小さな変化と恋刀

 場所を客間へと移動し、そこで従者たちの手によって茶菓子などが振舞われた。
 上品なカップに入れられた飲み物を、鶴丸が興味深そうに覗き込んでいる。

「紅茶の国から取り寄せた茶葉で淹れた、この辺りでは飲めない代物だぞ」
「へー!」
「折角用意してくれたのだ、飲むとしようか」

 三日月のそんな言葉を合図に、皆はそれぞれ用意された茶や菓子へと手を伸ばしていく。そして顔を強張らせている姫のためにと、三日月や鶴丸は世間話を多くしていった。
 その過程で分かったことがあるとすれば、姫はついこの間まで別世界で生活をしていたという事。普通の会社員として日々を過ごしていた中、突然この世界に飛ばされてしまったんだとか。そして姫の住んでいた世界では、三日月を始めとした古来からある刀などが博物館に展示されていることが多く、彼女も友達に連れられて足を運んだことがあるのだそうだ。
 姫に、三日月たちは刀を媒体とした付喪神であることを話すと、えらく驚かれたのは言うまでもないだろう。

「まさか、天下五剣をこうして目の当たりにできるなんて思いませんでした。しかもお二人も!」
「はっはっは、そう言ってくれるとは思わなかったぞ。なに、俺は少々面倒なじじいも同然だ。変に畏まらず、気軽に話してくれると嬉しいぞ。な? 数珠丸」
「ええ、堅苦しいのはどうも苦手なので……」

 紅茶を手に話す彼らに、姫もまた「分かりました」と応えながら紅茶を口に運ぶ。

「いやー、姫さんが別世界の住人とはな。アポロと一緒に居ると、驚きが絶えなくて楽しいな!」
「貴様の為ではないぞ」

 呆れた溜息を漏らすアポロと、嬉しそうに話をする鶴丸。双方を見つめた姫は、不思議そうに首を傾げる。

「皆さんとアポロ王子は、お友達……ですか?」
「そうだね、アポロとはこのくらい小さいころからの付き合いさ」

 このくらい、と言いながら青江が指と指に僅かな隙間を作る。それも、コメ粒ほどの隙間を。それを見て、アポロが「嘘をつくな青江!」と声を荒げた。
 そんな彼らを、三日月がクスクス笑いながら会話に加わる。

「まあ厳密にいえば、約十年ほどの付き合いになるだろうな。フレアルージュの政務にも、少しばかり口出しをしていた時期があったものだ」
「少し……?」

 首を傾げる数珠丸は、これまでの経緯を思い出していた。直接関わっていないとはいえ、他の刀剣男士たちが毎日のようにアポロの元へと行っては、どんなことをしていたのかという報告を耳にしていたから。
 その内容には、長谷部が楽市・楽座の助言をしたことや、薬研たちの進言で農具や作物の種を無償で渡していることまで、数多に渡る。
 これだけの分量を、多少という言葉一つで収めて良いものだろうか? そう数珠丸は思っているようだ。

「ところで、姫さんはもうこの城を出ないといけないんだよな? 旅とかしてるって聞いたが」
「はい、ですがここを離れるのはもう少しだけ先になりますね」
「? 急いでいると聞いたけど、何か理由があるようだね」

 首を傾げる鶴丸と青江に、姫は人差し指を立てて話をしてくれた。
 長い旅路の中、数多の国を訪れる過程で利用しているモノがあるのだと話してくれたのだ。それが、ムーンロードと呼ばれる月の光を媒体とした長い架け橋である。それを渡らなければ、次の国へと足を踏み入れることが出来ないのだと話してくれた。

「国によって島繋がりになっている場所へは、徒歩や馬車を使って向かうことが出来ます。ですが、国のほとんどは夢王国の中で一つの大陸として点在していて、ムーンロードがないと往来することが出来ないんですよ」
「成る程。して、そのムーンロードとやらはどうやって出しているのだ?」
「私が出しているわけではなくて、出現する周期と言うのがあるんです。その周期が、少しだけ先になっているという事ですね」

 ちなみに、姫がフレアルージュを離れるには一週間後に出現するムーンロードを渡らないと無理らしい。つまり、最低一週間はこの土地に居るということだ。アポロと挨拶を終わらせたら、城下に宿を取ってゆっくりと過ごす予定であることも話してくれた。

「姫が城下で、ねぇ……」

 何を思ったのか、ニヤリと笑みを浮かべる青江はアポロへと視線を向ける。

「ねえアポロ、確か客間って複数あったよね。一室くらい、姫君の為に用意してはどうだい?」
「別に構わんが……」
「今の姫は旅人だ、手元の路銀だって減らないに越したほうが良い。それに、ユメクイっていう化け物のせいで眠った人たちを起こせる特殊な能力の持ち主を、影から付け狙っている輩が居ないとも言い切れないからね。その護衛も兼ねて、この城に滞在してもらったほうが良いと判断しただけだよ。何かおかしなことを言ってるかな?」

 首を傾げる青江に、アポロは考える素振りを示す。夢王国の姫と親交を深めることを考えれば、彼の出した提案に乗るのが得策であるのは言うまでもないだろう。それだけでなく、胸の内に生まれた小さな好奇心に押されながら小さく笑みを浮かべた。
 彼女のことを、知りたい……もっと、もっと――

「遠路はるばるフレアルージュに着たのだ、俺なりのやり方で姫をもてなしたく思う。構わんか?」
「いえそんな……! その心遣いだけで十分ですよ。それに、あまり畏まった場と言うのは苦手なので……その……」

 彼女は、思っていることが顔に出やすい性格らしい。頬を染めながら視線を泳がせている姿は、うまく言葉を紡げないで困っている小動物のようで。アポロにとって初めて接触するタイプということもあってか、彼女の様子を見つめるだけでも飽きることがない。
 好奇心を刺激されてなのか、茶菓子を片手に姫へちょっかいを出すアポロを三日月と数珠丸は微笑ましく見守っていた。

「三日月、これは……」
「アポロにとっても、姫にとっても、双方の出逢いは偶然か……はたまた必然か。どちらにせよ、二人の出逢いは――」

 なにか、大きな意味があるのかもしれない。
 そう呟く三日月に、数珠丸も同調するように頷いた。鶴丸や青江も同じようで、ニッと笑みを浮かべながら茶を口へ運んだ。
 穏やかな空気が部屋に充満していく中、ノック音と共に二人の男が入ってきた。一人は胸当てを特徴的に身に付けており、赤目に金髪を逆立てている。もう一人は、癖のある長い髪に赤い瞳の持ち主だ。二人の共通点があるとすれば、少々ヤクザっぽい服装をしているというところだろうか。

「ソハヤと大典太か、確か兵たちの指導をしていたのだったな?」
「ああ! 他の奴らも話していたけど、教え甲斐ある奴らばっかりだな! つい力んじまった」
「…………」

 余分に用意されている椅子へと腰かける二人に、姫は目を丸くさせていた。三日月たちと親しく話をしているという事は、彼らも刀剣男士ということだからだ。

「ん? もしかして、君が噂の姫なのか?」
「う、噂……?」
「おう、アポロを助けた恩人様だって色んな兵たちが話してたからな」

 人懐っこい笑顔を姫に向けて話すソハヤに、少々怖い印象を持っていた姫はホッと息を吐いた。

「そういえば、まだ自己紹介してなかったな。俺はソハヤノツルキ ウツスナリ……。坂上宝剣の写しだ。よろしく頼むぜ」

 パチンとウインクをして話す胸当てを身に付けている男・ソハヤノツルキ。『ソハヤノツルキ』と書いて『そはやのつるぎ』と読む。これは、古文書などの古い書物に記載する際に濁点を省略していたという経緯があるからだ。『ソハヤの剣』という宝剣の写しとされている太刀である。

「俺は……大典太光世、という」

 少しだけ顔色を悪くさせている彼は、ボソボソと小声で自己紹介をした。彼・大典太光世は、同時代に生み出された刀剣と比べ作風が隔絶である。その異質のせいか、枕元に置けば病も治るとされた霊刀と言われてるのだ。小鳥などの動物が恐れて、近寄れないほどの強い霊力を持っている太刀だ。
 ソハヤノツルキと大典太光世は、同じ刀工・三池典太光世から生み出されたこともあってか兄弟のような関係だ。そして、彼らは強力な霊力を持つ刀ということもあってか長いこと蔵に厳重保管された経緯がある。

「大典太はな、俺や数珠丸同様に天下五剣の一つとされているのだ。謂れも相なってか、なかなか表に姿を現すことがない刀でもある。姫は知っていたかな?」
「名前だけは聞いたことがありました。ですが、謂れまでは知りませんでした。勉強不足ですね」
「いや……俺は封印されて、蔵にいるべき刀だ。誰も俺と触れ合えない、どうせ俺はそんな刀なんだ」

 顔を下へ向け、気を沈ませている彼に姫はどう言葉をかければ良いのか困り果てる。大典太は、生い立ちの影響もあってかネガティブな思考回路の持ち主でもあった。

「大典太は相変わらずだなー、もうじき戦力拡充の指令が時の政府から下されるって主が話してただろ? お前を隊長にするって言っていたし、自信持っても良いんじゃないか?」
「…………」

 眉を下げる大典太は、用意されたカップに手を伸ばして紅茶を飲んだ。

「主、さん?」
「おう! 俺たちを顕現してくれた女の審神者なんだ、めっちゃくちゃ優しい奴でさ! この間なんか、俺や大典太の為にって色んな料理を振る舞ってくれたんだ。その前にあった指令も、俺たちの活躍の場を作ってくれてな。それで!」

 目をキラキラと輝かせながら話すソハヤの言葉に、主のことをどれだけ信頼して懐いているのかがよく分かる。それは大典太も同じようで、視線を下へ向けながらも頬を赤く染めながらコクコクと頷いていた。

「ソハヤさんは、本当に主さんの事が大好きなんですね」
「まーな! でも、俺以上に三日月の方が主のことを大切にしているよ。なんて言ったって、主の恋刀だからな」
「恋、刀……?」

 聞き慣れない言葉だからか、首をかしげる姫は視線を三日月へと向ける。

「なに、不思議なことではないぞ」

 コト、と手にしているカップを置きながら三日月は口角を上げた。

「元々刀であった俺たちが、こうして手を持ち、足を持ち、目を持ち、口を持った。刀だったころの記憶も共に在り、姫やアポロのような人間のように振る舞うことが出来る。顕現してくれた主に、君主のような特別な感情を持っているのは至極当たり前の事。それは、他の者たちも変わらん。だがな、俺は……」

 広げた手の平を見つめながら、三日月は言葉を止める。ゆっくりと握りこぶしを作る彼の横で、代弁するように鶴丸が言葉を続けた。

「三日月は、俺たち以上に主に対して特別な感情を持ってしまった。君主として慕っている筈なのに、それ以上の関係を望むようになったってわけだ。人間のような姿形を持ったが故、なんだろうな……」
「一目惚れ、と言ってしまった方が早いかもしれんな」

 照れくさく話す三日月に、姫もまた伝染したかのように頬を赤くしながら笑みを浮かべる。

「とても、素敵なことだと思います。三日月さんの様子を見る限り、主さんへの恋は成就された……ということでしょうか?」
「うむ。主も、俺の事を特別に好いていると話してくれたのだ。長い事アタックしてた甲斐があったというものだな……想いが成就してから暫くは、妙に浮足立ってしまい長谷部に怒られてしまった」

 今となっては、笑い話として片付けられる思い出だ。嬉しそうに、時折笑いながら主の事を話す彼らを見ていると、どれだけ主と呼ばれる存在が寛大で優しい心の持ち主であるかを教えてくれた。

「俺がアポロにちょっかいを出してしまうのは、主に似ているからかもしれんな」
「……なんだと?」

 唐突に話題に上がり、話を聞いていたアポロがピクリと眉を動かした。

「確かにな! 放っておけないっていうか、やんちゃっていうか、俺たちを驚かせることをするところが似ているぜ」
「とても頭が良くて、采配も完璧なのに……どこか妙なところが抜けているところ、とかね」
「髪の色とかも似てるよな! 主の場合は、明るい金の色が目立つけどな」

 彼らの話す特徴を掻い摘み、姫は主だと話す審神者の姿を想像する。素敵な女性に違いない、是非とも会ってみたい。小さな興味を抱く彼女の横で、アポロが彼らの会話に加わる。

「そこまで言うならば、今すぐそいつを連れてこい。本当に似ているか、この目で確かめてやる」
「いや、それは無理だな。主は、特別なことがない限り本丸から離れることが出来ない。俺たちにとって、主は大事な存在だからだ。刀剣男士たちを統治し、刀の顕現する能力を持つ、この世の中何処を探しても彼女のような主は存在しない。時の政府からも制限されているから、尚更だ」

 三日月から真剣に話されたこともあってか、アポロは小さく舌打ちしながらテーブルに肘をついた。
 でも、いつか。何かしらきっかけが生まれたら、是非とも会って話をしてみたい。そう姫は思いながら、楽しく会話を続ける刀剣男士たちを見つめるのだった。

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