そう……これは、本当に唐突に起きた出来事だった。
今日の業務は、普段と変わらず父上と肩を並べながら政務に励み、午後には家族揃って城下へ足を運んで民たちと定期的に顔を合わせて話を聞くこととなっている。
父上がフレアルージュ王になる前から取り組んでいる、民たちとの文通は今も続いていて……その手紙の内容は多種多様だ。偶然浮かんだ俳句をしたためてくれたり、昨日食べた献立の話を書いてくれたり……中には子供が描いたような父上や俺の似顔絵が同封されているものもあったっけ。手紙をきっかけに城下へ足を運ぶことだって少なくない、今回だってそうだ。
色んなことがあったけど、山あり谷ありの日々を過ごしていく中で手に入れた国王の座に居る父上。そんな父を、民たちが多く信頼を寄せては城下に足を運ぶ俺たちを歓迎してくれた。
そうだ……今日も、そんな普段と変わらない城下で民たちの話を聞いている時に起きたんだ……
「へ、陛下!? 王妃様!?」
きっかけは、少し離れた場所から聞こえた悲痛な民の声だった。
城下に暮らす子供たちと話をしていた俺は、普段聞かない声色に顔を上げると……その先では、顔色を悪くして倒れている両親の姿が見えたんだ。
「父上! 母上!?」
天候は悪くなく、太陽の日照りが優しく降り注ぐ穏やかな風が吹いている時間帯。なのに、両親は嫌な汗を流しながら息を荒くさせていたのだ。
「おい! 今すぐ城へ戻るぞ! 父上と母上の容態を診てくれ、急げ!!」
「はっ!!」
突然の出来事に、周囲から動揺と焦りの声が飛び交っていく。緊急で呼んだ馬車が到着し、両親が中へ運び込まれているのを横目に、俺は普段と変わらない口調で皆に声をかけていった。
「ここ最近、激務が続いていたので疲れが溜まっただけでしょう。騒がせて申し訳ない、暫くの間は父も母も休養を取る形にはなるが、俺は普段と変わらず公務に励んでいるから、心配しないでくれ。何か困ったことがあれば、いつでも声をかけてくれよ。第一王子である俺が、代理として立ちまわっているから心配しないでくれ」
以前から、父上が疎遠で国を留守にしていたり、母と二人で馬乗りして遠出をしている間は、俺が国王代理として国を回している時があった。
国王代理なんて大それたことを言ったが、中身は普段と変わらない父上の補助的な役回りが大多数だ。書類の整理だったり、届けられた手紙に目を通して返信を書いたり、時々ではあるが暇を持て余した双子の面倒を見ながら執事と会話をした時もあった。
隣国からの脅威にさらされたこともあったが、それに関しては母親譲りの知識と父親譲りの軍略を駆使して撃退したことだって両手で数えるほどにある。
だからこそ、こういう緊急時にも冷静な判断を欠かさずに立ち回れているというのもあるわけだ。一人ひとりに声をかけていき、皆が安心したような声色を口にするのを確認してから……俺も遅れて城へと戻っていった。
♪
城に戻り、速足で俺は両親が運び込まれた部屋……二人の寝室へと足を向けた。
忙しなく開く扉の音に、反応を示したのは両親の顔を覗き込んでいる双子だ。
「兄上ぇ……」
「父上と母上、大丈夫だよね?」
眉間にしわを寄せた状態で、安心材料が欲しいことを訴えてくる二人に俺は小さく息を吐く。
双子の横には、一人の老人が聴診器片手に俺へと視線を向けてきた。彼は、俺が幼少の頃から世話になっている医者だ。
「……容体はどうなんだ?」
「日頃の疲れが溜まったかとは思いますが、ここ最近は定期的に休まれてましたから……ここにきて急に倒れられるなんて、異常ですね」
昔から世話になっている腕利きの名医の言葉に、俺は嫌な汗をかく。こんなこと、今まで起きたことがなかったからだ。
「原因は分からないのか?」
「今は何も……原因解明に全力で当たりますので、暫しお待ちいただけたらと……」
「……そうか、頼む」
それだけ言い残し、双子を連れて部屋を出ようとした矢先のこと……慌てながら執事が部屋へと入ってきた。
「失礼いたします、アスク王子。お客様がお見えです」
「客? 今日はそんな予定はなかったはずだ、父上も母上も同様にな」
「そうですが……緊急を要すると伺ったので……」
焦りの色を出す執事に、俺は小さく首を傾げた。
唐突に来客が来るだなんて、今まで何度もあったことだし事ある毎に執事やメイドが断りを入れて後日改めるよう手筈を整えることが多かった。なのに、今回はそうしていないということは……特別なことが起きている証拠だ。
「ちなみに、客人は誰だ?」
「はっ、記録の国・レコルドのロイエ王子になります」
「記録の国?」
ロイエ王子なら知っている、以前の王位継承権騒動の際に選挙を仕切るうえで先陣を切って力になってくれた人だ。
そんな人が、どうしてこのフレアルージュに……? しかも、記録の国に住まう者たちは王族や国民を含め特別なことがない限り外出はしないと聞いていた。
だからこそ、こんな場所にロイエ王子が足を運んでいることが不思議で仕方がない。
ひとまず、俺は執事に双子の面倒を見るように指示を出してから長い廊下を歩いていくことにした。
歩くこと暫くして、見えてきた客間の扉を開くと……そこには優雅に紅茶を口にしているロイエ王子が座っている。
「やあ、突然の訪問に驚いたんじゃないのかな?」
「それはまあ、そうですが……まさかロイエ王子直々にいらっしゃるとは思わず。どういったご用件でしょうか? あいにく父と母は……」
「原因不明の体調不良で、床に臥せっている……違うかな?」
「ッ!」
穏やかな表情とは裏腹のハッキリとした物言いに、俺は目を見開かせた。
両親が倒れたのはついさっきだし、そのことを口外するような家臣や民たちではない。だとしたら、その情報をどうやってこの人は手に入れたというのだろうか……?
「私がここに足を踏み入れた理由は、トロイメアの姫君とフレアルージュ王である君のご両親にとても深く関係していることだ。順序立てて話をしたい、暫く時間を貰えるかな?」
「……俺は構いません。お話を、お聞かせください」
向い側に置かれている席へ腰を下ろすと、タイミングを見計らっていたロイエ王子が一息つきながら……人差し指を立てる。
「唐突に聞くが、君はパラレルワールドという言葉を、聞いたことがあるだろうか?」
「パラレル……? いえ、初めて耳にします」
「パラレルワールド……つまり、並行世界という意味だ。ココとは違う、別の時間が流れているセカイのこと。もし、君の父・アポロ王が選挙に負けて即位しなかった場合。もし、アポロ王と王妃であるトロイメアの姫が結婚していなかった場合。もし、彼らの間に君たちのような子供が生まれなかった場合。もし……といった具合に、過去の出来事に"もしも"と思っていた結果が生まれた場合の時が流れているセカイが、実は君たちが知らないだけで存在しているのだ。その存在というのは、まるで小さな樹が成長する毎に枝を多く出すが如く、その道筋は多く存在している。その多く存在しているセカイの集合体……それが、パラレルワールドだ」
あの時、選挙戦で父上が負けていたら……このフレアルージュは廃っていく道しか残されていなかったかもしれない。でも父上が伯父たちに勝てたから、フレアルージュの戴冠式で無事に王位に立つと宣言出来たから、今の暮らしがあるといっても過言ではないと断言できる。
つまり、ロイエ王子のいう『もしも』という言葉から紡がれる有り得たかもしれない展開の先で流れている時間が存在していて……その時間は知らない場所で今も進んでいるということになるのだろう。
「パラレルワールドの存在は国家機密に当たる。レコルドの王族でも一部の人しか認知されていない事柄になるからだ。何故機密になっているかというと、今現在の私たちが過ごしている時間とは別の『次元』に第三者が介入してしまった場合、そこで起きた出来事は別の並行世界にも大きな影響を与えてしまうからだ。最悪な場合、命の危険にさらされる事例も少なくない」
カチャリ、と空になった紅茶のカップを置くロイエ王子は、ゆっくりと瞳を伏せていく。
「今回の、君のご両親のようにな」
「んなっ!!」
ロイエ王子が言わんとしていることを、理解することが出来た。つまり、パラレルワールドの一部で起きている『何らかの事件』のせいで両親の身に異変が起きているということだ。
「その証拠に……」
「ッ……!」
ス、とロイエ王子が指をさす。その先にあるのは俺の腕なのだが……その上が、うっすらと薄くなってきているのだ。
震えながら手の平を見つめると、本来なら見えないはずの彼の顔が……手の平越しに見える。
「こ、れは……一体……」
「無理やり、第三者の介入が入った影響が出てきている証拠だ。このまま野放しにしては、君や双子の存在自体が無いものにされてしまう」
「!!」
つまり、アスクという王子の存在自体が消滅することを指していた。
おいおい、冗談じゃないぞ……!!
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