窓から差し込む朝日に起こされるように、私は瞳を開く。
見慣れない天井、見慣れないベッド、見慣れない家具の数々……
(やっぱり、夢じゃなかった……)
ムクリと起き上がり、目をこすりながらベッドから出る。
エルサとアナの二人と一緒に公務として城下へと降りたところから辺りが一変して……見慣れない土地に着てしまったらしい。
原因は不明だけれど、何処かで手掛かりがあると信じて私たちは雪の国と呼ばれるスノーフィリアに滞在することとなった。
用意された服に手を通し、部屋に置かれている全身を映す鏡の前に立つ。
「やっぱり、白とか水色とかはエルサが合うと思うんだけどな……」
生まれつき熱や炎を操れることもあってか、赤やオレンジと言った暖色系の服ばかり身につけていたから、こういう寒色系の服を着ることなんて滅多にない。
だけど、折角用意してもらったからと思い着ることにしたのだ。動きやすいロングスカートの皺を伸ばし、私は部屋を出る。
「あ! 名前姉!」
「おはよう、シュニー君、だよね?」
「うん!」
廊下を歩いていると、手を大きく振りながら駆け寄る小さな存在を見つけた。
挨拶をした当初は敬語で話をしていたんだけれど……
『僕の方が年下だし、敬語で喋られるの嫌だから! 僕の前では敬語は禁止! これは命令だからね!!』
と小さな王子様に言われてしまったから、彼とはエルサやアナと同じように気軽に話すことにしたのだ。
「朝ご飯まだなんだ、もうちょっと待っててよ!」
「分かった。他の人たちは……」
「グレ兄は何処かに行っちゃったしフロ兄は……えーと、エルサって人と大事な話をするからって言って応接室に行っちゃったよ」
「そっか」
たぶん、一人になったから暇つぶしに辺りを歩いていたのだろう。
腕を頭の上で組んでいる彼は、ニコッと笑うと服の端を掴んできた。
「ねね、良かったら城内を案内するよ! いいでしょ?」
「んー、そうだね。じゃあ、お願いしようかな」
「任せて!」
嬉しそうに笑って先へと走る彼を見ていると、なんだか幼いアナを見ているように感じる。
無邪気で、素直で、曲ったことが嫌いで……
(兄弟の下って、性格とか似るのかもしれない)
住んでる場所が違くとも、置かれている環境が似通っていることが多いからかもしれないな。
そう思いながら、書斎や鍛錬場や大広間に謁見室……いろんな場所へと案内してくれた。
そして、厨房だと教えてもらった場所に足を運ぶと……
「あ! 名前! おっはよー!」
「ア、アナ?」
ピョコ、と厨房の出入り口から顔を出したのは……なんとアナだった。足元にはオラフが立っている。
「丁度良かった! 材料が足りなくて朝食作れないって話を聞いてね、手元にある材料でなんとか作ろうとしてるんだけどなかなかアイディアが浮かばなくってさー」
「名前は料理が大好きだもんね! 一緒に作ろうよ!」
「コラコラ、人様の仕事場に勝手に入って……エルサに怒られるよ?」
手を頭に添えながらそう言うけれど、アナは「気にしない気にしない!」と言って私の手を引っ張った。
「名前と一緒にやれば、エルサも怒らないって!」
「そういう問題じゃなくってね……」
「名前姉……料理できるの?」
ポツリと聞こえた声に振り返ると、シュニー君は目をキラキラと輝かせながら私を見つめていた。
「できるよー! 名前の料理は、暖かくてね、美味しくてね、アナもエルサもクリストフも僕も大好きなんだ!!」
小枝で作られてる手を懸命に動かすオラフに、シュニー君は期待が大きくなったのか目の輝きが増してるようだ。
「……もう、仕方ないな」
「やった!」
グッと握り拳を作るアナに押し負かされ、シェフたちに何度か頭を下げて厨房の一部を借りることとなった。
メイドさんを始めとしたこの城で働く人たちの料理は、ここのシェフが作ることになってるようだ。フロストさんのような王族の方々の料理も作っているみたいだけど……
「僕、名前姉の料理が食べたい! フロ兄とグレ兄の分もお願い!」
「でも……お口に合うか分からないし、一時的に滞在している身なのに……」
「いいのいいの!」
「そう言ってくれてるんだから、ここは甘えちゃいましょ!」
「……」
なんだか、大きな妹に小さな弟ができたみたいだ。元々一人っ子だから、こういう賑やかな場所に慣れていなくてちょっと緊張する。
「朝だから、簡単なラスクにスープなんてどうかな?」
「でも、フロストさんやグレイシアさんもいるから、少しカロリー高めの料理も用意しないとね」
「あー、なんだかんだ言いながら食べそうだもんね!」
「僕もいっぱい食べるよ!」
懸命に働くオラフに「そうね」と返事をすると、食材を手にする。そして料理を始めたのだった。
最初はお互いに食材の取り合いで話をして、途中からオラフとシュニー君が「手伝う!」と言いだしてくれて一緒に朝食を作って……
「〜♪」
ふと気付けば、アナは鼻歌を口ずさんでいた。元々歌うことが好きなアナだから、料理作りが楽しくなってきた証拠だ。
「ほらほら、名前も一緒に歌うの!」
「ええ!? 私そんな、歌唱力ないし……」
「楽しんだもの勝ちだよ名前〜!」
嗚呼、やっぱりこうなっちゃったか。いつものことだけど、こうして楽しさに拍車がかかると高確率で巻き込まれるのだ。
何度断っても意味がないのは、今まで一緒に過ごしてきたことを考えれば安易に想像できてしまうわけで。
「……あと残っているのは、カロリーを抑えた肉料理一品だけだったよね?」
「うん!」
「…………アナ、火を使った料理をわざと残していたとか――」
「そ、そんなことないじゃない!」
目を泳がせながら主張しても意味がないのに……
炎の魔法を使いながら歌うのは、私にとっても唯一の息抜きにもなるし時折起きる精神不安定症状を抑えることができる。
だから定期的にやらないといけないことを……アナは分かってくれている。だから、こうやって提案してくれるのだ。
「仕方ない、アナのお誘いに応えるとしましょうか」
「やった〜!」
なんだろう……まんまとアナの誘導に乗ってしまったような気がする。でも気にしないでおくことにしよう。今の私は、なんだか気分が軽く感じるから。
何度か深呼吸を行い、私は一つの旋律を口ずさみ始める。
テンポもゆっくりで、女性の独奏で有名な曲だ。エルサも気に入っていると話してくれたこの歌は、心が温かくなるような優しい音楽で……よく二人と一緒に歌ったものだ。
曲自体それほど長いものでなく、あっという間に歌い終わってしまった。料理も、歌が終わることには人数分出来上がっている。
歌が終わると、アナやオラフ……そしてシュニー君も聴き入ってくれてたようで盛大な拍手を私に送ってくれた。
「名前姉、すっごく上手だったよ!」
「そうかな? エルサの方が絶対上手よ?」
「同じくらい上手だから謙遜することないのに〜!」
「別にそんなこと……」
ない、と言いかけたけれど……
「美しい歌声だ。先日の畔で聞いた時も思っていたがな」
「!!?」
居る筈のない彼の声が耳に入り、ガチッと動きを止める。そして、まるで機械のようにギギギと顔を動かすと……
「名前の歌は、私の国でも好評だったの。今は緊張してるけど、肩の力を抜いた歌声は絶品よ」
「ほう? 是非聴きたいものだ、無論俺のために奏でてくれるな?」
「な、な、な……ッッ!!」
大事な話をしていた筈じゃなかったっけそこのお二人は!!
そんなこと、私の口から言い放てる訳もなく……厨房の出入り口に立つエルサとフロストさんを見てワナワナと震えた。
「フロ兄〜! もうお話し終わったの?」
「ああ、朝食の準備をしていたのか? 珍しい事をしているな」
「だって、名前姉が作ってくれるって言うから! 手伝った方が、早く食べれるでしょ?」
パタパタと駆け寄るシュニー君の頭をフロストさんが撫でている。その光景を見ると、嗚呼、兄弟っていいな、と思ってしまう。
「まったく、アナにオラフ……名前まで。人様の厨房に入るなんて……」
「だ、だって……食材足りないから作れないって聞いて、あるやつで作れるじゃないって思って……」
「僕たち、悪いことしてないよー! アレンデールの料理食べて、エルサの気分を落ち着かせようってアナが言ってたから腕によりをかけて作ったんだもん!」
「オ、オラフ!!」
「ア〜ナ〜?」
「ぅぅ……」
腰に手を当てて呆れかえるエルサに、慌てふため息ながら「アハハハ」と言葉を漏らしているアナ。
この二人の姿も、嗚呼、姉妹っていいな、と思えるくらい微笑ましいものだ。
「時間、もったいないよ? 料理運ばない?」
「!! うん、運ぼう!!」
「ちょっとアナ! 私の話は聞いてるの?」
「聞いてる聞いてる! 詳しいことは後でねー!」
笑い飛ばすアナは、料理が盛り付けられたお皿を両手で持ちながら早歩きで出て行ってしまった。
そんな彼女の行動がなんだかおかしくて、私とエルサは顔を合わせるとクスクスと笑い合う。そして、オラフやシュニー君、丁度近くを通りかかったクリストフにも声をかけて料理を運ぶのだった。
真紅の瞳を細め、獲物を狙うかのようにペロリと小さく舌を出すフロストさんが、熱く私を見つめていることに気付かないまま……
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