武器の国へ
アンキュラでの任務から、早一週間が経とうとしていた。

報告書を提出しに行ったら、嫌がらせだと思えるほどの膨大な仕事をサイクスから押し付けられ、泣きながら処理をしたものだ。

息抜きと称したアンキュラの海へ足を運んでの読書も、全くできていない。ストレスが溜まる一方だ……!

一日一回はオリオンさんの顔を見るのが日課になっていたこともあり、彼の姿が見れないだけで少しずつ苛立ちが募っていく。ああ、もう! 私はサイクスの専属補佐になった憶えはないのにー! そんなことを胸の内に留めていた時のこと、ようやく書類地獄から解放された私は久しぶりの任務に足を運ぶこととなった。

向かう先は、武器の国・アヴァロン。周辺には強大なモンスターが出没することが多いらしく、そのモンスターに紛れて巨大なハートレスが暴れまわっているという情報が入ったからだ。

アヴァロンへ向かうメンバーは、私とザリス、そしてアクセルとロクサスとシオンだ。巨大なハートレスであること、そしてエンブレムが複数出現していることを見越しての人選だった。


「いつものメンバーで任務って初めてだね、アクセル!」

「そうだな、これだけ人数が居れば任務なんてパパッと片付けられるだろ!」


闇の回廊の中を歩きながら、嬉しそうな声を上げている栗色の髪の後ろで腕を組んでいるのがロクサス。

彼の隣を歩いている赤い髪を逆立てている彼はアクセル。


「ねえ、早く任務を終わらせてアイス食べよう!」


ニコッと笑う黒髪の女の子はシオン、私たちの中で比較的新しく入ってきた仲間だ。


「武器の国……どんなとこだろう」

「ハートレスだけじゃなくってモンスターとも闘わないといけないって考えると、私たちはモンスターをメインに相手した方が良さそうね」

「うん……」


口数が少ない茶髪の女の子・ザリスは、不安そうに話をしている。

私は拳を使った近距離的な攻撃方法を主体にしていることに対し、ザリスは弓を使った遠距離攻撃を得意としていた。

この子、弓の腕は凄いから機関の中でも一目置かれているの。マールーシャやサイクスみたいに近距離を得意としている人と組むと任務がはかどるからよく引っ張り出されている姿を見かけたことがある。


「お? 目的地が見えてきたみたいだな」


そう話すアクセルの視線の先に広がっていたのは、たくさんの人が往来している商店街のような場所だった。

並んでいる店は何処も武器を取り扱っており、剣や盾を始めとした武器と防具が数多く並んでいる。


「武器の国、納得」

「これだけあると、何を使えばいいか迷っちゃうね」

「なあなあシオン、あれレクセウスが使ってるヤツみたいだな!」

「あ! 言われてみれば! ハンマーみたいな大ぶりの剣だね!」


機関員の持つ武器は、とても個性が出ているものばかりだ。

私はこの拳が武器と言うこともあり、大々的な防具などは所持していない。ザリスは弓、ロクサスやシオンは鍵のような形をした剣・キーブレード、アクセルはチャクラムと呼ばれる投げ道具。投げナイフ、鎌、カード、楽器、盾、槍……他にもあるけれど、話しだすときりがない。

ロクサスやシオンは、初めて見る武器や防具に興味津々みたいで、彼らを見失わないように後ろから追いかけるアクセルがなんだか保護者のように見える。

そんな姿が微笑ましくて、笑みを浮かべていると隣で歩いていたザリスの動きが止まる。


「…………」


ザリスの視線の先にあるもの、それは弓を専門に取り扱っている店だ。


「ザリス、どうしたの?」

「少し、扱いにくくて」


そう言いながら、彼女は普段使っている弓を手にしながら口を開いた。

彼女の話を詳しく聞くと、どうやら新調したいみたいだ。普段使っているだけあって、色々不便に感じてくる点があるんだとか。


「へー、君も弓を使うんですね」

「!」


背後から声をかけられ、私たちは驚いて振り返る。そこには、ザリス同様に弓を持っている男性が立っていた。


「弓の調子が悪いんですか?」

「う、ん……新調、したくて」

「なら、このお店の店主に話してはいかがですか? 僕も、ここの店主にはお世話になってるんですよ」


ニコリと微笑む彼に腕を引かれながら、ザリスは店の中へと入ってしまった。私は慌てながら後を追うと、店内には溢れんばかりの大小様々な弓が置かれている。


「ここは、このアヴァロンに隣接してる場所にあるアカグラという弓の製作技術に特化してる国の職人が滞在しているんです。あ、アカグラは僕の国でもあるんですけど、色んな弓の名手から愛用頂いてまして……」

「じゃあ、良い弓……見つかる?」

「君のお気に召すものが、必ずありますよ」


そんな話をしているザリスの横顔は、とても真剣そうだ。武器が新しくなれば、任務において優位に立てると思っているのかもしれない。


「――君のような小柄な女性には、この弓はどうでしょう? 小振りで対応しやすく、放たれる矢の威力はお墨付きです」

「ホント? 折角だから、それにする、でも……」

「あ、お代ですか? ここ出逢えたのも縁ですし、僕から贈らせて下さい。店主、良いですか?」

「ハッハッハ! アマノ王子が気に入った子だ、俺は全然構わないよ」

「私が、気にする……!」


あらら、どうやらアマノ王子と呼ばれた彼に気に入られたみたいね。親交を深めるということで弓を贈られたみたいで、ザリスがとても困り果てている。

助け船を出してほしいのか、瞳を潤ませながら私へと顔を向けてくる。


「名前……!!」

「ふふ、そうね……弓はいただきますけど、後日改めてお礼をしに着ます」


その時に、お代を払えばザリスも納得するだろう。


「お礼だなんて、僕は同じ弓を大事にする人とこうして会えたことが嬉しくて……受け取ってくれるだけで良いんだ」

「でも、それですと彼女の気が収まりませんから……改めて、宜しいですか?」


そう話をしている時だ、外からカンカンッと五月蠅く鳴り響く鐘の音が耳に入ってきた。

一体どうしたんだろう? そう思っていると、慌ただしくロクサス達が店に入ってくる。


「ど、どうしたの?」

「大変だよ名前! 外にモンスターが現れたんだって! ハートレスもいるみたい!!」

「分かった、行く」


切羽詰った口調で話すロクサスに、冷静に返事するザリスは私の手を引きながら走りだす。


「弓、ありがとう」

「ま、待って下さい!」


突然走りだす私たちに、驚くアマノ王子は慌てながら私たちの後を追いかけてくる。

こ、このままじゃマズい……! そう思っていると、前方に闇の回廊を開いているアクセルとシオンがいた。


「ここの門番、塀の向こうに通してくれねぇんだ。闇の回廊使って向こう側へ行くぞ!」

「さ、早く!」

「う、うん!」


用意された回廊に飛び込み、すぐさま外へと出た。城壁の外に出られたことを確認すると、押し寄せてくるモンスターの数に目を丸くしてしまう。


「か、数が多いね……」

「っかぁー、ハートレス……しかも厄介なエンブレム付きときたか、ロクサスとシオンを連れてきて正解だな。援護するから、遠慮なく暴れてこいよ!」

「よろしくね、アクセル!」


そう短く会話をすると、アクセルはチャクラム、ロクサスとシオンはキーブレード、ザリスは弓、私はいつも持ち歩いてる手袋を身につける。

そして、襲い来るモンスターやハートレスに向かって走り出してくのだった――







私たちが遭遇するハートレスは、大きく分けて二種類存在している。

自然発生する黒い生き物はピュアブラッド、雑魚敵と私たちは呼んでいる種類に当たる。所構わず現れるから何回倒してもキリがない。

胸元に見慣れない模様を身につけている生き物はエンブレム、私たちが所属している組織の目的に重要な『ハート』を所持しているハートレス。ピュアブラッドと比べ全体的に強い奴らが多く、倒すのも一苦労だ。

エンブレムの奴を倒すと、『ハート』が解き放たれる。私たちはそれを回収し、大きな目的……『人の心のキングダムハーツ』と呼ばれるモノを完成させようとしてるのだ。だけど、『ハート』を解き放つには特殊な条件がある。

その条件はと言うと、私やザリスが倒しても『ハート』は回収できないのだ。何処か別の場所に飛んでいき、新たなハートレスとなって出現してしまうから。でも、ロクサスやシオンの持つキーブレードを使えば、『ハート』を解き放ち回収することが出来る。この仕事は、ロクサスやシオンがいないと成り立たない重要な任務でもあるんだ。


「これで、最後!」


迫りくるハートレスをすべて倒し、多くの『ハート』を解き放つことが出来た。

空へと飛んでいく『ハート』を見つめていると、少し離れた場所からヒソヒソと内緒話が聞こえてくる。


「今日の名前、なんだか怖かったね……」

「アレだ、サイクスのせいで城に籠りっ放しだったからな……」

「運動、できなかったから。ストレス発散……できた、かな?」

「できたんじゃないかな」


おーい、皆の話は私の耳にバッチリ聞こえてるぞー。

そう思いながらハァ、と息を吐いていると背後にある塀の門が開かれるような音が聞こえてきた。


「プリトヴェン王子、カリバーン王子! あの者たちです!!」

「おっと、余計な人間が来そうだな。いつもの場所行くが、お前らは寄り道先があるんだったよな?」


アクセルの問いに、私とザリスは頷いた。ザリスの寄り道先は分からないけど、私は久しぶりにあの海を見に行きたい……!


「夕方になったら、いつもの場所に行くから。大丈夫」

「おう! シーソルトアイス買って、待ってるぜ」

「じゃ、またね!」


元気良く手を振るシオンたちと、私は別れた。これ以上人目に付くわけにはいかないし、捕まって話を掘り下げられたら面倒だから。

闇の回廊に飛び込んだ私は、そのまま真っ直ぐ……ずっと恋い焦がれていた海を見たくて走り出した。
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