Side フロスト
夢100一周年記念企画に提出した、フロ姫小説になります。
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月日の流れというものは、本当にあっという間だ。

春夏秋冬の季節を眺め、ふと気付けば……誕生日が迫ってきていた。

そのことに気付かせてくれたのは、意外にもシュニーのこの一言があったからだろう。


「ねーフロ兄、何か欲しいものはない?」

「は……?」


突拍子もないことを問いかけてくるのはよくあることで、こういう時は決まって何か大事なことがあるものだ。

問いかけの真相が分からず、政務に励んでいる手を止めて固まっていると……シュニーは首を傾げてくる。


「思いつかないの? 何でも言って! だって、もうすぐフロ兄の誕生日だもん!」

「誕生日……嗚呼、もうそんな時期になったのか」


誕生日を忘れていたなど、我ながらおかしな話である。

だが、自身の誕生日を忘れてしまうほど慌ただしく一年が過ぎていったのも事実だ。

特に今回は、彼女と出逢えたことが何よりも大きい――

「んでんで、フロ兄の欲しいものって何?」

「そうだな……」


今までも、これと言って明確に伝えたことなど一度もない。

ポツリと呟いた言葉をヒントに、シュニーが動き回って俺を驚かせていたものだ。時にはグレイシアも巻き込んでいたことを思い出す。

俺が一番欲しいもの……そう思った時、脳裏に浮かんだのは彼女だった。


「姫……」

「え?」


ポツリと、小さく呟いたはずだが……どうやらシュニーの耳にバッチリ聞こえていたようだ。

ハッと我に返って口を押さえるが、時すでに遅し。


「姫って、確かトロイメアのお姉ちゃんでしょ? そう言えば、最近会ってないねー」

「…………」


人差し指を口元にあてて、ん〜、と唸りながらシュニーは言葉を続ける。

トロイメアの姫……彼女とは、グレイシアが行方不明になった騒動で知り合ったようなものだ。

ユメクイの出現を抑えるべく旅をしている最中、我が国へ訪れたのだと語ってくれたのを思い出す。

グレイシアだけでなく、シュニーや俺もユメクイに襲われ指輪になってしまったが、彼女の持つ能力のおかげで目覚めることができた。

そんな出来事をきっかけに、彼女と会話をする機会が増え……お互いに笑い、驚き、奮闘し……俺の知らないセカイを知る彼女の輝く瞳に、心地の良いソプラノの声に、次第に惹かれていった。

次の土地へ旅立つ際、笑顔で別れの言葉を口にする彼女に、離れたくないと言葉を投げかけたかったのが本音だ。ずっと、俺の傍にいてほしいと願ってしまったというのもあるが……

あれ以来、彼女の旅はまだ続いているようで時々届く手紙に近況が綴られていた。

たまに息抜きと称して遊びに来ることもあるが、最近は回数が減っているように感じる。

それだけ、スノウフィリアから離れた国に足を運んでいるということだろう。

会いたい、だが会えない。声が聞きたいのに、聞けない……

脳裏に焼き付けた彼女の太陽を連想させる暖かな笑顔が、少しずつ霧がかってきているように感じる。


「――そっか、わかった」


物思いにふけっていると、飄々としたシュニーの声が聞こえてきた。


「待っててねフロ兄! 誕生日の日、これでもかってくらい驚いてもらえるようなプレゼントを用意するからね!」

「おい待て、シュニー!」


だが、奴は俺の静止の言葉に耳を傾けることなく部屋から飛び出してしまった。

急に静かになる執務室に、俺はハァと重たい溜息を洩らす。

有言実行型であるシュニーが、一体何をしでかすのか……兄としてはとても心配なわけで。


「ま、気にしたところで時間の無駄だな」


そう言葉を呟き、俺は止まっている仕事を片付けるべく腕を動かし始めるのだった。







あれから数日、気付けば誕生日当日を迎えていた。

近隣諸国からの祝いの品や、城下の民からの花束まで……広間の一角には溢れんばかりの贈り物が山積みになっている。


(これを俺にどうしろと……)


花は城内の至る所に飾れば問題ないだろうし、食べ物も調理の者たちに渡せば済むだろう。だが、それ以外となれば……


「ハァ……」


多くの人たちが、俺の誕生日を祝ってくれるというのはとても有難い話だ。だが、何かが足りない……

その"何か"が一体なんなのか、俺は分からないでいた。


「あ、フロ兄いたー!」

「?」


広間の出入り口にあたる扉から聞こえたシュニーの声に、俺は顔を向ける。

パタパタと駆け寄りながら「今回も相変わらずだねー」と贈り物の山を見て言葉を口にした。


「お前、今まで何処にいたんだ? 朝から姿が見えないと思ったら……」

「え、えっとね……じゅ、準備に時間が……えへへ」


照れくさく笑う弟に首をかしげる。コイツが手間取るほどのことがあったのか、何故俺を呼ばなかったんだ?


「フロ兄! 僕が良いよ、って言うまで目を閉じてて!」

「? 何故俺がそんな事を――」

「おーねーがーいーー!!」


両手をパンッと叩いてギュッと目を閉ざすシュニーが、なんだか必死に見えたこともあってか……俺は溜め息混じりに「いいぞ」と返事をしてから瞳を閉ざす。

すると、シュニーは俺が完全に目を閉じていることを確認したからかパタパタと離れていったようだ。

そして暫くすると、二つ分の足音が聞こえてきた。ますます訳が分からない……


「シュニー、いつまでこうさせるつもりだ」

「ゴメンゴメン、目を開けても良いよ!」

「こんな場所でずっと立っているなど、家臣に見られたらどう説明を――」


愚痴を言うつもりだった。意味もなく目を閉じろなど、しっかりとした理由を問い詰めようとしたが……

瞳を開き……目の前に現れた彼女に、俺は言葉を失ったんだ。


「えっと、お誕生日だと、シュニー君から聞いて……。それで……」


言葉を必死に紡ごうとしているのは、数ヶ月前に会ったトロイメアの姫だった。


「おま、何故……ッ」

「偶然近くを通りかかったんだって!」


偶然? そんな偶然、在りえるわけがない。シュニーのことだ、色々手をまわしたのだろうな。


「あの、お誕生日……おめでとうございます」


ふわりと微笑むその顔は、ずっと俺が焦がれていたものだ。


「すみません、シュニー君から突然言われたこともあって……プレゼントも、何も用意してなくて……」


緊張気味に話すその姿はとても愛らしい。


「あの、フロストさんは何か欲しいモノなどあれば教えていただけませんか? 用意に時間が掛ると思いますが……」

「その必要はない」

「え?」


久しぶりに彼女に会えたことで、こうして言葉を交わすことで……ようやく自覚するとはな。

いつの間にか、こんなにも――


「俺が一番欲しいモノ、それは姫でなければ用意できない代物だ」

「そ、そうなんですか? でしたら教えてください! すぐに準備を――」

「その必要もない」

「??」


訳が分からないのだろうな、不思議そうに首を傾げては頭上に大量の疑問符を浮かべている彼女がなんだかおかしい。


「俺は――姫の心が欲しい」

「え……」

「トロイメアの姫よ、初めてお会いしたあの時から……貴女に強く惹かれていた。この想いを抑えることなど出来そうもない。どうか、俺に貴女の心を頂くことは、できないだろうか?」


そっと手を取り、手の甲に口付けながら言葉を紡ぐと、彼女は目を見開いて驚いているようだった。

だんだんと顔を赤くしているところを見ると、俺へ少なからず好意があるのだろうと思って間違いないだろうな。


「そ、それでは、不公平だと思います」

「は……?」

「そんな一方的なもの、私は認めません! 私が心を渡す代わりに、私もフロストさんの心が欲しいです。そ、それなら問題ありません」


フンッと鼻息を荒くさせながら顔を赤くするな……愛らしくて仕方がない……ッッ


「私も、初めて会ったあの日から……この土地を離れていても、想うのは貴方のことばかりでした。高貴な雪の国の王子様、貴方を愛する私の心を捧げます。代わりに、貴方の想いを受け止めさせて下さい。我が儘なお姫様で、ごめんなさい」


耳まで真っ赤になる彼女は、顔の熱を冷まそうと空いている手を仰いでいるようだ。

嗚呼、俺は今……とてもだらしない表情を浮かべているに違いない。


「いいだろう、俺の想い……しかと姫へ捧げよう。長い旅路が終わった暁には、この国へ戻ってきてくれ。そして、我が妃になってくれないだろうか」

「はい、喜んで」


嬉しそうに微笑む姫に、俺は倖せに身を震わせ衝動的に彼女を抱きしめていた。

一番欲しいものが、手に入った。これほど心を満たすなど思ってもみなく、彼女が俺の背へと手を回してくれることが何より嬉しい。

俺たちの会話を終始見守っていたシュニーは、嬉しそうに笑みを浮かべて「おめでと」と小さく声をかけてくれるのだった。
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