Side 姫
鏡紅の国・フレアルージュ、蒼の月――

この日は、一年の中で一際賑やかになる。


「こっちの料理が足りないよ! もっと運んでくるんだ!!」

「花瓶に入ってる花のバランスが悪い! 誰だい、花を活けた人は!!」

「ねー、プレゼントは何処に置けばいいのー?」


城下の人たちが、フレアルージュの城を往来しながら大広間に大々的な飾り付けを施していく。

普段は一般の人の出入りを禁じる城内が解放されている大きな理由があるとすれば……


「アポロ王子、さぞや驚かれることでしょうね」

「私たちの王の生誕祭、こうして参加できることがなによりも嬉しいわ! ね、姫様」

「はい! それもこれも、皆さんのお力があってこそですね」


そう、私にとって"家族"と呼べるこの国を治める王……アポロの誕生日だからだ。

彼を祝おうと計画したのは家来の方々で、彼らの話が風の噂となり城下の人たちの耳にも届いたらしい。

盛大に祝い、アポロへの感謝を言葉や態度として贈りたい……そんな想いが、こうして一つの大きな形になろうとしていた。


「姫様、アポロ王子はいつ頃お戻りになりますか?」

「もう少しかと……近隣の視察だけだと話していましたから」


幸いなことに、アポロは外出していてこの場にいない。だからこそ、今が好機! と言わんばかりに多くの住民たちが集まって作業をしているのだ。

城を解放するよう指示を出したのは、言うまでもなく私だ。皆の想いを聞いて、私が賛同しないわけがない。

かくいう私も、調理場の一角を借りてケーキを作った。二人分の小さなケーキだけど、気持ちは目一杯込めたと自信を持って言える! グッと握り拳を作っていると、広間の出入り口である扉が開かれた。


「な、んだこれは……」

「アポロ様よ!」

「おい、クラッカー用意しろって言っただろう!!」


本日の主役が登場し、周りの皆が大慌てで袋の中からクラッカーを取り出していく。そして私の手にもクラッカーが握られ、誰かが「いっせーの……」と合図を出すと同時に……


―パンパンパーーンッッ!!


「!!??」

「お誕生日、おめでとうございます!!」

「アポロ王子、おめでとうございます!!」


広間に響くクラッカー音で目を白黒させるアポロに、皆がそれぞれ祝いの言葉を投げるのだった。







生誕祭を知った彼と共に、用意された料理を手にしながら肩を並べて食べていく。

城内のシェフでない、誰もが簡単に作れる一般家庭の料理に興味津々な彼がなんだか可愛かったな。子供たちからのプレゼントも受け取り、慣れないことの連続でとても慌ただしい。


「俺の誕生日を、これほど多くの奴らが祝ってくれるとはな……」

「良かったですね、アポロ」

「それもこれも、全て姫のお陰だな」

「わ、私ですか?」


特別なことなんて、今まで一度もやってきていない。

これまで色んなことがあったけれど、彼の背中を追いかけるのに必死だったことばかりだ。


「姫が俺に寄り添い、共に歩んでくれると話してくれた時から……いや、出逢った時からだろう。俺の知らないセカイを見せてくれた……力のないトロイメアの姫だと思っていたのに、惹かれ始めたのはいつだったか……今となっては、懐かしい思い出だ」

「アポロ……」

「父や兄から忌み嫌われ、この炎を操る力を恐れられ楔を打ちつけられ……目の前が真っ暗だったあの頃――こうして誰かが隣に立ってくれて、明るい未来を見ることが出来るようになると思ってもみなかったはずだ。だから、俺は今日という日を迎えられたことが、酷く嬉しいのだ。俺と"家族"になってくれた、姫のお陰だな。感謝する」

「……私も、とても嬉しいです」


空いている皿を手に、広間の隅に立つ私たちは城下の人や家臣たちの様子を見つめている。


「貴方とこうして並んで、笑いながら同じ時間を過ごせることが。長く共に居るからか……アポロのことだから堂々とする姿を見せているその姿は本当に素敵で……でも、その傍らでは酷く震えていたんじゃないのかなって思う時があります」

「震えている……?」


私の言葉の意味がいまいち理解できていない様子の彼に、私はなんとか言葉を紡いでいく。


「自分の生まれた意味が分からなくて、炎を操れるという理由で家族から忌み嫌われてしまって……途方に暮れたことだってあったはず。泣きたくなる気持ちを抑えたことだってあるかもしれません。そんな気持ちが見え隠れしている貴方だったから、無理やり婚約の話を出されても逃げることはしませんでした。その頃から、気になっていたからかもしれませんね」


アポロの堂々とした王子としての風格を目の当たりにして、やること全てが完璧で……そんな彼だから、次第に惹かれていったんだと思う。

利用されていようとも構わない、この人の隣に立ちたいと思ったのは……いつのことだろう。


「お前だったから……」

「?」

「根っこの部分が、誰もが馬鹿にしてしまうくらい優しい奴だと分かったから、気を許した結果だろう。相談もできず、打ち明けることのできない気持ちをずっと抱えていて……それらを預けるに相応しい女と出逢えた、それが堪らなく嬉しかったんだ」

「そう、でしたか……」

「姫……この先も、多くの壁や困難が立ちはだかっているはずだ。俺を支え、国を導けるのは姫しかいない。今後も、よろしく頼むぞ」

「……はい、"家族"ですから支え合うのは当然ですよ」


この先もずっと、貴方の隣に立つことが許されるならば……私は少しだけ背伸びしながら追いかけていきます。

道の先で両手を広げて私を待つ、孤高の王が居てくれてるのだから。


「生まれてきてくれて、ありがとう。アポロ」

「ッ……」


二人にしか聞こえない小さな声で、そっと囁くと……彼は目を見開かせて私の肩に顔を埋めた。

「お前には敵わん」と聞こえたのは、空耳ではないようだ。

小さく微笑みながら、配膳の人に空いた皿を預けると、ふいにアポロが顔を上げた。


「ところで、姫からのプレゼントをまだ受け取っていなかったな」

「ふふ、小振りになってしまいましたが手作りケーキを用意しました。今晩にでも、一緒に食べませんか?」

「嗚呼……それは良いな。その後の時間は、無論俺の腕の中で過ごすだろう?」

「え……」


な、何故だろう……酷く嫌な予感が……


「一つだけ、俺が欲しいと思うものがある。何か分かるか?」

「そ、れは……一体……」

「姫と俺の子供だ」

「!!?」


バフンッ! と顔を真っ赤にさせると、アポロさんは面白おかしくクスクス笑い出した。


「この城内を駆け回る城下の子供を見ていて思ったのだ、あまり良い幼少時代を送っていない俺だが……姫との間で生まれる子供は、不自由なく自由に育てていきたい、とな」

「アポロ……」

「今日は俺の誕生日だろう? 我が儘、聞いてくれるな?」


耳元で優しく囁く彼に抗う術など、私には存在していない。

頬に熱が溜まっていくのを感じながら小さく頷くと、アポロは太陽のように明るい笑顔を向けると同時に、私にそっとキスをした。

そして、生誕祭の後……月の光に包まれながら私たちはアポロの部屋で一晩の時を過ごすこととなる。炎のように熱い腕の中で、私は不器用だけど優しい彼の愛を一身に受けるのだった。



Happy Birthday

生まれてきてくれて、ありがとう。貴方に出会えて、とても倖せです――
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