Side ヴァスティ
夢100一周年記念企画に提出した、フロ姫小説になります。
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今日は、特にこれといって特別なことが起きることなく一日が過ぎていく……

そう思っていたのだが、どうやら俺が思っている以上に想定外なことが起きてしまったようだ。


「…………?」


ふと気付けば、俺はベッドの上に横になっていた。

額には冷たいタオルが置かれているようで、とても気持ちが良い。少々だるさを感じるが、これは一体……


「あ、気付かれましたか? ヴァスティさん」

「!」


声が聞こえ横を向くと、そこには心配そうに俺の顔を覗き込んでいる姫の姿があった。

ホッと安心したような息を吐く彼女は、近くに置いてあるタオルを手にして俺の額に乗っているタオルと入れ替えてくる。


「公務中、急に倒れたと聞いて驚きました。一般的な風邪のようですし、薬を飲んで今晩休めば回復するとお医者様が話してましたよ」

「お前、トロイメアに居るはずじゃ……」


言葉をかけると、少しだけ動きを止めた彼女は頬を赤くしながら笑みを浮かべてきた。


「ヴァスティさんに会いたくなって、連絡を入れずに着ちゃいました。トロイメアでの公務は暫くありませんから、元気になるまで看病しますね」

「……すまない、本来なら甘やかしたいところだったが……」

「元気になったら、うんと甘やかしてください」


俺に会いたいが為に着たなど、本当に可愛い事を言ってくれる……

そんな彼女にお礼の一つもできない自身が情けなくて仕方がない。


「食欲はありますか?」

「そうだな、少し腹が減ったような気がする」

「でしたら何か作って持ってきますね、準備に時間が掛ると思いますのでそれまで寝ててください」

「お前が用意してくれるのか?」


俺の問いに、彼女は首をかしげながら「そうですよ?」と返事をしてくれる。

料理が出来るなど初耳であることは勿論、俺の為に何かを作ってくれるという彼女の想いが温かく……嬉しい。


「簡単なものしか作れませんけど……では、ゆっくり寝て待っててくださいね」


優しく撫でてくる彼女の手が心地よくて、ゆっくりと瞼を閉じれば自分でも信じられないくらい早く眠りについていった。

深く寝ていたのだろう、夢を見ることなくぐっすり寝ることなど本当に久し振りで……すぐ横でカチャ、と何かが置かれた音を耳にしたことでゆっくりと眠りから覚めることができた。

寝る前は窓から燦々と太陽の光が入っていたというのに、今は窓から差し込む光がオレンジ色を放っている。


「起こしてしまいましたか?」

「いや、丁度目が覚めたところだ。気にするな」

「それなら良かったです。お粥を用意しましたが、食べられそうですか?」

「ああ、貰おう」


彼女の手からお粥を貰おうとするが、「病人は大人しくしてください」と言い切られてしまった。そしてあろうことか、彼女に食べさせてもらうという事態になり……終始落ち着かなかったのは別の話になる。

お粥も食べ、風邪薬も口に含み終わることになると外は夕暮れから夜へと移り変わろうとしていた。


「今日は世話になりっぱなしだな……折角着てくれたというのに……」

「こういう日もありますよ、気にしないでください。ここ最近多忙で、しっかり休んでいないと使用人の方たちから話を聞きました。もしかしたら、この辺りでしっかり休みなさい、と誰かが囁いているのかもしれませんね」

「ほう? 俺を相手に、よくもそんな大それたことをしてくれるな……何処の馬鹿がやらかしたのか……」

「誰でも良いじゃないですか、そのお陰で……今日はゆっくりと休めているんですから」


他愛ない会話ばかりしていたような気がする……彼女と同じ空間にいるだけだというのに、何故こうも安心してしまうのだろう?

指輪から解放してもらった時、初めて見た彼女に何故か惹かれたことを憶えている。俺の女にしたいと思ったのも、俺の本能から出てきた言葉だ。

特別な能力を持っているかと思えば、見た目は何処にでもいる普通の女で……驚いたのは言うまでもなく。

だからこそ、普通の女である彼女が抱える秘めた想いが伝わって……コレクションとしてでしか見ていなかった俺は、無性に彼女を求めてしまった。

俺の手で綺麗にして、俺の手で彼女の魅力を開花させてやりたい……あわよくば名実共に俺のモノにできればどれだけ嬉しいことか。

だが、そんなことなど……口が裂けても言えないだろう。


「お前も、早く部屋へ戻った方が良い。風邪を移したくない」

「今更ですか? ずっと一緒に居るんですから、もう既に風邪は貰ってるかもしれませんよ」

「ならば尚更早く寝てくれ。俺のせいでお前が風邪をひくなど……」

「元気が取り柄なので、大丈夫ですよ!」


何処から出てくるんだそんな自信は……!!

だが、俺が何を言っても彼女は聞き入れてくれないようだ。まったく、頑固な姫様だ……


「早く元気になってくださいね。そして色んなところへ出掛けましょう。先日行った洋服店も良いですが、執事さんから素敵な骨董品が置かれている店があると聞いたんです!」

「嗚呼、あそこのことか……良いだろう。お前が気に入ったもの全て買ってやろう」

「全部はいりませんってば」


彼女との会話は何処までも暖かく、俺を安心させるには十分で……話している最中だというのに、いつしか俺は意識を手放していった……――






ふと目が覚めれば、窓からは朝の陽の光が入り込んでいた。

昨日と比べて体の調子も良く、少しだけ頭痛を感じたがそれほど気にするほどでもない。随分と寝てしまった、と思いながら上半身を起こすと……足のあたりに小さな重みを感じた。


「?」


顔を横に動かすと、そこにはベッドの上で腕を組んで寝ている姫が椅子に座っている。肩から羽織る物をかけているところを見ると、ずっと俺のことを看病してくれていたのだとすぐに理解できた。


「ありがとう……」


こんなにも俺のことを第一に考えて、動いてくれて、気にかけてくれたことが嬉しくて……"ありがとう"の言葉一つで、俺の気が済む訳もない。

眠っている彼女の頭を撫でてやると、「んん……」と言いながらゆっくりと目を覚ました。


「あ、れ……いつの間にか寝ちゃって……ヴァスティさん、おはようございます」


目をこすりながらぼそぼそと呟くように挨拶をする彼女は、大きく伸びをしながら言葉を続けた。


「熱は……」

「もう大丈夫だろう、昨日よりも気分が良い」

「ですが、病み上がりですし……もう少しだけ、横に……」


長いこと起きて傍にいてくれたのだろう、彼女の目元にうっすらと隈ができている。


「ならば、お前の言葉に甘えるとしよう」


フゥと息を吐く俺は、半分夢の中にいるであろう姫の腕を引きベッドの上へと無理やり上げた。

そして横抱きにして一緒の布団の中へと潜っていく。


「え、あ、その……!!」

「もう完全に風邪も治った。言いつけ通り、もう少しだけ横になろうと思うが、付き合ってくれるな? 拒むことは許さん」

「……もう!」


呆れたような声が聞こえるが、拒んではいないようだ。それがとても嬉しくて、俺は彼女のぬくもりを腕の中で感じながら……もう一度瞳を閉ざすのだった。

こういう日を過ごすのも、悪くない……そう思いながら。




その日の夕方、俺の風邪が見事に移った姫を手厚く看病することになるのだが……それはまた、別の話になる。
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