Side 姫&アポロ
この夢世界に降り立ち、執事のナビや一緒に旅をしてきた王子様たちに囲まれて旅を始めた。

ユメクイに怯える日々を送る人達を護る為に歩き出していくと、思惑が交差する壮大な物語が私たちを待ち受けていて、それに立ち向かう為に多くの手を借りてきて……

そして、ようやく私は――この大きな物語に終止符を打つことが出来たのだ。ユメクイは、完全に消滅したわけではないけれど……その数は日を追うごとに減っていってると感じる。

旅の目的が果たされた……そして私は、瞳を閉じて脳裏に浮かぶ『彼』の元へと行くことになった。

鏡紅の国・フレアルージュ――

今日は、私だけでなくこの国に住んでいる人たちにとっても大きな出来事が起きようとしている。


「わぁ〜、すっごい綺麗だよ〜!」


目をキラキラと輝かせているヒナタに、私はふわりと笑みを浮かべた。

用意された控室には、私を始めとした長い旅を共に歩んできた仲間たちが集まっている。


「ありがとう、そう言ってくれると着付けしてくれた人たちが喜ぶと思うよ」

「なーに言ってるのよ、元が良いから綺麗に磨きがかかってるのよ。胸を張りなさい!」


バシッと私の背中を叩いた白葉さんは、まるで自分の事のように嬉しそうだ。「流石プロね、お化粧も姫に合うよう薄く塗ってあって更に素敵よ」と話をしながら、今度はポンポンと私の肩を叩く。


「今日という旅立ちを記念して、マイスウィートにはこの絵を贈呈しよう! 高価な額縁に飾るがいいよ!!」

「それでは額縁が可哀想なのでご遠慮されますよ」


胸を張って一枚の芸術作品を差し出すメディさんに、ルークさんがいつものように溜息をつきながら作品を横から取り上げた。その行為に、メディさんが「ルーク!!」と涙目になりながら追いかけて行って口論を始めてしまったようだ……


「馬子にも衣裳とは、正にこのことだな」

「…………」

「おい、なんか言ってやったらどうなんだ?」

「うっせぇ……」


腕を組んでいるカイリさんに、どう反論しようか言葉を選んでいると……目を及ばせているアヴィが、どう口を動かそうか困惑しているのが分かる。

それは多分、私の着ている服にも原因があるというのはすぐに気付くことが出来た。


「初めて出会って、旅を始めたのが昨日のことのようね……あれから、随分経ったのが嘘みたい」

「そうだねー、しかも……姫ちゃんのこーんな綺麗なドレスまで見れちゃうなんてさぁ〜」


「僕の為に着てほしかったけどね!」というヒナタの言葉が見え隠れしているようで、私はクスクスと笑う。


「それに、今日から姫と呼べなくなってしまうのが……なんだか寂しいですね」

「そうだね〜」


しみじみと話すルークさんとメディさんに、ゆっくりと瞳を閉ざして顔を下へと向ける。

そう……私は今日、この場所で新しい旅立ちをしようとしているのだ。トロイメアの姫から、フレアルージュの后として――


「まさか、アポロ王子から猛烈アタックを受けて、そして姫が了承しちゃうものだからビックリしたよー!」

「旅を終えて、この場所に戻ってこれた日……家族になろうって約束まで交わしてるんだもの、驚きの連続よ!」


そう……きっかけは、指輪から彼を開放した時。旅の最中、仲間と共に遭遇していたいつもの人助けだったけれど……こんな何気ない出来事から、すべてが始まっていたのだ。

彼……アポロと出逢ってから、当初はとても話し合いなんて出来ないと思っていた。でも、関わりを持つに連れて……彼の胸の内に秘められた夢や願いを聞く機会が増えていって、ふと気付けば惹かれていた。

不安定に揺らめく消えることのない、神々しく燃え続ける炎……お城で働く人や、城下に住む民をも包み込んでしまうくらい気高く気品あふれる王子に……私は一目会った瞬間に恋をしてしまったのかもしれない。今、そう思うんだ……

ワイワイと皆と話で盛り上がっていると、コンコンッと扉をたたく音が聞こえてきた。


「姫様、もうじきお時間です。ご準備をお願いします」


一礼して入ってきたのは、城に仕える着付け人だ。その人の声に、皆は私からゆっくりと離れていく。


「それじゃあね〜!」

「会場でお会いしましょう」

「マイスウィートの晴れ舞台、こうして見れることが光栄だよ!」

「胸を張って、まっすぐ前を見るのよ!」

「じゃあな」

「…………」


それぞれ、名残惜しそうに私へ言葉を残してから部屋から姿を消していく。ついさっきまで賑やかだったからか、急に静けさが訪れて寂しく感じてしまう……


「もうすぐ、なんですね……」

「はい。会場でアポロ王子がお待ちですよ」


優しく、穏やかに話をしながら……私は手渡された純白のブーケを受け取った。







きっかけなど、当の昔に忘れてしまった。

指輪から目覚めると、目の前にはひ弱そうな女が祈るように手を合わせている姿が目に入ったことだけは憶えている。しかも、その女が行方知れずと耳にしていた夢王国・トロイメアの姫だというから酷く驚いたものだ。

驚くと同時に、興味を持った。俺がなにか言葉を発しようとすると身を縮み込んでしまうような、俺とは無縁の優しさを持つ姫という存在に……

こんな小さな好奇心のようなものではあったが、今思えばここから始まっていたのかもしれない。俺と姫の関わりが、彼女に対する興味が……そして、一人の女として恋をしていくことが……


「緊張されているのですか?」

「ッ!」



声をかけられ、ハッと我に返る。

俺は今、辺境の地でもある俺が治めている土地の中で一際大きな式場の中にいた。客席には、国に住まう民を始めとした来賓で溢れ返っている。来賓のほとんどは、姫が旅先で指輪から解放された王子たちだ。中には顔見知りの奴もいるが、後であいさつしに回るとしよう……

ふと、声をかけた主へと顔を向ける。


「緊張、か……していないと言えば嘘になる。こんな俺が、誰かと『家族』になれることが出来るなんてな……」

「姫様を泣かせたら、ただじゃ済みませんからね!」


そう話すのは、姫の執事をしているナビだ。今回の牧師という役割を、奴が担うこととなっている。


「アポロ王子の噂は、風の便りでよく耳にしていましたし、姫様からもお伺いしてました。此度の婚礼も、当初は泡沫の国・アフロスで行うとばかり思っていましたが……」

「姫たっての要望だ、お前の気持ちも分かっているだろう。彼女のことだからな」


そう、本来ならば泡沫の国・アフロスで神に祝福を受けながら挙式をするものだと誰もが信じて疑わなかった。だが姫はそれを拒み、俺が治めている土地にある年季の入っているこの教会での婚礼の儀を希望したのだ。

恐らく姫のことだ、城下の民と近い場所で顔を合わせることが出来るこの場所を気に入って話を持ち出したのだろう。


「僕は、幼少の頃からずっと姫のことを見ていました」


ポツリと、俺の耳にしか届かないような小さな声で……ナビは語り始める。


「無邪気で、明るくて、何事にも真っ直ぐで。善悪の区別だって分かっていながらも、割り切ることができない甘い考えを持つ大事な姫様。それでも、国のことを第一に考えて突き進むその姿は、ユメクイの脅威に晒された世界にとってたった一つの光だった。そんな光が、僕がずっと大事にしてきた姫が……一つの宿り木へと身を寄せようとしている」


優しく、穏やかに話しながら、ゆっくりと尻尾を振るうナビの姿は、一介の使用人というよりも妹を見送る兄のような面影があるように感じる。


「僕にとっても、共に旅をしてきた仲間にとっても、姫様は大切な仲間であり……時には家族の様に寄り添ってきた大事なお方。だから、倖せにしてください。絶対に」

「ああ、フレアルージュの王子として……そして遠くない未来にフレアルージュ王になる者として、彼女を倖せにする。必ずな」


物心ついた頃から炎を宿したことを皮切りに、親から愛情と呼ばれるものを受けてこなかった俺だが、不器用ながらも愛していきたい。気高く強い、優しさに溢れている姫を……大切にしていきたいのだ。

そう思っていると、離れた場所から重々しく開く扉の音が響いてきた。すると、周囲から聞こえていた雑談が一瞬にして消えていき視線を後方の扉へと注いでいく。


「!」


そこから現れたのは、純白のベールに身を包むトロイメアの姫だ。

身なりを整え、ウエディングドレスからグローブまで真っ白に染められている彼女はとても神々しく見える。彼女が……今日から俺の后となるのが、まるで夢の様だと……柄にもなく思ってしまう。


「姫様、とてもお似合いですよ!」

「ふふ、ありがとう。ナビ」


嬉しそうに尻尾を振るう執事に、姫もまた嬉しそうに頬を綻ばせている。俺の横に並んだ彼女は、胸元まで上げて手にしているブーケを少し下ろしてから視線を上げてきた。


「アポロも、とても素敵です」

「当たり前だ、この俺を誰だと思っている?」


この日の為に用意した、姫の隣に並ぶに相応しいものを用意したのだ。クリーム色の高価な生地に金箔をまぶし、マントには国の紋章を施している。


「未来のフレアルージュ王にして、私の旦那様……ですよね?」

「分かっているではないか」


お互いに笑みを浮かべ合っていると、コホン、と咳払いをする執事の声が聞こえてきた。

そして、その音を合図に婚礼の儀が始まりを迎える。




全ての始まりは、ユメクイに襲われるという失態を犯したことだった。だが、それをきっかけに姫の手で指輪から目覚めることが出来、彼女と出逢うことが出来たのだ。


いつしか、関わりを持つ回数が増えていき……互いに理解し合える仲にまで発展していくなど……誰が予測していただろうか?


こんな俺が、フレアルージュの王になることを掲げながらひた走り続けていたこの俺が……恋の一つなど無縁だと思っていたというのに、姫と出逢えたことでセカイが広がるなど想像すらしていなかった。


気高く、強く、そして呆れてしまうくらいの優しさを持つ彼女へ抱く想いが、恋だと気づいたのはいつだろう?


……いつだって構わない、きっかけなんて今となってはどうでもいい。今この場所、この瞬間……こうして俺は姫と肩を並べ、夫婦となるべく儀を受けている。


この先、何が起きようとも……俺なりにお前を愛し抜こう。だから、どうかお前も……こんな俺を愛してくれ。時には喧嘩もするだろう、時には勘違いだって起こすだろう……


どんなことが起きようとも、俺から離れていくことなど断じて許さん。そして俺は、お前を手放してやらんから……覚悟しておくことだな。




誓いの口づけを交わし、周囲から祝福の拍手を受けながら……俺たちは両手を広げで抱きしめ合った。

今この瞬間が、本当に倖せで……これから先に待ち受ける未来に、穏やかな気持ちで想いを馳せることができるから――



 
prev / next
(1/1)
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -