呪いの楔(1/2)
「ア、アポロ殿下……こ、国王様がお呼びです。至急王都へお越しください」

 それは、だんだんと雲が青空を覆い尽くすかのように広がってきた時に起きた。来客の知らせを聞いたアポロが対面したのは、先日顔を合わせたダイアの従者であった。内容を聞くと、どうやら王都に住む兄王子だけでなく父王までもが揃ってアポロを呼び出しているというのである。

「まさか、煙たがっているこの俺を呼び寄せるとはな。して、理由は?」
「いえ……私は、アポロ王子を王都へお連れせよという任しか承っておりません。それ以外の内容は存じ上げません」

 眉をひそめながら小さく震える従者の様子を見て、アポロは小さく息を吐く。
 恐らく、目の前の従者は知っているのだ。何故、アポロが王都に呼ばれているのか。その先で起こるであろう展開までも……

「……俺一人で、か?」
「は、はい! 兵を連れず、部下も連れずに来いという言伝を受けております!」
「じゃあ、兵や部下じゃなければ……一緒に行く人が居ても構わないよね?」
「ッ!!」

 丸テーブルに向かい合うようにして座る二人しかいないこの空間、突然声が響き従者は震えながら顔を動かした。
 動かした先、この客間の扉には一人の青年が立っている。色素の薄い長髪を頭の後ろで束ねてポニーテールにしており、一部の前髪が長く顔の半分を隠していた。彼の名前は、にっかり青江。にっかりと笑う女の幽霊を斬ったという伝説があり、それが名前の由来になっている。それと同時に、彼自身も霊感があり他の刀剣男士を驚かせることがしばしばあったりする。

「青江か、どうかしたのか?」
「僕の部隊なんだけど、各々の目的も終わったから帰ろうと思ってね。だけど、なんだか面白い話をしているようだったから会話に入らせてもらったよ」
「そうだったか。今日も助かった、後程礼の品を用意しよう」
「一緒にアポロとお茶が飲めればいいから。他の子たちも、同じさ」

 ニコリと笑っているのだが、その笑みが恐ろしく感じた従者が再度身震いを起こす。

「ところで」

 ふと、青江が従者へと視線を動かした。

「王都への呼び出しだと聞いたけど、アポロ単身で、というのが不思議で仕方がないんだけど?」
「そ、それは……」
「王都は大変なことになっていると聞いているよ、なんでも民たちが規制の厳しさに嘆いているそうだね? 家族が離れて暮らすことを余儀なくされたり、身分が違うってだけで王都から追い出されたり。それだけじゃなく、他国とも緊迫した空気がでているんだったよね? そんな慌ただしい状況の中なのに、何故アポロを呼びに来たんだい?」

 ユラリと動きながら問う青江に、ガチガチと震えあがってしまう従者にアポロがため息をついた。

「青江、あまり脅してやるな。こやつはメンタルが極端に低い男でな」
「そうだったのかい。つい、いつもの調子で話してしまったよ」
「ハァ、貴様という奴は……」

 痛そうに頭を抱えてから、アポロは椅子から立ち上がる。

「ここの領主である俺が単身で動くこと、それは部下たちが不信に思うだろうな。ならば、この青江達の部隊を連れて行くことを許可してくれるだろうか?」
「え? しかし、この方は殿下の部下なのでは……!?」
「否、この者らは部下ではない。腹を割った友の分類になる。俺の兵でもなく、直属の部下でもない奴らだ。貴様の要望に敵ってると思うが?」
「ッ……」

 アポロの言っていることはごもっともだ。しかも、頑なにアポロだけを王都へと連れて行こうとしている魂胆が分からず、探り入れるように彼が話をしながら青江達を連れて行こうとしている。長くも短い口論の末、渋々ではあるものの青江達の部隊を連れて行く許可をもぎ取ったのである。

「――というわけだ。すまない、帰ろうとしているところを引き留めてしまった」
「気にするな。それに、俺にとってもまたとない機会だ。この目で荒れ果てた王都を見に行ける」

 そう話をするのは、この部隊の隊長を務めているへし切長谷部だ。彼の後ろには、江雪左文字・宗三左文字・小夜左文字の三振とにっかり青江。そして、一際長身の男が立っている。

「特別なことがない限り、俺たちが動かなければ問題ないだろう。帰還が遅くなってしまうが、理由を話せば主も理解してくれる」
「巴形の言う通りだ。もう出発の時刻だろう、早く行くぞ」
「ああ」

 短い白髪で、くるりと跳ねた毛先とモノクルが特徴的な男だ。水色と白を基調とした服に身を包み、三色の羽を身に着けている。彼の名前は、巴形薙刀。静形薙刀同様に、逸話も銘も持たない薙刀だ。【巴形】と呼ばれる形状の数ある薙刀の集合体という存在でもある。
 城の外へ出て、待っていた大型の馬車へとアポロを先頭に皆が入っていき……ゆっくりと動き始めた。従者はというと、馬車の先頭で座る御者の隣に座っている。

「アポロ、一つ質問しても良いだろうか?」
「なんだ」

 ガタガタと揺れる馬車の中、膝を揃えて背筋を伸ばす巴形が口を開いた。

「アポロは末王子と聞いている。つまり、アポロは兄弟がいるということだろうか?」
「そうだな、今回会うであろう愚兄のダイアぐらいだろうな。今は」
「今は……?」

 不思議そうに首をかしげたのは、宗三だ。

「昔は沢山の兄弟がいたということ……?」

 小夜の言葉に、アポロはコクリと頷いた。

「国王には正妻の他にも多くの妻を娶っている。世継ぎ問題もあってな、側室の妻にも多くの子がいたと聞いたことがある。だが、そのほとんどが流行り病で亡くなったり無名の富豪の元へと嫁いで行ったりして段々といなくなっていった。残っているのは、俺とダイアと……姉上くらいだろう」
「アポロにはお姉さんがいたのか。話題に出なかったからね、知らなったよ」
「青江がそう言うのも無理ない。俺が王都で暮らしていた時にしか交流していなかったからな、辺境地に飛ばされて以来……姉上とは会わなくなってしまった」

 今思えば、幼少期から身内の酷い仕打ちに耐えられていたのも、裏で姉が支えていたからと言っても過言でない。アポロの姉は、兄のダイアとも歳が離れており、フレアルージュにとって待望の第一子であったが女児だったこともあり王位継承権はダイアに渡ってしまった。だからと言って、アポロの姉は気にすることなく与えられた教養に精を出していったのである。知識は、自身にとって頼れる武器になることを知っていたからだ。
 そして、歳の離れた末王子のアポロの事をえらく可愛がっていたのも姉だった。人目を盗んでアポロと共に厨房に潜り込み、誰もいないことを確認しながら「しー!」と互いに声を出さない約束を交わして、料理をしたこともあった。
 その後、アポロが辺境地に飛ばされた頃と同時期に姉も何処かへと飛ばされたと聞いたが、詳細は分からないままだ。

(あの時食べたのは、姉上の得意料理……ピーチパイだったな)

 ふと、懐かしの味を思い出していると……馬車の外から王都が見えてきた。

「これは酷いな……想像以上だ」

 眉間に皺をよせ、窓越しに長谷部が言葉を漏らす。窓の外には、かつての辺境地で見たような光景が広がっているのだ。煌びやかな建物が連なっている場所は、多くの人で往来しており活気があるようにも見えるだろう。だが、ふと裏道へと視線を向ければ薄汚れた服を着ている子供や大人が身を小さくしていた。
 治安の落差が大いに出ている光景とも言えるだろう。

「こんな状態でアポロを呼ぶなんて、一体何を考えているんだろうね。君の家族は」
「さあな……」

 そんな会話を交わしながら、一行の乗る馬車は王都へと到着した。

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