姫君との出逢い(1/2)

 王都での騒動は、周囲に広まることはなかった。恐らく父王や兄王子たちの手引きによって周囲に漏れることなく掌握したらしい。
 炎の魔法を使うと、その代償として心臓を蝕むという呪いをかけられたアポロは、普段と変わらない政務に励んでいった。ただ、王都からの勅命……遠征や制圧へ行く回数が増えていき、その度に炎を使っては過度な疲労を抱えて戻ってくることも少なくない。
 辺境地にある城を拠点にして動いている刀剣男士たちは、アポロが帰還しては顔色を悪くしているのを見ていた。だからだろう、寝室へと強制的に連れて行っては『いたいのいたいの、とんでいけ』と何度目か分からないおまじないをアポロにかけていったのだ。
 最初は断っていたアポロだが、涙目になりながら言い寄ってくる男士……特に短刀男士たちが束になって囲んでくることが何度もあった。それもあってからか、アポロは男士たちの好意を受け入れ『いたいのいたいの、とんでいけ』というおまじないを毎晩のように受けるようになったのである。
 そんな大騒動が過ぎていき、王都からの無理難題な命令にも嫌な顔をしながらも励んでいき、刀剣男士たちも普段と変わらない日々を過ごせるようになってから早六年の月日が流れようとしていた。

 アポロ、御年二十三。この時、彼にとって人生で二度目となる転機が訪れようとしていた――

 これは、本当に偶然としか言いようのない出来事であった。城の三階部分にある客間、テラスに置かれている椅子には一人の男が茶をすすりながら日光浴をしている。口笛で『ホーホケョ』と音を奏でているその男に、赤髪の男が近付いた。

「こんなところで何をやっているんだ、鶯丸うぐいすまる」
「んー、とてもいい天気だからね。ウグイスを呼ぼうとしたのだが……」

 男は再度『ホーホケキョ』と口笛を奏でる。

「ウグイスではなく大包平が来てしまったか」
「そもそも、この土地にウグイスがいるのか?」
「さあ、それは俺にもわからない」
「ハァ……」

 茶をすすりながら日光浴を満喫しているこの男。鶯色の髪をなびかせている彼の名は、鶯丸。れっきとした刀剣男士だ。マイペースであるがゆえに、何を考えているのかよく分からない男士とも言えるだろう。美術品として扱われていた太刀であるが、戦闘においての実力は折り紙付きである。
 彼に声をかけた赤髪の青年・大包平も、実力派の太刀である。刀としての技術面や価値は、天下五剣である三日月に負けず劣らずと言われているほど。同郷である鶯丸とは、行動を共にすることが多く、今回も審神者の指示により共にしているようだ。

「ところで、他の男士たちは何処にいるんだい?」
「鶴丸と小烏丸は、城下へと赴くと聞いたな。歌仙と陸奥守は、城内の兵士たちと話をしている筈だ。剣と銃の指導をしているのではないか?」

 指折りをしながら、個々の行動を頭に入れている彼に「そうか……」と鶯丸が話している時のこと。

「アポロ殿下が帰還されましたー!」

 そう声を高らかに上げる兵の声に、閉ざしていた瞳を開く鶯丸が立ち上がった。

「さてさて、出迎えに行くとしよう」

 ニコリと笑いながら、のんびりと動き出す鶯丸の背中を呆れたため息を漏らしながら大包平が追いかけていった。
 追いかけること少しして、ようやく見えてきた城の玄関前にはアポロを始めとした兵士団が集まっている。傷を負っているところを見ると、遠征先で無茶をしてきたというのは見てすぐにわかる。

「また怪我をしてきたのか、アポロ」

 のんびりとした声で問うた鶯丸に、アポロは視界に入れるとプイッとそっぽを向いてしまった。彼のこういう態度を見るのには慣れているようで、気にする素振りを示すことなく近くの兵へと声をかける。

「随分と帰還が遅かったようだが、今回の遠征もてこずってしまったのかい?」
「いえ、それには問題ありません。ですが、今回はユメクイと遭遇してしまいまして……」

 ユメクイ……それは、アポロや目の前の兵士たちが住んでいるこのセカイ・夢世界に突如として現れた謎の生物のことだ。人々の夢を喰うその生物は、何処からやってきたかもわからないらしい……
 だが、そんな生物を討滅しようと動き出している人物の存在も、鶯丸は耳にしていた。夢世界を統治していると言っても過言でない大国・夢王国トロイメアの姫が、他国の王子と共に原因追及の為に旅をしているのだ。夢王の加護が施されている王族の指輪を手に、祈りを込め、ユメクイに襲われてしまった人々を眠りから覚ましているんだとか。

「ユメクイと遭遇した際、アポロ殿下は不意を突かれて指輪になってしまったのです。その時に、偶然にも近くを通りかかったトロイメアの姫君とお会いすることが出来まして、そこで殿下を目覚めさせていただいた次第です」
「成程、だから帰りが遅かったんだね」

 ユメクイに襲われた際に起こる現象は、大きく分けて二つ存在する。
 一つはユメクイに夢を食べられ、そこから眠りにつく場合。これは長く放置してしまうと、眠っていた人は永遠に眠りから醒めなくなってしまうという。
 もう一つは、王族がユメクイに襲われた際に指輪に封印される場合。今回のアポロがそれに該当する。夢世界には、数多の国が存在しておりその国のトップに当たる王族は、夢王の加護を受けており、その加護を受けている王子たちは指輪となりユメクイの脅威から護られているということになる。
 指輪として眠りについた王子は、トロイメアの姫によって眠りから覚めることが可能だ。だから、偶然とはいえ姫に出逢えたことは奇跡に近い事である。姫に出逢えなければ、どれほどの長い期間指輪に封じられることになるか分からないからだ。

「後日、礼としてトロイメアの姫君を我が城へ招待することになっている。迷惑をかけるなよ」
「ふふ、分かっているよ」
「へぇー、面白い話しちゅーんだな!」
「!」

 笑う鶯丸と話をするアポロへと、ニカッと笑いながら歩み寄る人影があった。腰に拳銃を装備している男と、身なりをきちんとしている薄紫色の髪の男だ。

「歌仙と、陸奥守か。貴様らも着てたのか」
「アポロの兵士たちに指導をしていたのさ。良い腕を持っている者たちが多いね、教え甲斐があるよ」

 ニコリと微笑んでいるのは歌仙兼定、風流を愛する文系の打刀だ。とはいえ、彼の剣の腕は審神者が部隊長を任せるほどの実力を誇っている。
 彼の隣に立っている陸奥守吉行は、坂本龍馬という幕末を生きた男が愛用していた刀と言われていた。豪快な性格の持ち主で、刀より腰に下げている拳銃を主に使用して戦うという変わった戦闘スタイルの持ち主でもある。

「アポロが驚くくらい強うしたき、驚きなさんなや」
「そうか、それは楽しみだ」
「おーっと、アポロご一行のお帰りだったか〜」

 まるで一ヵ所に集まるかのように、他の刀剣男士が手を振りながら城門から中へと入ってきた。
 銀髪金目の青年は、まるで鶴の様な純白の服に身を包んでいる。その隣に立つ細身の美少年は、烏の翼を思わせる特徴的な髪型をしていた。

「鶴丸と、小烏丸だったか。貴様らも一緒だったとはな」
「まーな! アポロが遠征で出て行くすれ違いでここに着たんだ、会ってないのも無理ないって。ところで……」

 青年は、懐から『COOL』と模っている独特な形をしているサングラスを装着しながら、ニッと笑顔を向ける。彼は鶴丸国永、刀工・五条国永が売った刀の中で特に優れていると名高い太刀だ。五条国永は、三条宗近の弟子筋に当たることもあってか、三条派のメンバーにとって親戚筋に当たる。

「面白い話をしているようだな、仲間に入れてくれるかい?」
「別に構わんが……なんだそれは」
「カッコイイ眼鏡だろ? 驚いたかい?」
「あ、ああ……」

 鶴丸は、誰かを驚かせることが好きだ。『驚き』に重きを置いているからともいえるが、その驚かす対象が味方だけに留まらず敵方にも驚きを提供するほどの力の入れようだ。

「アポロ、よくぞ無事に帰ってきたな。父は嬉しく思うぞ」

 ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、アポロに話しかけているこの美少年の名は、小烏丸。本丸に属している全ての刀剣男士たちの持つ刀が、現代の『刀』として呼ばれる過程の中で生み出された太刀である。重宝としても名高い刀であり、全ての刀の元祖とも呼べる小烏丸は、全ての男士たちにとって父として振る舞っていた。

「小烏丸、俺は貴様の息子になった憶えはないが?」
「我が息子と思っている子らと仲良くしている子もまた、我の子として扱って何かいけないのだろうか? どうだ、この際我を父と呼んでも構わんぞ?」
「呼ぶつもりは毛頭ない」

 脱力に近い溜息をつくアポロに、茶をすする鶯丸は陶器で造られてる椀を片手に持ちながら、空いた手をそっと彼の胸に当てる。

「いたいのいたいの、とんでいけー」
「おい! ここでそのようなことをするな!!」
「怪我をして戻ってくるアポロがいけないんだよ、無傷で帰還しない限りは続けさせてもらうからね」
「やめろと言ってるだろう!!」
「いや、無理だね。これは主命だからさ、強硬手段を取らせてもらうよ?」

 笑顔を浮かべる鶯丸と、毛を逆立てているアポロの攻防戦を横に、鶴丸たちは互いに笑みを浮かべながら見守るのだった。

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