Side 姫
鏡紅の国・フレアルージュ、蒼の月――

年に一度、この国では大々的な祝いの色で包まれる。それは、この国を治めている王の生誕祭が開かれるからなのだが……今年だけは、その催しも更に力が入ってきていると私は思っていた。


「姫様、辛くない?」

「大丈夫よ」

「おっきくなったねー」


定期的に訪れている城下で、子供から大人まで顔を合わせた住民が輪になって私の周りを囲っている。皆それぞれ、視線の先にあるものに対して私は頬を緩ませた。


「姫様、出産はもうじきでしょうか?」

「いつ生まれてもおかしくないらしいのですが……なかなか出てくる気配がなくて」

「あら、随分と甘えん坊な子ですね。生まれた後も大変そうだ」


そう……皆の視線の先、それは私のお腹に芽生えた小さな命がいつ陽の目を見るのか待ち侘びているのだ。この夢世界に飛ばされて、不安な気持ちを抱きながらも旅を続け、その最中に出逢って恋した王子の子を持てるなんて、思いもしなかったわけで。

こんな私が一児の母になることに、不安な気持ちがないとも言い切れない。


「……姿が見えないと思っていたら、こんな所に居たのか」

「!」


民と話している最中に聞こえた声と、背後から伸びてきた手が私を包むように抱きしめるのはほとんど同じだった。私を捕らえる手にそっと触れながら、ゆっくりと顔を上げる。


「外の空気を吸いながら、皆さんとお話がしたくて……心配をかけてしまいましたか? アポロ」

「その身体は、お前一人のモノではないのだぞ。分かっているのか?」


少々不機嫌そうに話す彼の横顔は、我が子の誕生を一番心待ちにしている父親のようだと思う。「さっさと出て来い」と言いながら私のお腹を撫でる姿に、周りの皆も暖かい眼差しで見守ってくれている。

嗚呼なんて、暖かくて……優しい気持ちにさせてくれる空間なんだろう……







皆さんに見送られ、アポロと共に城へ戻るとメイドさんや執事さんから気遣いの心を受けながら、二人で寝室へと向かった。

元々別室だった私たちだったけれど、自然とアポロの部屋で過ごす日が多くなってきたのを皮切りに彼の部屋を私たち二人の寝室にするようになったのだ。

窓際に置かれている長いソファへ腰かけ、窓から差し込んでくる陽の暖かさを受けながらお腹を優しく撫でてやる。そんな私に釣られるように、アポロも私のお腹を撫でてくれた。


「こんな状態なので、アポロの誕生日をちゃんとお祝いしてあげられなくてごめんなさい」

「構わん。お前は自分の心配をしていろ」


それに、と彼は言葉を続けてくれる。


「もうじき、俺には『家族』と呼べる存在が増えるのだ。俺よりも小さくて、非力だと話すお前が……俺との子を大切に腹の中で育ててくれて、その子供がようやく生まれてくるのだ。その子の誕生が、俺にとって掛け替えのない"プレゼント"だと思っている」

「アポロ……」


瞳を細め、そう話をするアポロの声色は、少しだけ心細いというか……何か気がかりなことでもあるような、本当に小さな引っかかりを感じる。それは、ずっと傍に居た私でないと気付かない小さなモノだ。


「だが……俺は、この子供を育てていけるだろうか……?」


私が問いかけるよりも先に、アポロの口からポツリと本音が漏れた。

何かを発しようとした口を閉ざし、彼の言葉の続きを待ってみることにする。


「こんな、親から忌み嫌われ続けていた俺が……姫と俺の子ではあるが、小さな一人の人間を育てていけるのだろうか……こんな俺が、子供を育てていく資格なんて、あるのだろうか……?」


今がとても倖せで、そんな一時の中で生まれた小さな命を前に、彼は酷く怯えている。

親から『愛情』と呼ばれるモノをほとんど受けることなく、生きてきた自分が……小さな命を育んでいけるのだろうか?

俺と同じように、周囲から忌み嫌われ不幸の道を歩ませてしまったらどうしよう……あられもないことで傷付き、大泣きしたらどうすれば良い? 生まれてくる子が、存在理由を見出せなくなってしまったら……

そうポロポロと、自然と流れる涙と共に紡がれた本音に私は小さく笑みを浮かべる。そして、彼の手をそっと握ってやった。


「ッ!」

「大丈夫ですよ」


このフレアルージュの王となるべく、堂々とした立ち振る舞いをして皆を導く太陽のような存在の彼が……私の前でしか見せない"弱い部分"に、寄り添うように私は言葉を口にしていく。


「生まれてくる我が子が、一人の人間であると理解しているアポロなら、大丈夫です。私たちが生きてきた中、嬉しかったこと、哀しかったこと、怒ったこと……それらを忘れなければ平気ですよ」


子育ては、私だって初めてなんだから。今までずっと、孤独で誰にも話すことが出来ないまま辛い日々を続けてきた貴方だからこそ、そんな辛い想いを私たちの子供に与えないようにしてあげよう。

良いことをしたら、たくさん褒めてあげよう。泣いていたら、どうして涙を流しているのか理由を聞いてあげよう。怒っていたら、その"怒り"が生まれた理由を聞いてしっかりと理解させよう。悪いことをしたら、どうしてそれが"悪いこと"なのかしっかりと教えてあげよう。

沢山抱きしめて、沢山触れ合って、沢山話をして……そうやってお互いに歩み寄りながら、育てていければ良いんじゃないかな。


「……俺は、一生お前に頭が上がらないのだろうな」

「え? どうして……」

「それくらい、お前なら分かるだろう」


彼の言葉の意味が分からなくて、首を傾げる私を何故かアポロは面白おかしく笑って見つめていた。

どんなに強くて、頼り甲斐があって、恐いもの知らずだと言われている彼だけど、こういう二人だけの時にしか見せない表情(カオ)を私に見せることでバランスを保てているのかもしれない。

そんな心の不安定を支えてあげられる存在に、私はなれていますか? 傍で寄り添えることしかできなくて、ちゃんと力になれているのか時折不安に思うこともあるから。

これはずっと、アポロの隣に立ち続ける私が一生抱えていく疑問になるんだろうな……


「……生まれてくる子、男の子でしょうか……それとも女の子でしょうか?」

「どちらでも構わん、俺と姫の子であることに変わりはないのだからな」


優しく降り注ぐ太陽の光を受けながら、触れ合う手を動かして指を絡めあいながら……私たちはそっとキスを交わした。優しい陽の中で、お互いに添い遂げていこうと心に誓いながら。







それから数日後、アポロが誕生日を迎えたその日……私は無事に子供を出産した。元気な産声を上げる男の子で、立ち会ってくれたメイドさんやお医者さんからは新たな世継の誕生に歓喜の声を上げていく。

アポロはと言えば、自身の誕生日と同じ日に生まれた我が子にどう気持ちを表現すれば良いのか困り果てていたのは言うまでもなく。そんな彼がおかしくて、つい笑ってしまったのは別の話になる。


「目元がアポロ様、頬の輪郭が姫様でしょうか……」

「今日は素晴らしい日になりますね! 祝いの料理にも力が入るというものですよ!」


執事さんやメイドさん、それに加えて料理長まで……皆さんがそれぞれの持ち場で、最大限にお祝いしてくれた。

そして私も、彼の妻として……一児の母として、夫であり一児の父でもあるアポロを迎えてこの先の未来に胸を膨らませながら話をするのだった。


「お誕生日おめでとうございます、アポロ」

「ああ、ありがとう……」


今日からこの日は、私たちにとっても民にとっても、とても大切な日となった――
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