Side アスク
いくつもの月日を過ごし、いくつもの季節をまたいできた……

父上と共に肩を並べて政務をすることにも、十二分に慣れてきたと最近感じるようになったと思う。今となっては『フレアルージュの王子』としての公務も順調で、ついこの間も長期の出張公務を終えてきたところだ。

今は公務先の報告書をまとめて作成している。


「今回の公務は、罪過の国だったな。どうだった?」

「いやー、監獄の見学とかがメインだったんだけど……それぞれの監獄の囚人とか、官吏をしている王子のキャラが、濃いというか……いや、分かってたけどさ……!!」


罪過の国には七つの監獄があって、数回に分けて各々が司る監獄についての解説やら罪人を連行するにあたっての現場など……いろんな場面に遭遇し、その度に王子たちの解説を聞かせてもらっていた。

一番解説が分かりやすかったのは、イラ王子の管理する憤怒の監獄とスペルヴィア王子の管理する傲慢の監獄だったかな……


「今回も充実した公務を終えたようだな、報告書が楽しみだ」

「あ、あまり期待とかしないでほしいなぁ……」


この部屋に二人きりということもあり、砕けた言葉で話す俺に父は気にする様子はない。

走らせているペンの音だけが響いてくる中、ふいに父が動かしていた手を止めた。


「この後、あの双子に俺のことを話そうと思ってな……」

「俺が随分前に聞いた、アレか?」

「そうだ」


俺が口にしたアレというのは、父上の生い立ちを始めとしたこのフレアルージュを渦巻いている情勢だ。

過去のことを思うと、ここまで民たちが活気に溢れ、親交を深めていく富豪や同盟を組んでいる国との交流もとても活気になってきた父上の実力は凄まじいものだ。時折、母の知識も借りながらこなしていると聞いたことがあるけれど、ほとんど父の実力であるのは変わりない。

今日までに歩んできた道のりを、あの双子に話そうとする父は、なんだか少し自信がなさそうにも見て取れる。


「そっかぁ、もうそんな時期になったんだな〜。あの双子がやんちゃになるわけだ」

「お前の比じゃないがな」

「えッ、それってさぁ……俺だけでも結構やかましかったってことか!?」

「かしましかった、と言っておくか」

「どっちも一緒じゃね!?」


ビシッと指を立てて抗議する俺に、父はケラケラと笑いながら……ゆっくりと椅子から立ち上がった。

ということは、今から話に行くってことか。


「父上、泣かないでくれよ?」


ニヤリと笑みを浮かべる俺に、父はフッとお返しとばかりに笑みを浮かべてくれた。


「お前の場合は不意打ちだっただけだ。そう何度も泣かされてたまるか」

「分からないぜ〜、子供って不意に真意を突くって母上も話してたからな〜」

「ハッ、どうだかな……」


それだけ言い残して、父はこの部屋から姿を消した。

たった一人だけになったこの空間には、静かに時計の音だけが響いていく……


「そっか、あの双子にも話すのか……」


そうポツリと呟き、羽ペンを横に置きながら天井を仰いだ……

今でも思い出せる……あの時の俺は、聞かされた言葉を半分ほど信じていなかったんだ。だけど、日が経つにつれて現実味を帯びてきて……俺にとっての父は、頼れる存在でもあり永遠の目標だと思えるようになったんだっけ。

あれは――確か、俺が初めてパーティに参加した日から数日が経過した、ある日のことだった……









折を見て、なんていう前置きと共に聞かされたのは……他人の昔話を聞かせるかのような、優しい声色で紡がれた一つの物語だった。

生まれながらにして炎を宿して育った一人の少年は、父や兄から警戒され、挙句の果てに呪いとも呼ばれる楔を打ち付けられたこと。その呪いと共に、国の中でも辺境ともいえる小さな領地で政務に励んでいる時に、一人の少女に出逢い、恋をして……子宝に恵まれたこと。

その子宝というのが俺のことで、物語の主人公ともいえる少年が父であることも……教えてくれた。

今でも信じられなかった……こんなに優しい父上が、周りから恐れられ、忌み嫌われてきていたなんて……

でも、なんとなくだけど……理解できたのかもしれない。

初めて足を運んだパーティ会場で、遠巻きに俺や母に向けられた好奇な眼差し……父上に対して、祖父や伯父が向けていた汚物を見るような眼差し……中には蔑みも混ざっていたような気がする。どうしてそんな居心地の悪いモノを向けられたのか、その真意が……やっと理解できたのもこの時だった。


「……話してくれて、ありがとうございます」


当時の俺が、喉から絞り出せたのは、この一言だった。

思っていた以上に壮大で、こうして俺の前に座っていてくれていることが奇跡のような気がしたから……


「先日の会場で抱いた疑問がなんだったのか、その理由を知ることが出来ました。それを知ったうえで、僕は僕の思うように……この国の王子として、僕なりに胸を張っても良いですか?」


小さな俺のその言葉に、父は嬉しそうに「勿論」と話してくれた。

父の隣に座っていた母も、同調するように頷いていたっけ……そんな二人を見て、ふとその時に思い浮かんだのは……いつもの光景だった。

美味しい料理を、三人で一緒に肩を並べて楽しく食べたり……休暇を取って家族一緒にピクニックに行ったり、些細なことでも楽しかったり嬉しいことがあれば笑ってくれる、優しい両親……

色んな情景が脳裏によぎりながら、俺はあの時……こう言ったんだ。


「あの……あのね、僕……父上と母上の子供で、良かったって思ったよ」


世間とか、情勢だとか、そんな難しいとこととか全く分からないケツの青いガキンチョだったけど、これだけは確かに感じた。


「父上がいて、母上がいる……この城、ううん、この家に生まれてよかった。あたたかくて、やさしくて……そんな父上と母上の手を握って、一緒に歩いていけるのが嬉しい。俺も一緒に、生きたいと思った。分からないことばかりな、足手まといだと思うけど……でもいつか、どんなに時間が掛かってもいつか……父上が誇れる息子になりたいんだ」


だって、俺は父上が大好きだから。

父上の背中を追いかけて、立派な王子になりたいから。

そう話したら、何故か父は驚きながら表情を変えることなくポロポロと涙をこぼしていたんだ。


「ち、父上、どうしたの? どこか痛いの?」


慌てる俺に、ようやく父は泣いていることに気付いたようで……優しく微笑む母に涙をぬぐってもらっていたのがとても印象的に残っていた。

どうして泣いていたのか、当時の俺は意味が分からなくて……訳が分からずワンワンと泣いてしまったのは別の話になる。

後々分かったことだけど、あの時どうして父上が泣いていたのか……あれは、痛みや苦しみから出てきた涙ではなく、俺の話を聞いて嬉しくなって流した涙だったんだ。









あの時抱いた気持ちは今でも変わらずに、胸の奥深くに抱きながら……追いつくか分からない父の背中を、追いかけ続けている。

時々、手合わせという名の炎のぶつけ合いをしているけど……父上に勝ったことがない。コントロールが格段に上昇している、と指導してくれてる精霊の国のフォイア王子に褒めてもらったから、今度こそ勝てると思っても……やっぱり勝てないんだ。

やっぱり、父上は凄いなぁ〜


「おっと、そろそろ夕食か……」


ふと時計を見れば、いつもの夕食時間に差し掛かろうとしていた。

今日の仕事は一通り終わってるし、報告書も最後にチェックするだけだから片付けても大丈夫だろう。大きく伸びをしてから、廊下に出てのんびりと歩いていく。それほど離れていない場所に、家族揃って食事をとっている部屋がある。そこに一足先に行って、父上たちを待っているのも良いかもしれない。

そう思いながら見えてきた部屋の扉を開くと……なんと、両親と双子が既に席に座っていた。向かい合っているのは分ったんだけど……


「やっぱり泣いてんじゃねーか!! 父上の嘘つき!!」

「ッ!」


カッと目を見開きながら叫ぶと、父だけでなく双子も揃って泣いているものだから……なんとなく展開が見えて手の平を額に当てる。


「……で、この状況はどういうことですか? 母上」

「んー、血の繋がった兄弟って侮れないよね〜」

「……はい?」


そう話す母上も、何故か涙目になっているし……この双子、どんな爆弾発言したんだ?


「なんで父上も母上も泣くのさー!」

「悪いこと、何もしてないのにー!!」


わんわんと泣き喚く双子に、俺は溜息をつきながら両手で二人の頭を撫でた。


「ハイハイ、お前ら落ち着け。父上たちは嫌な思いをして泣いてるわけじゃないから」

「だったら、なんで泣くの!? 僕ら、変なこと何も言ってないんだよ!?」


ボロボロと流れる涙が止まる様子を感じれないレオンに、無理やり涙を止めているサラが……大きく深呼吸した。


「わ、わ、私、たち……変なこと、言ってないよ」

「そ、そうだ!」


気を取り直すかのようなレオンの声と、ハッキリと言い放つサラの声が重なった。


「「父上がいて、母上がいて、兄上がいるこの『家』が、この"家族"を大好きになってよかったって、言っただけだもん! 僕(私)を"大好きだ"って言ってくれる人たちを、大好きになって良かったって言っただけだもん!!」」


ワンワンと共鳴するように騒がしく泣き続ける双子の言葉に、なんとなくだけど分かった気がする。

父上が涙を流す本当の理由……もしかしたら、好きだと話してくれる存在が……弱くも自身の背中を目指して追いかけてくれる存在が、こうして目の前に存在してくれていることが……言葉に言い表せないくらい、想像以上のモノを目の当たりにして……歓喜しているのかもしれない。

ずっと見下され続けていた、ずっと罵声を受けていた、ずっと軽蔑されていた、血の繋がった存在が居るとしても、その人たちから『家族』として接してもらったことがほとんどなくて……

そんな中、『家族』である俺らからの言葉が、想像以上に暖かくて……やさしくて……痛感したんだろうなぁ。


「父上も母上も、結構涙もろかったんだな。俺も人のこと言えねぇけどさ」

「「!!」」


真顔でそう言うと、二人は目を丸くさせ……顔を見合わせたかと思えば、何故か噴出した。


「子供に言われてしまいましたね、アポロ」

「なんて情けない……いや、たまにはいいだろう」


情けなくて構わない、家族の前くらい……気を緩ませても良いじゃないか。

そんなことを呟く両親は、近くに控える使用人に声をかけて食事が運ばれるのを待つ。その間に、泣き止まない双子を落ち着かせるのに手を焼かせることとなるんだけど……


(これも、家族の形……なんだろうな)


笑顔で溢れ、泣き声でも溢れて、それでいて優しい空間が生まれていく……

嗚呼やっぱり、俺は何度もこの二人の子供で良かったなって痛感するんだよなぁ〜
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