀が決まれば、また知らせよう」

 そう言うや否や、アポロは椅子から立ち上がり姫の手を引いて部屋から姿を消していく。その後ろ姿を、国王はギリッと奥歯を噛みしめ見送るしかできないのだった。
 話し合いは長くなるものだと思っていた刀剣男士たちは、別れてそれほど間を開けずに戻って来たアポロを見て目を丸くさせた。特に次郎太刀は目をぱちくりと動かしている。

「話は済んだのかい?」
「ああ、これで奴らは焦って何か企てるだろうな」
「企て……?」

 不思議そうに首をかしげる御手杵に、話の流れを理解したであろう蜻蛉切が深く頷いた。

「国王と兄王子にとって、トロイメアの姫君は想像以上の価値があると見出しているという事でしょう。それも、悪い方へと利用するのが目に見えている」
「そうだ。この女は、俺が見初めた存在。そう易々と渡すものか……」
「なら、ちゃっちゃとここから離れるとしようぜ。下手に嗅ぎまわってくる前にな」

 ニッと笑う日本号の言葉に同意しながら、アポロは速足で彼らと共に城を後にしようと動き出す。その道中では、王都で仕えている従者たちが行く手を遮るように声をかけてきた。

「アポロ殿下! まだお越しになられてから時間が経っておりません、もう少し滞在されては……」
「辺境地を長く空けておくわけにもいかん。信頼している部下ばかりではあるが、早く戻ってやらねばならん」
「ですが、帰り用の馬車の用意が出来てません……!」
「それならば馬を寄越せ、姫は俺が横抱きにして連れ帰る。それで問題あるまい」
「そ、それは……!」

 歩く速度はそのまま、引き留めようとする者たちを押しのけて城門近くまでやってきた。門の近くには、次郎太刀が乗ってきた馬たちが大人しく待っている。

「そんじゃ、ちゃっちゃと帰るとしようか!」
「しかし、アポロ達の乗る馬がない……どうしたものか」

 鐙に足をかけて馬にまたがる次郎太刀だが、太郎太刀は眉を寄せて不安気に話をした。明らかに馬の数が少ないのだ……馬を借りれる可能性は、限りなく低い。分かっていたことではあるが、いざ目の当たりにすると良い案が浮かばないのは言うまでもない。

「だったら簡単だよ」

 そう話す次郎太刀は、持っていた刀を太郎太刀へと投げ渡しアポロを抱き上げた。そして自身の前へと跨らせてやる。

「お、おい!」
「この馬はね、アタシや薙刀といった長身の男士が利用している専用の馬なんだ。騎座が広く作られているからね、窮屈に感じないだろう?」
「それは、そうだが……!」
「迷っている暇はないんじゃない? アポロの膝に姫さん乗せて、早くこの場から離れるよ!」

 彼の言う通り、迷っている暇はなかった。少し離れた場所から、慌てて駆け寄ろうとする国王の姿が見え、アポロは考えるのを放棄して姫を抱き上げる。膝の上へ乗せ、片手で彼女の腰を支えてやる。すると姫は顔を真っ赤にさせた。

「片道の辛抱だ、しっかり捕まっていろ」
「は、はい!」
「それじゃ、俺が先陣切るからな! 早く行くぞー!」

 槍を高らかに上げながら、御手杵が一番最初に王都の城門をくぐっていった。その後を追いかけるように、日本号と蜻蛉切が走っていき、次郎太刀と太郎太刀も続けて城門をくぐっていく。片手で大太刀を二本抱える太郎太刀は、背後から追手が来ないか警戒しながら手綱を握り締める。
 驚きの声が飛び交う城下を、五頭の馬が足早に駆け抜けていく。その後ろ姿を、国王が悔しそうに見つめるしかできないでいるのだった……





 王都へ足を運んでから翌日、アポロはどこにも属していない自治領への遠征を国王から命じられることになる。
 姫がフレアルージュから離れる時間が刻一刻と迫っているこの時期、離れたくないというのがアポロの本音だろう。しかし王命ともなると、断ることが出来ない。これは、父王や兄王子の計略があるとアポロは信じて疑わなかった。
 多くの兵を引き連れ、いつものように顔を出しに来た刀剣男士たちに姫のことを任せると、アポロは出立していった。その彼の後ろ姿に、姫はどうしようもない不安が押し寄せていく。

(どうか、無事に戻ってきて……)

 そう思う姫は、手を胸の前で組み、祈るようにしてアポロの帰還を願うしか出来ないのだった。

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