Side ウィル
やっぱり、ほぼ一日歩き回るのは相当疲れるよね〜。

少しだけ兄さんたちから離れてお手洗いから戻ると、僕のことに最初に気付いたのは万里だった。


「あ、ウィル監督!」

「お待たせ〜! って、あれ? 彼女は?」


手をひらひらさせながら早足で向かうと、一つの違和感に気付いた。

彼らの輪の中に、彼女の姿がなかったのだ。


「ああ、ウィルが離れてからすぐ彼女もお手洗いに行ったんだ。だけど……」

「ちーっとばかし、戻ってくるのが遅いなって思っててな! 探しに行こうか相談してたとこだ」


ん〜、成程ね。ここのテーマパーク、想像以上に広いし迷子になりそうだなって思ってはいたけれど……

お手洗いまでの案内板はいろんな場所に設置してあるから、迷う心配はない筈だ。


「僕が離れてからすぐって考えると、長すぎるね。女の子は色々お手入れとかに時間が掛るって聞いてるけど、僕らを長く待たせる性格の子ではないし……」


やっぱり心配だ……


「あの、皆さんで捜しに行きませんか?」


少しだけソワソワさせているジェラルドが、そう手をあげながら提案してきた。


「そうですね、僕等はテーマパークの地理は頭に入っているから問題ありませんが……彼女は初めて足を運んでいるわけですし」

「そうだな……だんだん暗くなってきたし、アイツ確か怖がりだろ? 手分けして捜そうぜ!」


……というわけで、皆で手分けして彼女を捜すこととなった。

個々に分かれ、主に自分の持ち場であるアトラクションを中心に捜すこととなりスタッフに声をかけていく。

まあ怖がりな彼女が、僕の主催するホラーレストランに足を運んでいるなんて考えられないんだけど……

――と、思っていたんだけどね〜。


「あ、姫様ですか? 30分くらい前ですが裏手の方へ行かれましたよ」

「へ? ホ、ホントに……?」


ホラーレストランで演出の最終チェックをしているバーテンダーに彼女のことを聞いたら、レストランの中に入っていったという情報を聞くことが出来た。

まさか、彼女がこの建物に? でも……いったい何故……?

「ああ、追いかけるのでしたら気をつけてください」

「?」

「彼女、足取りがおぼつかなくてフラフラしていましたから……何人かスタッフが声をかけていましたが、丁寧に断られていましたし……」

「そっかそっか、分かったよ」


おぼつかなくなるよ、ここはホラーの代表ともいえるミイラ男やフランケンシュタインのような本格的な仮装をしている人たちが往来しているのだから。怖くてフラフラしているに違いない……


「まったく、なーんでこんな場所に来るんだろうね」


そんなことをブツクサと言いながら、僕はレストランの裏手に続く道を歩いていく。

スタッフとすれ違いながら挨拶を交わすこと暫くして、ようやく見覚えのある後姿が見えてきた。


「あ、いたいた。こんな所に何しに来たんだい? 皆が心配して――」


普段通りに話しかけながら歩いていくと、目の前にあった彼女の後姿が……フッと目の前で消えた。


「ん〜?」


突然消えたことに驚いたけれど、明らかにアレは……


「どこかに設置してある投影用のライトだね。何かのイタズラかな……?」


映画撮影で使われる道具の一つであるとすぐに理解できた。でも、何でわざわざ彼女の姿を映したのだろうか……?

そう思い首を傾げていると、薄暗い廊下の先に今見た彼女の後姿が浮かび上がっていた。


「ふ〜ん……」


もしかして、僕を誘っている……?

誰がどんな理由で、なんて今は考えるのはよそう。一刻も早く、彼女を捕まえないと……


(こんな奥にある薄暗い場所……あの子が怖がるものばかりしか置いてないというのに……)


あの子のことだ……恐怖に囚われているに違いない。ああ! 彼女の顔を見れないことが残念であることは勿論だけど……


(何処の誰だか分からない奴が、彼女を怖がらせてるなんて……腹が立つなぁ……!!)


彼女の表情一つ一つを生み出していいのは僕だけだって言うのに……!

ムスッとしながら奥へ歩くこと暫くして……少しだけ広い空間へと出ることが出来た。ここは、確かかそうしたウェイトレスやバーテンダーたちが待機するために用意した場所だ。

そんな場所に、ようやく彼女が僕に背を向けて立っている姿が見えた。

投影機など使っていないところを見ると、どうやら本物らしい。


「こんなところで何やってるの?」

「! ウィルさん……? どうして……」

「どうしてって、君が居なくなって兄さんたちが大慌てでね。捜しに来たんだよ。まさかこんな所に居るなんて……」

「ごめんなさい……」

「謝るのはここを出てからでも遅くないし、兄さんたちを集めてから皆の前で――」


そう言いながら彼女の肩に手を置いて振り向かせる。その時、目の前に飛び込んできたモノに僕は目を見開かせたのだ。

会話をしている筈なのに、彼女の顔には口はおろか目もなくて……のっぺらぼうだったから。

一瞬思考回路が停止しそうになったけれど、少しだけ間を開けてから……ハァと盛大な溜め息をついた。


「何をやってるんだい……?」

「あたっ……」


諦めた溜め息を漏らしながら、僕は彼女の顔を両手で掴んでから引っ張り上げた。

スポンッ! と良い音と共に、彼女の顔が姿を現す。


「しかもコレ、仮装用のお面じゃないか。僕をからかっていたとしか思えないんだけど?」

「え、えっと……これには……」

「理由があるって? じゃあ、じっくりと教えてもらおうかな……」


薄暗い部屋、少しだけ軋んだ音……彼女が怖がるものばかり置いてある一室で、壁際まで追い詰める。

逃げられないように彼女の顔を挟むように手を置いてやれば、困り果てる姿が目の前で見れるわけで……


(へー、こんな表情も作れるんだ)


恐怖によって身を震わせる小動物のような顔が一番好きだけど、この顔もなかなか……

じわじわと問い詰めようとしたけれど、彼女はあっさりと白状した。事の発端は、僕が席を外している時のこと――






「はぁ? ウィル監督の怖がる顔が見たいだぁ??」

「はい! どうすれば見れるか、ご存知かと思って……」


一番最初に素っ頓狂な声を上げたのは、ジェットだったらしい。


「監督は血に弱いと聞いてますが……」

「そう言う怖がりと言うか、恐怖というか。そういうものとは別のもの、ということかな?」

「そ、そうです……!」


いつもいつも、会う度に驚かされてばかりいるからか……逆に僕を驚かせて、怖がらせたいと彼女が話を持ち出したんだとか。


「ウィル監督の怖がるもの……ホラー映画監督ということもあり、何をすれば怖がっていただけるか……」

「ぜんっぜん思いつかないな!」


お手上げ状態なのだろう、弱音に似た声を上げた万里とジェットに彼女は肩を落とした。


「ウィルが怖がりそうなもの……心当たりがないわけではないけれど……」

「! 本当ですか!?」

「テル監督、それは一体……?」


顎に手を添えた兄さんの言葉に、ジェラルドも食いつくように問うていく。そして、兄さんが言った言葉と言うのが……







「――君って、ことかな?」

「は、はい……どういう意味なのか、さっぱり分からないんですが……」


頭上に大量の疑問符を浮かべる彼女は、兄さんの言った言葉の本当の意味を見出せないでいるようだ。

僕はと言うと、今までで一番大きな溜め息を漏らしていた。


(ホンット、兄さんには頭が上がらないよ……)


流石としか言いようのない着目に苦笑いを浮かべると、僕は彼女の頬にそっと手を添える。


「ねえ、本当に分からないの?」

「は、はい……」

「そう。分からないから――」


分からせてあげよう、その身を持って……

愛おしげに彼女の唇を撫でてから、そっと僕は彼女にキスを落とした。触れるだけのものだけど、彼女のマシュマロのような柔らかい唇に翻弄されそうだ……

一体何が起きているのか分からないんだろうね、目を白黒させながらも僕からのキスに応じようとする姿は本当に可愛いの一言に尽きる。

そっと唇を放してやると、薄暗い部屋でも分かるくらい彼女の顔が真っ赤になっていた。


「僕が一番怖いと思うこと……それは、君が一番大きく関わっていることさ」

「それって、どういう……?」

「僕の前から、君が消えてしまうことだね。怖がる君の姿は、僕の創作意欲を掻き立ててくれることは勿論だけど……それだけじゃなくって、色んな君の表情を見るのが好きでね」


怖がっているだけじゃない、驚いた顔だって、笑う顔だって、照れた顔だって……もっともっと、君の表情が見たい。

恐怖に染まる顔が一番好きなのに変わりはないけれど、それだけじゃ足りないと思うようになったのは何時のことだろう……


「僕の手で生み出される、君の表情(カオ)が好きなんだ。他の誰かの手で生み出されたものじゃない、僕の手によって、僕の為に生み出してくれた表情だよ。それが見れなくなってしまうこと……つまり、君が消えてしまうことが、僕にとっての一番の『恐怖』だから」


だから、どうか……僕の前から消えてしまわないで。君がいなきゃ、僕はダメになってしまいそうだ……

空いている片手を彼女の腰に回して、そっと抱き締める。この腕の中から消えてしまわないように……居なくなってしまわないように……少しだけ力を込めて抱き締める。


「ね? これで分かっただろう?」

「は、はい……」

「瞳を閉じれば君のことばかり考えて、他の誰よりもここに君が足を運んでくれたことに喜んでいるのは僕で……四六時中考えることは君ばかりでさ……そういう行為に陥ってしまうことを、兄さん曰く『恋』だって聞いたことがある」

「! つ、まり……ウィルさんは、その……」

「そ、君に恋をしているということ。好きで好きで仕方ないってことだね」


嗚呼、こんな状況で自覚するなんて……我ながら驚きだよ。

僕は、君のことが好きなんだ。誰かにとやかく言われようとも構わない……この気持ちは、嘘じゃないから……


「ねえ、君は? 僕のこと、どう思ってるの?」

「わ、たしは……」

「ねえ……教えて?」


今までの僕から想像できないくらい、低く囁くような声を出す。

恐らく、今の僕は怖がっているのかもしれない。君の口から否定の言葉が出てきたら、本気で立ち直れそうにないと思ってしまっているのだから。


「…………です」


蚊が鳴くような小さな声だったけれど、僕の耳にはハッキリと聞こえた。僕だけに囁く、愛の言葉……

だけど、これだけじゃ足りない……


「もっと、大きな声で。小さすぎて聞こえないよ?」

「う、嘘……! 絶対聞こえて――」


反論しようと動く唇を、もう一度僕の唇で塞ぐ。

開かれた口に舌を入れ、彼女を味わうように舌を絡ませ、口内を堪能していく……突然の行為に驚いている彼女は、目を白黒させながらも僕の行為を受け入れてくれてるようで、その行動一つに心が満たされていった。


「好きな人が、目の前からいなくなる……これほどまでに恐怖に蝕まれる要素は何処を探してもない。そうだろう?」

「は、い……それじゃあ私は、一生ウィルさんの怖がる姿が見れない、ということですね」

「そういうことだね。それは君も同じだと思うけど? 心の奥底から生まれる恐怖……僕を失う空虚感は、計り知れない筈だ」

「それは……ッ」

「ま、それは僕も同じだからね。それじゃ、兄さんたちの元へ行くとしようか」


ニッと笑みを浮かべながら、彼女を横抱きにして歩き出す。

キス一つで翻弄されて腰を抜かすなんて、本当におかしくて可愛いんだから……!


「私が好きなら、これ以上怖いことをするのは……やめてくれると、嬉しいんですけど」

「んー、それはどうかな〜」

「え……ッ!」

「だって、君の怖がる顔が一番好きなんだもの。さっきみたいな恥じらう姿も捨て難いけど、やっぱり怖がる君の顔はいつだって見たいからね。だから、諦めてね?」

「……お手柔らかに、お願いします」


ニコニコと笑顔を絶やさない僕に、半ば諦めたかのような溜め息が聞こえたけれど……気にしないでおくことにしようかな。

一時はどうなることかと思ったけれど、予想外の出来事が起きたことで僕の機嫌は最高に良い。大好きな君を手に入れることが出来たからなんて、口が裂けても言わないよ。





翌日、兄さんを始めとしたいつものメンバーを僕が指揮するホラーハウスに半強制的に招待して恐怖に染まる声を上げてもらうことになるんだけど……それはまた別の話になりそうだ。

だって、僕に内緒で彼女を巻き込んだイタズラをした罰だよ。これくらい、当然受けてもらわなくちゃ!
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