ライブ当日、私とフロストさんはゲスト枠として出演することとなった。
最初はフロストさんが出て、その後を追うように私もステージに立ち今日のライブを締めくくるという予定だ。
まさか、ライブのラスト曲を任せられるなんて思ってもみなかった私は更に緊張してしまっている。
(わ、私……ちゃんと歌えるのかな……?)
心拍数が異様に高く、変に緊張しているせいか手が震える。
出番まで時間がある。まだステージ用の衣装を着ていないから良いけれど……いざ着たら更に緊張してしまいそうだ。
「おい」
「!」
目をグルグルと回していると、心強く優しい声が耳に入ってきた。
「俺以上に緊張しているな、大丈夫なのか?」
「ラ、ライブに立つのは初めてですし……大勢の人に注目されるのも、初めてですから……」
大きく深呼吸をして落ち着こうとしているけど、緊張に拍車をかけてばかりでほとんど意味がない状態だ。
「たかがこれしきのことで緊張してどうする? 俺の妻となれば、ここにいる観客以上の視線を受けることになるのだぞ?」
「ッ!」
「スノウフィリアの民たちに向けて演説することだってある、それの予行演習とでも思え。そうすれば、少しは気が楽になるだろう」
「フロストさん……」
嗚呼、これは彼なりに私を気にかけてくれているということだ。ありがとうございます……本当に、貴方は私の心の支えになってくれる人なんですね……
「そういうフロストさんこそ、緊張して失敗しないでくださいよ?」
「この俺がか? 愚問だな、多くの観客たちを驚かせてやろう」
一国の王子と姫が、ライブで歌を披露する……その話は瞬く間に広がり、会場には多くのお客さんが押し寄せているとスタッフの人から話を聞いたことを思い出す。
「頑張ってください。私、応援しています」
「ああ、俺の源は……いつだってお前の声援と支えだからな」
そんなことを言ってくれる貴方の気持ちと支えが、私の源です。なんて、恥ずかしくて応えられなかったのは別の話になる。
♪
ステージ用の衣装を纏い、姫を思い浮かべながら考えた歌詞は用意された曲と相性が良く満足いく仕上がりとなった。
観客からの熱狂的な拍手や声援は心地良いものだ。
(さて、とうとう最後の曲になったな……)
着付けがあるから、ということで俺がステージに上がる前に控室へと姿を消した姫の姿を思い出す。
緊張の塊だった彼女がどうなるのか、内心心配しながらステージを見守っていると……
「!」
眩い光に包まれて、壇上に姫が姿を現した。
いつも下ろしている髪を綺麗にまとめられ、うなじが露になっており水色一色のドレスを纏っている。ドレスの至る所に、雪の結晶の柄が入っているのは俺の見間違いではなさそうだ。
緊張の色は取れていないようだが、まっすぐと観客へと視線を向ける姿は一国の姫そのものとも言えるだろう。
『とうとう、最後の曲となりました。皆さんの前で歌を披露するのは初めてなので、間違えてしまうかもしれません。それでも、気持ちを込めて歌います。どうか、大切な人を想い描きながら聞いてください――』
――Eternal Love――
彼女が曲のタイトルを口にすると、曲が始まり姫の歌声が会場に響いていった。
時折手拍子も挟みながら聞こえる彼女の歌は、大切な人を想いながら……自身の弱い場所や恋い焦がれる衝動に駆られるのは、いつだってアナタだけなのだと……そう強く訴えられているようだ。
恋する一人の女のようにも見える姫に、俺は口元に笑みを浮かべる。
「この曲を選ぶとはな……、ライブが終わった暁には――」
俺の小さな独り言は、曲を締めくくったと同時に鳴り響く拍手によってかき消されるのだった。
♪
ライブは、大盛況のうちに終わりを迎えることが出来た。
ステージの熱気に包まれたスタッフたちから、お疲れ様、と声をかけられたり、ライブの大成功に興奮する人に囲まれ会話をしていった。
それはフロストさんも同様で、私と同じくらい大勢の人に囲まれて話に花を咲かせている。
(お疲れ様って、言いたいのに……)
これでは歩み寄ることもできないし、それに……何故だろう。ずっと傍に居た筈なのに、何故かフロストさんが遠くの存在に感じてしまう。
これ以上ここに居ない方が良いかもしれない、何故かそう思った私は今居る楽屋からそそくさと出ていくように早足である場所へと向かった。
その場所と言うのが……
「わぁ……」
そう、ついさっきまで立っていたステージだ。
しっかりと見ていなかったけれど、ここは想像以上に広い場所だったんだな……つい先ほどまで感じていた熱気と観客たちの声、そしてステージ上のフロストさんを思い返していく……
「こんな所に居たのか」
「!」
優しくて、私にとって慣れ親しんだ声。彼の声はよく響いて、私の心を掴むには十分な色気が込められてるように感じる。
「ライブ、お疲れ様でした」
「ああ。姫もなかなか良かったぞ、歌も素晴らしいの一言に尽きるだろう」
「そんなことは……」
たった数日で、素人同然だった私の歌が披露できるくらいまで上達できたのは……自分の頑張りもあるかもしれないけど……
(フロストさんと同じステージに立てることが嬉しくて、貴方のことを想っていたら歌が響くようになって……)
歌と言うのは、歌手の想いがダイレクトに伝わってしまうものだとレッスンを見てくれた女性から言われたことがある。だから、私が上手に歌が披露できたのは……フロストさんのおかげなのだ。
「それに……こうして、お前を身近に感じたくなってな。楽屋から出ていく姿を見て、慌てて追いかけてしまった」
「? 私は、いつもフロストさんの傍にいますよ……?」
「そうではない。あの時、スタッフの者に囲まれて話をするお前が……なんだか遠くの存在に思えてな」
「!!」
ポツリと、フロストさんが漏らした言葉に私は目を見開かせた。それは、ついさっき私が感じたモノと一緒だったからだ。
嗚呼そうか、想うことはなんでも一緒だということなんですね。
「大丈夫です、私はフロストさんから離れませんから。決して」
「ああ、それは重々承知していることだ。俺も、お前を手放そうなど思っていないからな」
「もし手放されても、追いかけますからね」
「ふっ、嬉しいことを言ってくれる」
ステージを見渡し、余韻に浸るのも満足したこともあり私たちは肩を並べてステージを後にした。
手をつないで歩いていると、控室が見えてきた。そうだ、着付けをしてくれた人が待ってくれているんだ。早く着替えなきゃ……
そう思って手を緩めたけれど、フロストさんが力を込めて握ってきた。
「? あの、着替えに行かないと……」
「行かせたくないといったら、どうする?」
「え……?」
「お前のその服、とても色っぽいな。俺の手で脱がしてやりたいと思っていたところだ」
「!?!?」
フロストさんの瞳が、一瞬のうちに飢えた獣のような色を帯び始めたことに気付くのに時間はそれほどかからなかった。
「露出は控えめにされているとはいえ、お前の色気に何人の観客たちが虜になったのだろうな? お前は俺の女だというのに……他の男を誘惑するとは、仕置きが必要か?」
「ま、待って下さい! そんなこと、私は……ッ!!」
「これ以上の言い訳は不要だ。大人しく俺の腕の中に囚われ、俺の色に染まっていけ――」
「……ッッ!」
その後、私たちはどうなったのか……それは言えるわけがなかった。
しいて話せることがあるとすれば、腰を抜かして真っ赤になる私をフロストさんが満足そうに微笑みながら横抱きにして歩く姿を何人かのスタッフが目撃し微笑ましい眼差しを向けていたことくらいだろう。
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