Side フロスト
非日常は、突然のようにやってくる。


「フロスト様……フロスト様ッ!!」

「?」


いつものように、淡々と公務に精を出している時のこと。

普段は荒げた声を出さない執事の声に、俺は首をかしげた。

そしてなだれ込むようにして部屋に入ってきた奴は、酷く汗を流しているようだ。


「近隣の湖付近にユメクイが……それもかなりの数のようです!」

「お前、たかがユメクイで騒ぎすぎではないか?」


ユメクイなど、ここ最近になって急激に増えてきた得体の知れない生物だ。いや、奴らを生物として認識して良いものか疑いたくはなるが……


「……どうやら、それだけではないようだな」

「は、はい! ユメクイに対抗している女性たちが……しかも、炎と氷を操っているのです!」

「なんだと……?」


氷の魔術を扱う人間などたかが知れているが、ユメクイと対等に渡り合えるほどの能力を持っている奴は少ない。我が高貴な雪の一族においても、俺たち兄弟以外いないのが現実だ。


「他国のスパイか? いや、スノウフィリアの近隣に炎を操る一族がいるなど聞いたことがない……」


氷もそうだが、炎を操る奴がいるなど……男ならば、精霊の一族に居るのは耳にしているが、女がいるなど聞いたことがない。

ならば、確かめに行く必要がある。


「現場へ案内しろ。俺が、直々に行ってやる」

「ああ、ありがとうございます!!」


理由などうまく言えないが、興味を抱いたのだ。

ユメクイと戦う女がいったい誰なのか……そんな奴がいるなど、随分と腕に自信のある奴だなと。そんな程度のことしか思わなかった……彼女に出逢うまでは――







執事に案内された場所は、領土からそんなに離れてない場所にある湖の畔だった。

報告を受けた通り、そこには大量のユメクイの姿が確認できる。


「エルサ! キリがないけど、平気?」

「ええ、少しずつ数が減ってきてるみたいだから……あともうひと押しよ」


ユメクイに囲まれている中心から、女の話声が聞こえてくる。

聞き慣れない声だ……ということは、他国からやってきた奴か。


「エルサ! 名前! ボクも戦うよ!」

「ダメよオラフ! 貴方はアナとクリストフをお願い」

「でも〜」


顔を歪ませているのは……雪だるまか? ヒトのように動くなど、聞いたことがない。


「ん〜、数も集まってきたし……一気に勝負を決めよう! エルサ!」

「ええ、名前も準備はいい?」

「モチロン!」


そう掛け合う二人の女は、一つの旋律を口にし始めた。

この土地の者でない、不思議な音色が俺たちの空間を包み込んでいき……いつの間にか目の前にいた大量のユメクイも姿を消していく。

ひと仕事を終えたように、前髪をかきあげながら息を吐く一人の女の姿に……俺は目を見開かせた。


(まるで、一枚の絵画を見ているようだ……)


スノウフィリアから吹く風に乗ってなびく金色の髪は、陽に当たりキラキラと輝いているようだ。

男顔負けに逞しい姿を見せてくる彼女は、俺と視線が合うとカッと顔を赤くした。


「あ、あ、あ……」

「名前? どうしたの?」


近くに立っていた女は、我がスノウフィリアのロイヤルカラーでもある水色を基調とした服を纏っていた。


「エルサ! 人がいた……!!」

「本当に? だったら事情を話して、保護してもらいましょう?」

「どうしよう!! 私、わたし……!!」


ワナワナと震える姿は、ユメクイと戦っていた奴と同一人物と思えないものだった。

そして、まるで風に吹かれていくかのように走り出し「アナー! オラフー!!」と叫びながら何処かへと去って行く。

呆れて立ち尽くしていると、先程の女が笑いながら駆け寄ってきた。


「貴方方は、近くに住んでいる人達ですか?」

「ああ、我が領土で騒ぎが起きてると聞いてな……」

「ということは、この辺りを治める領主さんですね? 実は……」


彼女・エルサと名乗った女は、アレンデールと呼ばれる海に近い国を治める女王だと名乗った。

妹や友と一緒に視察をしていたところ、まばゆい光に包まれてしまいこの地に降り立ったらしい。そしてユメクイに囲まれ戦い、今に至るとか……

アレンデールなど聞いたことがない。ここは山々に囲まれた場所で、海など見えるはずがないのは言うまでもなく。


「帰る方法を探すまでの期間で構いません、私たちに住める場所を提供していただけませんか? 貴方方の迷惑になるような行為はしないと約束します」

「フロスト様……いかがなさいますか?」

「…………」


彼女からは敵意を感じ取ることはできない。相当困り果てているのは見て明らかだ。

このような部外者……今すぐにでも追い払った方が良いに決まっている。だが、何故だろう……


「あの女は……」

「? もしかして、名前のことですか? 彼女は私の親友で、諸事情で一緒に住んでいる人です。生まれつき、炎を操ることができます」


名前と紹介された彼女は、山男であろう奴が連れているトナカイの背に乗っていた。

顔を両手で覆い気落ちしているようで、隣りに座る雪だるまが慰めている様子。


「……我が領に来るがいい。一時的に保護しよう」

「!」

「よ、宜しいのですか!? この者らは密入国をした不審者じゃ……!」

「こいつらの身は、俺が責任を持つ。変なことをしでかさないよう監視も兼ねる」


気まぐれだと言われれば、それまでだ。だが、俺は気になっていたのだ……名前という女のことが……

気になる、という感情に名前を付けるには時間がかかりそうではあるが……手放したくないと思ったのだ。


「エルサ、私たち……どうなるの?」


少し控え目に声をかけてきたのは、茶髪の女だ。


「この人が一時的に保護してくださるそうよ。保護されてる間に、元の世界に戻る方法を一緒に探しましょ」

「うん! 任せて!」


ドン、と胸を叩いて高らかに話す女は、太陽のような明るい笑顔を俺に向けてきた。


「初めまして、私はアナ。エルサの妹です!」

「い、もうと……?」


顔が何処となく似ているのも、姉妹であるが故か。

我が道を行きそうな勢いだけみると、一回り大きくなったシュニーを見ているかのような錯覚を感じる。


「ほら、名前も自己紹介しなきゃ!」

「わ、私は……その……」

「あのねあのね! ボクはね、オラフっていうのー! よろしくね〜!」


「ぎゅーって抱きしめてー!」と言いながら俺へ向かって飛んでくる雪だるまに驚いていると、横から伸びた腕によって雪だるまが俺へ来ることはなかった。


「オラフ、私が抱きしめてあげるから。初めて会った人にハグするのはやめなさい」

「なんで? ぎゅーってされるの、名前も好きでしょ?」

「人によって好き嫌いはあるの。わかる?」

「ん〜〜??」


いまいち理解できてない様子の雪だるまに、ハァと息を吐くと彼女は俺へと視線を向けた。


「えっと、名前と言います……その、先ほどは驚かせてしまい、すみません、でした……」


なんとも弱々しい自己紹介だ。先程のような、堂々とした姿が見間違いかと思えてしまう。


「名前ってさ、頭に血が上る前後で性格変わるわよねー」

「そんなことない! 口調が変わるだけで、対して差はないと思うけど……」

「言い方一つで印象変わるものよ。あと見た目もね!」


人差し指を立てて熱弁するアナという女に、名前は困ったような表情を浮かべていた。

話の最中に見せる笑みは本当に美しく、俺の脳裏から離れることはなかった。
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