Side フロスト

「炎の制御方法、か」


顎に手をあてたアポロは、彼女の話を噛みしめながら本題を口にした。

玉座の間から応接室へと移動した俺たちは、緊張しっぱなしの名前を何とか落ち着かせて話をしている。

用意された紅茶を飲み、ホッと息を吐いたところでようやく話しができたというわけだ。

同じ炎を操れる存在に対面したのは、なにも名前だけでなくアポロも初めてのようで酷く驚いたものだ。


「基本的に、俺やフロストなんかは感情の浮き沈みによって威力が違うからな」

「感情のコントロールは、誰かに助言されて上手に操れるものではありませんからね。能力の有無以前に、ヒトは激昂すると抑えたり落ち着かせるのに苦労するものです。特に私の兄上なんかがそうでした……」


ハァ、とため息交じりに話す彼女に、名前は目を丸くした。


「ご兄弟が、いらっしゃるのですか?」

「はい、遠い場所に住んでいる兄と弟が。特に兄は大の肉まん好きで、自分の肉まんが無くなると国をあげて戦いを起こすほどの気迫を出す時があるんですよ。まあ、大抵弟のつまみ食いで消えることが多くて、半殺しにする兄を何度抑えたことか……」

「は、半殺し……弟さん、を……」


たかだか肉まん一つで大きな戦いを持ち込むなど、執着心が恐ろしいくらい強いのだろうな。


「能力の制御方法については、俺から良いアドバイスができるとも思えん。力になれず、すまない」

「いいえ、こうして同じ能力を持った方とお話ができたことは私にとってとても心強く思います」

「それは同感だ。時間が合えば、共に公務を名目として会うのも良いだろう」

「その時は是非!」


同じ能力を持っている、という共通項があるからかいつの間にか二人は意気投合した。

些細な相談から、いつしか国を維持する王の顔つきになる二人は『どうすれば民が倖せに暮らしていけるか』を議題に込み入った話し合いをしだしてしまう。

その様子を横で見てた俺とトロイメアの姫は、お互いに顔を合わせる。


「名前さん、とても素晴らしい方なんですね。ここまで国について深く話をされるなんて……」

「前のセカイで一国を束ねる女王として過ごしていたそうだ。だが、ある日を境に国がなくなったんだとか……」

「……そう、成程ね」

「?」


人差し指を頬に当てて考えた姫は、何かを察したのか瞳を細めた。


「彼女、相当苦労されてたようですね。女王として、一国を治めたのもかなり長い様子。フレアルージュについて状況を断片しか話していないのに、的を射る発言をされてるのが何よりの証拠です。消極的な発言に自信が持てないと自負している様子を見ると、親しい者にも話していない"心の闇"を抱えているようですね」

「心の、闇……」

「話すことで、他者の負担になってしまうのではないか……辛い思いは、自分ひとりだけ抱えていけばいい。そう思っているということ……ですね。心底信頼している人に話をすることで、重荷が軽くなるというのに……彼女はそのことに気付いていないみたい。それに手をさし伸ばせるのは、おそらく……フロストさんだけです」


真剣な表情で語る彼女は、嘘を言ってるようには見えなかった。

確か、長年行方不明になっていた彼女は過ごしていた自分の世界からココへ舞い戻ってきたらしい。前の世界では、策士的な立ち位置に居ることが多かったからか、他人の考えてることが手に取るように分かるんだとか。

だからか、会って数時間しか経っていないと言うのに俺たちのことを短時間で理解してくれたのは。


「俺だけ、か」

「これ以上、私はお二人の仲に入るつもりはありません。アドバイスはできますが、それまでです。この先の行動は、全て貴方にかかっています。手放すか、繋ぎとめるか……まあ、フロストさんもアポロと同族みたいですから気に入った方を手放すような愚行をするわけないですよね」

「おい、聞き捨てならん事をサラリと言いのけるな」


アハハハハ! と笑いだす姫に、名前とアポロは首をかしげているようだ。

そうこうしていくうちに、時は流れ……夕食の時刻となった。

疲れたように溜息をつく俺へ、名前は「行きましょう」と手を伸ばしてきた。この小さな手が、一国を支えて護ってきたなど……知らぬ人からすれば信じられないようなことだろう。

廊下へと出て、一足先へ歩く姫へと名前は近づいた。


「フレアルージュは何が名産なんですか?」

「そうですね……色んなものがありますね。私は特に肉まんが好きなので、肉まんを薦めます」

「お兄さんが好きだから……?」

「まあ個人的にも好きですし、なにより"家族の温かさ"が一番濃厚に感じ取ることができるから、でしょうか。特に母上の作る肉まんが美味しくて、何度練習してもあの味にならなくて苦労してるんです」


同年代の、しかもエルサやアナ以外の女と話をしたことがないのだろう。いつも以上に目を輝かせ、話に花を咲かせ続けている。

ゆっくりと、それでいて確実に自分の中にある閉鎖的なセカイを開こうとしている彼女に、俺は手を指し伸ばし共に歩めるよう引っ張ってやらなければならない。

俺への"特別な感情"を抱かせるためにもな……――

だが、意外にも俺が思っている以上に事態はトントン拍子で進んでいるだなんて、想像すらできなかったのだった。
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