Side 姫
※三兄弟と三奇人イベの個別ストーリー月ルートのネタバレが一部含まれてます





ライブは大盛況のうちに幕を下ろした。

出演していたアイドルの方々が本当に輝いていて、なんだか元気を貰えたような……そんな不思議な気持ちになった。

中でもフロストさんの歌が、リハーサルで聴いていたものよりも一番響いていて、最前列にいた私は何度も声援を飛ばした気がする。

何度か視線が合って、一瞬ではあったけれど笑みを交わして……まるで夢のような一時だった。


「今日のライブ最高だったね!!」

「うんうん、今までのどのライブよりもサイコー!!」


丁度会場を出ると、今日のライブに参加してたであろうファンの子たちがキャッキャと声を上げて話をしていた。

彼女たちだけじゃない……ここに足を運んだ人のほとんどが、ライブの熱が冷める気配を感じ取れないまま話をしている。


「フロスト王子の歌、サイッコーだったよね!!」

「!」


フロストさんの名前が聞こえ、思わずピクリと反応してしまう。


「高潔なる雪の一族、とか言われてなんだか恐れ多いって感じだったけど、全然そんなことなかったね!」

「歌も超上手いし、あんなイケメンだし!! アイドルに負けず劣らずで……もう私ファンになっちゃう!」

「私も私も! でも、今回は特別出演だって言ってたから芸能活動とかしなさそうじゃん?」

「えー! 俳優とか兼業してる王子もいるじゃん、ああいう人はできそうなのに……もったいないよ〜!」

「…………」


チクリ、チクリ……

言葉に言い表すことのできない、小さな胸の痛みを感じる。なんだろう、これは……

大好きなフロストさんが褒められているのに、嬉しいと思わないといけないのに……なのに――


(嫌だ、て思うのは……どうして……?)


胸に生まれた痛みは止まる気配がなくて、じわじわと痛みが広がっていく……


「しかも! フロスト王子、私と視線合ったんだよ!」


違う、あの視線は私にだけ注いでくれた優しいものだ……


「一瞬だったけど、私に笑いかけてくれてねー! あんな優しい笑顔向けてくるなんて、キュンときちゃう!」


違う、あの笑みは私にだけ向けてくれたもの。私には分かる……あの表情をいつも見ているのは、私なのだから。

じわじわと広がる胸の痛みと、空虚感。いつも傍に居るものだと思っていた貴方の温もりが、今はとても遠く感じてしまう。


(嗚呼、そうか……)


私、とても寂しいんだ。いつも傍に立ってくれて、いつも私を喜ばす言葉を口にしてくれるフロストさんが……こうしてステージに出て多くの人を魅了していって、色んな人の中に在るのが……嫌なんだ。

フロストさんの一番は、いつだって私で在りたいと思っているから……


「姫、こんな所に居たのか」

「!!」


気付きたくなかった黒い感情の名前が分かると同時に聞こえたフロストさんの声に、私は顔を上げた。

ステージで着ていたアイドル衣装ではなく、ここに足を踏み入れた際に着てきた学生服に身を包んでいる。彼の登場で、一部の人から黄色い声が聞こえてきた。


「ライブが終わった後、控室に来いと言っただろう。捜し回ったぞ」

「ご、ごめんなさい……! ちょっと、外の空気を吸って熱を冷まそうと……」


アハハと笑いながら頭をかくと、察しの良いフロストさんは瞳を細めた。


「本当に、それだけなのか?」

「はい。思いの外、時間が過ぎていたんですね。気付かなくてごめんなさい」

「…………」


私を見つける真紅の瞳は、疑いの色を帯びたまま見続けている。

その視線の意味を分かっていても、私は気付かないふりをした。だけど、それがいけなかったのかもしれない。


「この俺を前にして嘘を吐くとはな……」

「う、嘘だなんて言ってないですよ?」

「では、何故俺の目を見て言わないんだ? どうして、そんな寂しそうな表情(カオ)をしている?」

「ッ……」

「姫の考えていること、思っていることなど手に取るように分かる」


呆れたような息を吐くフロストさんは、ゆっくりと近づいては私の手を取った。


「俺は、お前の手の届く場所に立っている。こんなに近くに居るというのに、お前は離れていくというのか……?」

「違……ッ」

「俺の傍から消えることなど、許さん。嫌だと言われても、決して放してやるものか。お前は俺のモノで、将来の后となるのだぞ。俺の唯一人の女は、姫以外誰も居ないと断言できる。それでも……お前の悩みは打ち消せないのか? 俺が愛しているのは、お前だけだ……」


何故だろう……ステージに立っているフロストさんを見ていた時、とても遠い存在のように見えたのに……

今は酷く近くに感じて、王子とかそんな肩書とか関係なく一人の男性として……私を引き止めるのに必死になっていて。

そんな貴方だから、私は強く惹かれていったんだ――


「私、たぶん嫉妬してたんだと思います」

「?」

「私しか知らないフロストさんの些細な一面を見て、多くのファンが出来てしまうのが嫌だったんです。このままアイドルに興味を持って、その道に進まれてしまったら……手の届かない遠い存在になってしまうと思って……」


いつも一緒に居ることができると思っていたから、ふと思いもよらない嫌なことばかり想像してしまう。フロストさんが遠い存在になってしまったら、私は一体どうなってしまうのだろうって……想像できないからこそ、恐いのだ。


「なにを馬鹿なことを……」

「なッ……私は嫌だと思っていて、それで……!!」

「アイドルとやらを学ぶ上で参加した行事にすぎない。俺はスノウフィリアの第一王子としての責務を全うすることに向いている、無論傍らにお前を置いて、だがな」

「!」

「スノウフィリアの民も、家臣も、俺の両親や弟たちも、お前が居なくなってしまっては大騒ぎになること必至だ。姫と出逢う前の俺がどう過ごしていたかなんて思い出せないくらい倖せだと感じているのだ、今の生活を手放す気は毛頭ない」


こうもハッキリと言い放たれてしまっては、私は何も言い返すことが出来なくなってしまう。フロストさんは、私が思っている以上に……こんな私を愛してくれているんだ……


「さて、公務として滞在する期間もあと数日ある。もう少し、アイドル養成所の施設見学や環境に触れようと思うが、共にどうだ? 俺以上にアイドルに関する知識があるお前に、色々聞いて回りたいと思っているのだが」


口元に笑みを浮かべ、首を傾げるフロストさん。私の返す言葉なんて、一つしかないじゃないですか……


「是非、ご一緒させてください。実は興味あったんですよ、アイドルの養成所とか……見て回りましょう。一緒に」

「ああ、一緒にな」


もう、大丈夫。

胸の奥に生まれた黒い感情は消えることはないけれど、小さくすることは出来ると分かったから。

私のことを好きだと言ってくれるフロストさんと一緒なら、私はどんなことがあってもくじけずにいられると思うから。

彼の横に並び、繋がれた手に指を絡めさせながら、優しく降り注ぐ彼のキスに身を委ねるのだった。
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