恋愛初心者(1/2)

 トロイメアの姫がアポロの城に滞在するようになってから、早三日が経過する。普段と変わらない政務に身を投じるアポロだったが、食事の時間や就寝するギリギリの時間など、僅かな隙間時間が生まれさえすれば彼女の傍に居るようになった。
 長らく辺境地に身を置いていたからか、周囲に居る者たちは顔見知りの者らばかり。そんな中現れた姫の存在は、例えるならば『季節外れの春風』のようなものだろう。彼女が今まで見てきた世界、彼女自身の価値観、そのどれもがアポロにとって新鮮なものばかりで。好奇心に駆られながら、姫との交流を持つようになったのである。
 だが、アポロは気付かない。その好奇心が、本当に興味本位から来ているモノなのか。しかも、それは速度を増して姿形を変えてきているという事を……
 そのきっかけが生まれたのは、いつものように城へ足を運んでいた刀剣男士・乱藤四郎の一言だった。
 昼食時間が過ぎ、いつもの執務室で乱はアポロが来るのを待っていた時の事。普段と変わらず、世間話をしながら政務の流れに耳を傾けて助言をするためだ。しかし、ここ数日ではあるが何かと理由をつけて執務室に姫を招き入れては会話を望むように話しかけるアポロの姿を目にするようになった。その様子を観察していた乱が、ポロリと放った言葉が始まりだ。

「アポロってさ、姫ちゃんの事とっても大好きだよね」
「……どういう意味だ」

 乱の話す言葉の真意が分からず、眉間に皺を寄せながら難しい顔つきになるアポロ。姫はというと、目を丸くさせて固まってしまっているようだ。

「あれ? アポロって結構鈍感なタイプ? 無意識に好き好きオーラ出してたってこと?」
「? そもそも、『好き』というモノが理解し難いんだがな」

 顔つきはそのまま、しかし彼の瞳からは哀しみに似た感情が見え隠れしていて、乱は「あ……」と言葉を失った。
 アポロは、物心ついた頃から今日に至るまで、まともな教育係がついていないまま成長してきたのだ。政務の事や、税の処理、公務など……そのほとんどが従者の手伝いや、刀剣男士たちの知恵を得ながらの手探りで手にしてきた知識ばかり。
 だから、恋愛事に関する知識だけは欠落しているのだ。そのことに気付いた乱は、手の平を額に当てながら深い溜息をついた。

「ゴメン、アポロ。鈍感以前の問題だったね、失念してたよ。本当にゴメン」
「おい、話が見えんぞ」
「ところで、姫ちゃんは? アポロの事、どう思ってるの?」

 話を流され、苛立ちを募らせるアポロを横にして乱は姫へと質問を投げた。当の本人はというと、何度か瞬きを繰り返してから困ったような笑顔を向けてくる。

「どう、でしょう……。うまく言葉にできません」
「でもでも、嫌いなわけじゃないんだよね?」
「はい。最初は少し怖い印象を持っていて、苦手意識がありました。ですが……」

 一瞬だけ、アポロへと視線を向けた姫は頬を桜色に染めながらうつむいた。その姿を目にした乱は、キラーンと目を輝かせる。

「も〜、二人揃って初々しいんだからさぁ〜。特別に、ボクが色々教授してあげるよ!」

 ポン、と手を合わせた乱は姫の隣へと腰かける。アポロが使用しているこの執務室には、豪華な造りになっている部屋にふさわしいソファが置かれていた。そこに腰かけている姫たちに視線を向けながら、アポロは政務をするべく羽ペンを動かしていく。

「姫ちゃんはさ、ここに滞在するようになってからずっとアポロと一緒に過ごしてるんだよね?」
「は、はい。アポロ王子のお邪魔にならないように、特別なことがない限りは……一緒に過ごしてます」
「どうして一緒に過ごしてるの? 唐突だっただろうし、断っててもおかしくないじゃない?」
「……嬉しかったから、かもしれません」

 躊躇いがちに放たれた言葉に、アポロは忙しく動かしていた手を止めた。

「苦手意識があったのは本当です。ですが、アポロ王子の姿勢に……強い意志が宿った瞳に……惹かれたのかもしれません。この人の見ているセカイはどういうモノなのだろう? 興味がある、私も見てみたい。一人で多くのモノを背負っているのかもしれない。下手に気負わなくて大丈夫と、そう声をかけてあげたい。力になってみたい。そう、思うようになったのも大きいかもしれません」

 色んな感情が生まれていき、混在していき、最終的に胸の内に生まれた確かなモノがあるとすれば……それは――とても簡単な言葉で現せるモノだった。

「アポロ王子が、傍に居ても良いと言ってくれたことが、堪らなく嬉しくて。非力な私だけれど、一緒に同じ時間を過ごすことが出来るのが……」
「そんなに嬉しい事だったんだね。もしかして、四六時中アポロのこと考えちゃったりするでしょ〜?」
「ッ!」

 ニヤニヤと笑みを浮かべる乱に、姫は困ったように視線を彷徨わせてから……頬を赤く染めながら微笑んだ。肯定していると言っても過言でないその姿に、アポロもまたポツリと言葉を漏らしていく。

「俺も……同じだ」
「え?」
「なんとひ弱な女なのだろう、と出逢った当初は思った。だが、弱いなりにも胸の内に秘めた想いというのはとても強く、輝かしく、俺にとって無縁のモノだと感じたのだ。姫の見ているセカイはどう映っているのだろう? 俺が見ているセカイとは、違う姿が見えているに違いない。それを、俺も見てみたいと思った。ユメクイ討伐の旅をしている彼女の背には、どれだけ多くのモノを背負っているのだろう? 俺が想像できないものを背負っているに違いない。それらを俺も背負ってやりたい……そう、思ったのやもしれん」

 何故そんなことを思うようになったのか、理由が分からず眉を寄せているアポロに、乱は嬉しそうな笑顔を向けた。

「それが、『好き』ってことだよ。アポロ」
「好き……?」
「特定の異性に、特別な感情を抱くこと。その感情が、常に相手の事を大切に想い、つくそうとする気持ち。それが、好きという感情。恋とも呼ばれているモノだよ」

 満面の笑みを浮かべながら言われたその言葉は、妙にアポロの胸にストンと落ちてきた。そっと、空いてる手を楔が撃たれた胸へと当てる。ドクドクと早鐘を打つその胸は、炎を使った時と同じくらいの速さで脈打っていた。だが、その時に感じる苦しさとは全く違うモノが胸の内に広がってきて……アポロは顔を上げた。

「恋はさ、言葉にするととっても簡単だし安っぽく聞こえがちなんだよね。こういうものって、実際に感じたことのある人でないと分からないものだから」

 そう話す乱の横では、ずっと黙っていた姫が立ちあがり政務に励んでいるアポロの元へと足を運んだ。近付いてきた気配に顔を上げ、視線を向けると……そこには顔を赤くする姫が立っていた。

「アポロ、王子……」

 震える唇が、どんな言葉を紡ごうとしているのか。それが自然と分かったからか、彼は小さく笑みを浮かべながら羽ペンを書類の横へと置く。

「トロイメアの姫君、どうやら俺は貴様に恋をしてしまったらしい」
「!」
「ユメクイ討伐は道半ば……それは重々承知のこと。その長い旅路を終えたら、このフレアルージュに舞い戻り――俺の妃になってほしい」

 まさか、恋愛に関して全く知らなかった獅子が、想いに気付くと同時に求婚をするだなんて。そう思いながら乱は目を丸くさせていた。恋愛というのは、段階を踏むものだと思っていたからだ。まず互いに想いを自覚してから、恋人としての一時を過ごしていき、その過程で夫婦になろうという約束が交わされる。そんな段取りになるとばかり思っていたわけだが、どうやらアポロはその過程をすっ飛ばしてしまっているようだ。
 だが、それでも構わないのかもしれない。恋の過程というモノは、個々によって様々な形が成されるからだ。

「……私で良ければ、喜んで。その申し出、お受け致します」
「!!」

 アポロの胸の奥底で生まれた恋という感情が、彼女の言葉を引き金にはじけ飛ぶ。その想いはとても暖かく、優しい……幸福に包まれていくかのような淡いモノであった。
 言葉を詰まらせるアポロは、椅子から立ち上がると同時に姫を自身の腕の中へと閉じ込める。彼女の温もりを感じるように、そっと割れ物を優しく扱うかのように……優しく抱きしめた。
 そんな二人の姿を見た乱はというと、「一目惚れの成就、だね」と小さく呟くのだった。

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