俺が王となってから早数ヶ月、国内の情勢は少しずつではあるものの回復傾向になっている。
城下へと足を向ければ、重税で家を差し押さえられていた奴らからの近況報告を聞くようになった。多額で停滞させていた税の納付も、少しずつではあるものの払ってくれているようだ……俺が国を治めるようになってから、今まで以上に暮らしやすくなったと直接声を投げてくれるものも少なくない。
店を経営している者からは、特産品に関する提案をいくつか受けた。元々創作意欲が強い我が民だ、手元にあるものに上手く手を加えて何処にもないオリジナルの料理やアクセサリーを生み出しているらしい。近々どんなものが出来たか様子を見に行くという約束も交わしてきた。
農業を営んでいる者からは、ここ暫く実りが悪くなっているという報を耳にしていたな。そのことを妻に相談してみれば、面白い話をしてくれたことを思い出す。同じ作物を、同じ場所で繰り返し育て続けると土地が衰えてしまうという現象が起きるのだそうだ。
その現状を打破するべく、取り入れたのが……農家が処分に一苦労しているという動物たちの糞を始めとしたものになる。それらを上手く利用し、肥料として活用していったところ……驚くことに実りは想像をはるかに超えたものになった。
これには流石の俺も驚いたものだ……まったく、我が后の考えは常に俺を刺激して止まんな。
民のことを誰よりも大事にし、自分のことのように喜んだり、困ったり……表情をコロコロと変えていく、俺が愛した女。
そんな彼女との間に、三人も子宝に恵まれるなど……昔の俺は想像も出来なかっただろう。后や子供たちに支えられながら、やっと手にしたフレアルージュの王という立場……この地位を保っていく為に、更に奮闘させなくてはいかん。まだまだ解決させたい案件は山のようにあるのだから……
「――そろそろ帰るとしよう。長居をしてすまなかったな」
「いえいえそんな、我らが王を快く迎え、もてなすのが我らの務めのようなものですから。お気になさらないでください」
他国との交渉を生業にしている奴らとの話が、意外にも長くなってしまった。ふと外を見ると、明るかった空がゆっくりとオレンジ色に変わろうとしている。
「今後も、より良い交渉を進ませていきます。その際に手に入れた珍しい代物などは、王へ献上させてください」
「無理に献上せずとも良い。気が向いたらで構わん」
「そうお話をしてくださる王だからこそ、我らは献上したいんですよ」
穏やかに、優しい声色で話す商人と話をしてから、俺は馬に跨り歩みだす。そろそろアスクも今日の視察を終わらせて戻っているだろう……早く帰らなくては。
そう思いながら、傍で仕えている兵たちを連れて城へと真っ直ぐ帰還するのだった。
♪
城へと足を踏み入れた際、小さな違和感があった。普段なら出迎えてくれる我が后と双子の姿がなかったのだ……
いや、三人だけではない。執事にメイドたちの姿もないのが気になるのだが……仕事に明け暮れているというのだろうか? 下手な重労働は体の負担をかけてしまうからやめておけと、何度も言っているというのに……
父や兄からの重労働に慣れきってしまった者たちを律させるのにも、想像以上に時間が掛かったなと思いながら広間の前までやってきた。中から賑やかな声が聞こえてきたこともあり、首を傾げながら扉を開くと……
「!?」
部屋に鳴り響くクラッカー音が想像以上に大きくて、目の前を飛び交う紙吹雪やテープの雨に目を白黒させてしまう。
一体何が起きたのか、頭が真っ白になる俺の足元へと駆け寄る小さな存在は勢いに任せて俺に抱きついてきた。
「父上!」
「お誕生日、おめでとうございます!」
「たん、じょう……び?」
一瞬、何を言われたか理解できなかったが……ようやく俺の思考は正常に動いてくれたようで、目の前で起きている出来事を理解していく。
広間には見慣れない飾りが施され、部屋の片隅にはプレゼントであろう梱包されている大小さまざまな箱が山のように積まれ、部屋の中央にあるテーブルには豪華な料理が並んでいる……
「嗚呼そうか、今日は俺の誕生日だったか。仕事が忙しくて、すっかり忘れていた」
毎年、胸躍る特別な日。忌み嫌われ続けてきた俺を、子供たちを始めこんなにも多くの者たちが祝ってくれるという現実……
嗚呼なんて――倖せな瞬間なのだろう……
子供たちを抱き上げながら、部屋の少し奥で様子を見守ってくれている妻へと歩み寄ろうとすると……俺の後ろから重い足取りのアスクが、遅れて戻ってきた。
「た、だい……ま……」
「「兄上!?」」
疲れがたまっているからか、広間に入ると同時に崩れるようにして倒れたアスクに、双子が腕の中で驚きの声を上げていく。
ふと見ると、アスクは大量の紙袋を手にしているようで……その重みに耐えきれずに倒れたのだとすぐに理解できた。
「なんだその大量の荷物は……」
「ああ、私の方から説明します」
アスクの護衛として行動を共にしていた兵が、倒れた息子に代わり俺に経緯を話していく。
視察は順調に進み、城下の近況も理解できたところで帰還しようとした際……民たちに呼び止められ、大量にプレゼントを手渡されたのだそうだ。今日が自身の誕生日であることをすっかり忘れていたアスクは、目を白黒させながら一人ひとりからプレゼントを受け取っては一言残していったらしく……気付けば、膨大なプレゼントの量になり城まで運ぶのに兵たちの力も借りながらなんとか持って帰ることが出来たらしい。
「一人ひとりに対する配慮、必要以上に気遣いを心掛け、最後のトドメにこのプレゼントの量か……俺が想像している以上に、アスクも民たちからの信頼を得ているようだな。父としても、王としても、嬉しい限りだ」
「はい、我らが誇る素晴らしい王子様です」
口から魂を出すアスクに、俺の腕から降りた双子は「ここで寝ちゃダメー!」と言いながら必死にたたき起こしている姿が微笑ましい。
今すぐにでも飛び出して行方をくらましそうになっている魂を、なんとか引き留めて押し戻していく。
「…………き、今日は色々、疲れた……」
「兄上、お疲れ様〜」
「お疲れだ〜」
ようやく絞り出された言葉を聞きながら、双子がアスクの頭をポンポンを撫でていく。そして、なんとか起き上がる彼は立ち上がりながら身なりを整えた。
「すみません、みっともない姿を見せました……」
「たまには良いだろう、咎めるつもりはない。今日は、特別な日だからな」
俺の右腕として、王族としての自覚を持った時から常に背筋を伸ばして民や他国の王子との外交を進んでやってきているのだ。今日くらい、少しばかり羽を広げるというのも悪くはない。
「アポロの誕生日がこんなにも盛大なものになってるなんて、昔のことを考えると想像できないことだろうね」
「!」
穏やかな、優しい声色の男の声が響いていく……
声の主は、広間の中央にある料理を眺めては、唐揚げであろう料理をつまんではパクッと口に放り込んでいく。
モゴモゴと動かす口を止める様子もないその男に、俺はズカズカと近付いては……ガシッとその頭を片手で握りつぶす勢いで掴んだ。
「この唐揚げ、とても美味しいな。他の料理も舌鼓を打ちたいところだ」
「どっから湧いて出てきた、シュテル」
「一応正面から入ってきたよ。君の后でもあり、トロイメアの姫でもある彼女に案内されてきたのさ」
ギリギリと力を込めて奴の頭をつかんでいるのだが、痛みを気にしている素振りもないようで……奴はゴクンと唐揚げを飲み込んだらしい。
「長い付き合いだからね、腐れ縁である僕もたまには君の誕生日を祝ってみようかなって思ってさ」
「ああ、そうか……一応礼の一つは言ってやらんでもない」
「そうかい? あと、僕一人だけというのも味気ないと思ったから、色んな人を招待しておいたよ」
「味気ないって…………は? 今なんて言った?」
俺もアスクほどではないが重労働をしてきたからか、うまく頭が働いていないと自負している。
だが、そんな俺でも奴の言い放った言葉にリアクションを取れる元気だけは残っていた。
「招待、だと? 誰に声をかけたんだ?」
「罪過の国と、雪の国と、精霊の国だよ。もっと他にも声をかけてあげようと思ったけど、心優しい僕だから留めておいたんだ。褒めてくれるかい?」
「どこに褒める要素があるんだ!?」
そう突っ込まざる負えない俺の声が響く中、閉ざされた扉が勢いよく開いた。
「アポロよ! 今日はお前の誕生日だそうだな!」
「!?」
良く響くこの声は……ヴァスティか? 両手で抱えそうなほどの大きな箱を手にしている奴の後ろから、他の罪過の王子たちがこぞってやってくる。
奴らの手にも箱が握られているようで、国の代表としてかヴァスティが声高らかに話を続けていく。
「友好関係を築けているこの俺が、お前の誕生日を祝わんなどあってはならんことだ! さあ受け取るがいい! 我が友よ!!」
「いちいち五月蠅く言わなくても良いじゃない。ああアポロ王、相変わらず五月蠅い奴でごめんなさいね」
「いや、気にしないでくれ。もう慣れた……」
スペルヴィアが頭を傷ませながら俺へとプレゼントを渡しながら話をする。奴の行動を皮切りに、他の王子からもプレゼントを受け取っていく。
一体どんなものが入っているのか……開けるのは少し先にさせることにしよう。
奴らとの対話をしていると、どうやら他の奴らも着たようで俺へ足を向けてきた。
「アポロ、今日はお前の誕生日らしいな。祝わせてもらおう」
「あまり気を使わなくても良い……普段通りの方が俺は嬉しいぞ、フロスト」
「そうか? たまには良いだろう」
そう話す雪の国の王子・フロストは、大量の花束を俺に差し出してきた。どうやらスノウフィリアにしか咲いていないという希少なものらしい。
ふと視線を動かせば、アスクは精霊の国の奴らに囲まれながらプレゼントの波にのまれている姿が見えた。嬉しい悲鳴を上げるアスクに、双子は揃って笑いながら王子たちに可愛がられている様子。
「賑やかな誕生日になったようだな」
「ああ、そうだな」
こんなにも……誰もが笑顔を浮かべ、嬉しさに声を荒げ、大量の料理が並んでいる光景が目の前に広がっていく……
后や子供たちに囲まれた家族と過ごす誕生日とは違う、賑やかで楽しい空気が充満するこの空間もまた、悪くない。
「父上―! 僕たち、母上と一緒にケーキ作ったの!」
「食べてー!」
「ああ、折角の手料理だ。頂くとしよう」
子供たちと共に、親友や腐れ縁である奴らに囲まれながら、賑やかで楽しい誕生日という日を過ごしていく。
こんなにも声をあげて笑うなど久し振りで、こんな日をこの先もずっと……毎年過ごすことが出来ると思うと、頬を緩まさずにはいられなかった。その傍らには、俺にとって愛してやまない后が寄り添うようにして支えてくれているのは……また別の話になる。
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