Side フロスト

身支度を整え、事前に用意したマントを羽織ると自室を出た。

いつも降ろしている髪は綺麗に整え、外交などで着る服に身を包んでいる。城下の視察をする際に着るこの服は、このスノウフィリアでは見慣れている白に統一されていた。


「城下へと行ってくる。客人である名前を連れてな」

「はっ、かしこまりました」


近くで待機していた執事にそう言葉を投げると、深々と頭を下げたかと思えば小さく笑みを浮かべているのが分かった。

それがなんだか不思議に思い、首をかしげると……


「ああ失礼致しました。フロスト様が、あまりにも楽しそうに話すものですからなんだか嬉しく思いまして……」

「楽しく?」

「はい。名前様には、感謝しなければいけませんな」


ホクホクと笑みを絶やさない執事の真意が分からず、奴の放った言葉の意味を理解できないでいた。

変な蟠りを抱きながら、待ち合わせ場所である城門前へと行くと……


「へ、変じゃないかな?」

「そんなことないよ! すっごく綺麗!!」

「そうそう、フロストさんが惚れ直すこと間違いなしね」

「ほ、惚れ……!!?」


ワイワイと騒ぐ三つの影を見つけた。

二つはエルサとアナで間違いないだろう。もう一つは……


「名前、なのか?」

「ッ!!」


顔を赤くしながら振り向く彼女は、髪を頭の高い位置から結んでおり首元が露だ。オレンジを基調としたロングスカートを着こなし、背中まで伸びる三角形のケープを羽織っていた。

ケープからスカートの細部まで、炎を連想させるような柄がいくつも散りばめられている。


「フロストさんは初めて見るのよね! これが、女王名前本来の姿なの! 城下の視察から公務まで、いつもこの服だったわよね」

「そうそう。私が雪の女王と言われる傍ら、名前は炎の女王って呼ばれてたものよ」


昔を懐かしむように語る姉妹を横に、名前はというと……なんだか落ち着かないのかソワソワしているようだ。

視線を泳がせ、どう反応すればいいのか困り果ててる様子。


「変、じゃないですか……?」

「いや……実に美しく、今日エスコートできることを嬉しく思う。お前が炎の女王と呼ばれているのも頷ける」


緊張して震える手を握ると、彼女はホッと安心したような息を漏らした。

俺の前でそんな反応をするな……気を許してくれているのだと、勘違いしそうになる……


「さて、時間が惜しい。視察を早く済ませ、ゆっくり茶を飲むとしよう」

「それは素敵ね! じゃあティータイムの準備をして待ってるわ!」

「ゆっくりと時間を過ごしてきてください」


名前の腰に手をまわして引き寄せながら歩き出すと、姉妹は嬉しそうに笑いながら我らを優しく見送ってくれた。

普段なら、馬車などの移動手段で行動しているのだが……たまには城下を歩くのも悪くないだろう。









城下へ歩くこと暫くして、住民から驚きの眼差しを受けることとなった。

それもそうだろう……部下以外の奴を連れているのだから。しかも、高貴な雰囲気を纏う女だ。誰もが疑問に思うのも、無理ないかもしれない。


「何故、その服を着ないでいたのだ?」


少しでも緊張を和らげないかと思い、そう彼女に問いかけた。

視察など、すぐにできる雑務の一つでしかない。その時間を利用して、俺は彼女に関する情報を仕入れていく。


「女王として振る舞っていた頃のことを思い出すのが怖くて……でも、少しずつ歩きださなきゃいけないかもって、思い始めたんです」


自身に蓋をした心の鍵をかけた箱を、ゆっくりと開く時が来たのかもしれない。

そう語る彼女は、とても清々しく見える。


「それに……」

「?」

「ありのままの、私を……見てもらえるように…………まだまだ、臆病で緊張すると思考が停止しそうになるけれど、ね」


怯えながらも、まっすぐ話すその姿勢はとても凛々しい。

その想いを抱く根源となっているのは、もしかして俺なのかも……などと、ありもしない期待を抱いてしまう。勘違いを起こさないよう、ゆっくりと首を振る。

そして一歩ずつ進もうと決めた彼女は、辺りを見渡しながら首をかしげていた。


「ところで、ここはとても賑やかな一角のようですね。色んな施設があるみたい……」

「映画館、美術館、劇団……他にも施設と呼ぶに相応しい建物はいくつかある。まあ一部は俺の趣味も混ざってはいるがな」

「趣味……? 絵や劇を見るのが、お好きなんですか?」

「ああ」


短くそう返事をすると、彼女は「私もです」と嬉しそうに微笑んだ。


「私の治めてた国……アレンデール王国の隣にあったスルトは、流行の最先端を走っているような国でした。美術や芸術・劇・食事まで、話題のネタがあるとすぐに手を出す住民が多くて……ま、私も人のことは言えませんけど」


共通の趣味を見つけられたからか、彼女の笑顔が少しばかり輝きを増したように感じる。

自国を話すその姿は、少女のような面影を残しながらも女王の名に相応しい気を纏っていた。そしてその笑みは、俺の心の中にドス黒い感情を生む材料と化していく……


(これは、想定よりも早く染めることができそうだ)


たった一人の女に、喉から手が出るほど欲しいと思ったことは今までなく……こんなにも欲望にまみれる自分がいることに驚きを隠せないでいる。


(この様子を見ると、警戒心は全くないと判断して良さそうだな。多少のスキンシップも受け入れてくれてるようだった……ということは――)


少なくとも、友人の感覚であるとしても俺に好意を抱いてくれてるのは間違いない。

ならば……この俺を、"一人の男"として意識してもらう必要がある。

さて……どういう手を使って、俺に惚れてもらおうか。

そういう思いを巡らせている俺は、自身が名前に対して激しい恋情を抱いていることに気付く由もなかった。
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