Side アスク
王都に到着すると、敬礼する門番に見送られながら城内へと足を踏み入れた。城下を通る時も思ったことだけど、住民たちの雰囲気が父の治める土地と比べて明らかに陰険な空気が充満している。それは城内でも同じことが言えるわけで、働いている従者や執事も陰険な雰囲気があって……治めている人柄がこうも表面に出てくるものなのかと驚いたものだ。

だから、父や母が常に意識している『民と同じ視線で国を治めていく』ということの根本的な部分が理解できたと思っている。幼いころから、両親から国についての在り方を聞いていたから、こうも比較できる対象を目の当たりにすることで二人が言わんとしていることがすぐに理解できてしまうわけだ。

少々怯えながら俺たちを客間に案内してくれたメイドに、いつものように母が礼の言葉を口にすると酷く恐縮させていた。


「……以前着た時と比べ、随分と従者たちに無理難題を吹っかけているようだな」

「そのようですね」


キャッキャとはしゃいでいるサラを抱き上げる父に同調していると、レオンを抱いている母は心配そうな表情を作って閉ざされた扉を見つめていた。


「アポロ……なんだか嫌な予感がします」

「奇遇だな、俺もだ。まあ、可能性があるとすればあの愚兄が厄介なことを言ってくるくらいか……」


不安な予感がぬぐえない母に、父はいつものように優しく頭を撫でては落ち着かせようと言葉を選んで話をしている。双子はと言えば、なにかを察知したのか急に言葉を発することなく両親の服に捕まってばかりいた。小さな子供は、些細な空気の変化に敏感なのだという話を父から聞いたことがあるが……それと関係しているのだろうか?

疑問は解決されないまま、俺は客間に用意されている高価な椅子へと父と並んで座る。そこから離れた場所にも高価なソファがあり、母や双子はそこに腰を下ろして大人しく座っていることとなった。

俺たちが案内されてから暫くして、客間に祖父と伯父が並んで部屋に入ってくる。姿が見えたと同時に、俺は父と一緒に席から立ち上がって頭を下げた。


「遠路はるばる、よく来てくれた」

「かなりの高齢で、動くにも少々無理が生じていると聞きました。今日は大丈夫なのですか?」

「お前が来ているのだ、無理をしてでも動いて顔を合わせてやらねばならんだろう」


俺たちの事を気にして発しているように聞こえるその言葉も、一つ裏を返せば見下して皮肉そうに言われているのと同じだ。声のトーンを聞いても、俺たちの事を快く歓迎していないことなんてすぐに理解できる。


「父上、祖父の体調の事もありますから早めに要件を済ませましょう」

「ああ、そうだな」


そんな俺の言葉を皮切りに、父は祖父たちとの話し合いを開始した。

俺らを呼んだ理由は、ここ最近起きている住民からのデモを始めとした反対運動が活発化しており、それらを鎮圧させるべく動きを起こしているものの兆しが全く見えないということだ。それ以外にも、祖父が隠居するにあたり伯父が玉座に上がることを猛反対している住民も多く、反対運動に大きな拍車をかけているのだそう。運動を起こしている者の中に、『時期国王はアポロ王子が良い!』と言っている住民も少なくないようで、こうして俺たちを呼んだらしい。

大体手紙に書いてあったであろう内容そのままのことだったから、税の値上げとか変に気にしなくて済んだことにホホッと安心したような息を漏らした。


「……で? ダイアは俺に何をしてほしいと思っているのだ?」

「簡単なことだ、国民の前で俺を国王に推薦すると宣言してほしい」

「ほう?」


なんとも、馬鹿げた話だと思う。暴動を起こす根源を作り、無理に鎮圧させようとしているような奴を国王に推薦してほしいなんて……

父が推薦したとしても……父を支持している者たちが、黙っているわけがない。裏で脅されたのでは、と噂することが目に見えている。


「だが、ただ単に推薦するような文章や声明を発表したところであまり効果を発揮するとは思えん。そこで、だ。お前が俺に何かを献上するということで、それを意思表明として住民に周知させようと思っている」

「献上だと?」

「ああ……」


ピクリと眉を動かす父に、伯父はニタリと気持ちの悪い笑みを浮かべた。その視線は、俺だけでなく少し離れた場所で遊んでいる双子や母にも向けているようだ。


「お前の息子や妻を、俺に差し出すことだ」

「んなッ」


その言葉に、父の顔が険しくなり俺も眉間に皺を寄せた。確か伯父は結婚をしていない、だから世継ぎ問題が出てきた際の解決案として俺らへと視点を向けてきたのだ。

昔、まだ両親が交際を始める前……伯父が母を無理やり連れだそうとしたことがあると聞いたことがある。その一連の騒動も関係して、あまり母は伯父に対して良い感情を抱いていないというのは聞いていたけれど……


「この俺が……フレアルージュの民と同等、いやそれ以上に大事にしている家族を、貴様に差し出すと本気で思っているのか? 腹立たしい」


父が本気で怒っている……テーブルの下で小さく震えている手から、チリチリと小さな火花が光っているのが分かる。

父にとって、母上や俺のような存在は本当にかけがえのないもので……今まで手にすることのなかった無縁の空気を、絆を、自身に与えてくれたことが酷く嬉しいものだと以前話してくれたことがある。そんな中聞いた父の生い立ちは、俺でも怒ってしまうような卑劣で残酷な道のりだった。

信じるものは己の力のみ、国を維持していく上で必要なのは強い力を持っている存在しかいない……そんな思想を信じて疑わなかった父の前に、母が現れたのだ。出逢った当初は仲良くなるどころか、父が遠ざけるような行為を繰り返していたらしい。でも、時の流れというものは不思議なもので……ふと気付けば、二人は肩を並べるくらい近い存在になり、愛を深めていったのだそうだ。

そんな両親を、辺境の地にあるフレアルージュ領に住む住民たちは優しく見守っていたんだそうだ。一時期、祖父や伯父に城を追い出された時があり、そんな両親が路頭に迷った際に手を差し伸ばしてくれたのが……城下に住む民たちだったことも、父は包み隠さず話してくれた。城を追い出され、路頭に迷う王子を救ったのが一介の住民だということに衝撃を受けた父は、そんな民たちにお礼の気持ちも込めて些細な要望に耳を傾けて政策に励んだらしい。

その結果、住民たちは父に大きな信頼を寄せるようになり、気付けば『アポロ王子親衛隊』なんて呼ばれる私的な集まりまでできたんだそうだ。城内にいる兵士と比べると力はそれほどないとしても、何かしら力になりたいと言ってくれる民がいることに、父は嬉し涙を流したことがある。

――そんな父から、俺たちが引き離されるなんてとんでもない! 権力は伯父が比較的強いから、このままじゃ母上も俺も父から離れてしまうことになる。それだけは、なんとしてでも食い止めないと……!

そう思ったとき、俺はふとあることを思いついたのだ。


「あの……一つ、提案したいことがあるのですが……お話しても良いでしょうか?」

「ん? 良いだろう、なんだ?」


人差し指を立てる俺に、伯父は首をかしげながら視線を向けてくる。


「このまま、もし俺や母が伯父の元へ向かい、父が表明を出したところで暴動は収まるどころが過激化すると思います。なのでここはひとつ、選挙をしてみてはどうでしょうか?」

「選挙……?」


聴き慣れない言葉だからか、不思議そうに首をかしげる祖父と伯父に父もまた目を丸くさせていた。そんな様子に構うことなく、俺は更に言葉を続けていく。


「民たちが暴動や反対運動を起こしているのは、今現在起こしている政治に対して文句があるのではないでしょうか? それらを解決させないまま、伯父が王位を継承したところで根本的な問題は解決されません。だったら、祖父が玉座から離れるという絶好の機会ですので、国民に決めてもらってはどうかなと思ったのです」

「国民に決めてもらうだと……!?」

「一人につき一票、どちらの王子を支持するかという名前を記載して票を集めるのです。匿名の大規模な多数決だと思えばわかりやすいかもしれませんね」

「じゃが、それでは票の偏りが生じ……我らの方が有利だろう」


顎に手を添える祖父に、俺は首を横に振る。


「そうとも言い切れません。もし、自身が国王になったら……今後行っていこうとする指針を民たちに発信する場を設けてみてはいかがでしょうか? 民と同じ空間に身を置くことで、直接声を聞くことが出来ますし、それと同時に自ら思っていることを訴えることも出来ます。『自分を国王にすれば、今よりもっと住みやすくなる』ということを、訴えていく中で……民たちが何を不満に思っているのかを直に聞くのも一国の王として成していかなければいけないことだと俺は思います」

「アスク……」


心底驚いている様子の父に、俺は頬を少しだけかきながら目を泳がせる。なんだか色々脱線してしまったような気がするけれど、俺が言いたいことはというと……!


「なので、俺の提案というのは……フレアルージュ第一王子であるダイア王子と、第二王子であるアポロ王子、どちらが次期国王にふさわしいか国民に決めてもらうということです。大々的な選挙という形を取り、正式に決めてもらう……他国がしていないことを行うことで、周囲からの注目を集めることにはなりますが」

「……面白い、気に入った」


何度か躊躇する伯父が、クスリと笑みを浮かべてはそう言葉を口にしてきた。よし、伯父が興味を持ったのならば後はこちらのものだ……!


「具体的にはどうすればいい? 初めての試みだからな、皆目見当がつかん」

「それならばご安心ください、詳しくは母がご存知です」

「ほう? トロイメアの姫か……」


テーブルに肘をついている伯父の言葉に、離れた場所ではあるものの母が顔を上げながら俺たちへと視線を向けている。そして、双子を連れて歩み寄ってきてくれた。


「アスク、面白いことを提案したわね」

「以前、母から教えていただいた政策の一つを話題に出しただけです。この方法を取れば、合理的かと思っただけですよ」

「本当に賢く育ってくれたようで、私も驚いてばかりよ」


ポンポンと優しく撫でてくれる母の手の平は、とても暖かい。見慣れた笑顔を向けながら、母は伯父たちへと顔を向けた。


「私は、トロイメアから訳があって遠い異国の地へと逃れて生活をしていた時期があります。そこで過ごしていく中、私の住んでいた地域で選挙というものを行っていただけの事。仕組みや選挙の流れは後程お話するとして……この案に関しまして、現フレアルージュ王はどう思っていますか?」

「うーむ……」


難しそうに考え出す祖父がどう話を持ち出してくるのか……内心ドキドキさせながら回答を待つことになる。

そして、長く考えてから絞り出すようにして提示た応えはというと……


「……良いだろう、それで物事が全て丸く収まればな」

「やはり父上も同意していただけましたか。ですが、いささか我らが不利なのでは……?」

「いや、そうとも言い切れん。よく考えてみよ、明らかに国土の統治する面積や住んでいる民の人数は圧倒的に我らが有利。自身が不利になるような事を言い出すわけがないだろう」


果たして、本当に有利なのだろうか……?

統治している国土の広さなど関係なく、そこに住まう民の数が多いからと言って優位に立てるわけがない。だって、民は駒でもなければ道具でもない。心を持った、人間なのだから――


「合意していただき、ありがとうございます。では、こちらからも一つ『あるモノ』の献上を頂けたらと思います」

「なに……?」

「伯父が王位に選ばれたら、俺や母がそちら側へいくことは……まあ不本意ですが同意するとしましょう。ならば、もし父が王位に選ばれたら……お二人は父に何を献上していただけるのでしょうか?」


首をかしげる俺に、目の前の二人は目を見開かせて顔を合わせてしまう。隣に座る父はと言えば、俺がどうしてこんなことを言いだしているのか疑問に思っているようだ。理由は後で説明するとして……難しそうな顔つきをする二人に、俺は小さく息を吐いた。


「決まらないのでしたら、一つだけ……俺のお願いを叶えていただけたらと思っています」

「お願い? 可愛い従兄の願いなら、なんでも叶えてやろう」

「なんでも、ですか?」


首をかしげて問う俺に、伯父は深く頷いてくる。俺の願いなど、一つしかない……


「俺の願い……それは、貴方方が父にかけた呪いを解いていただくこと。それ以外ありません」

「な、なんだと!?」


ハッキリとした言葉で言い放つと、伯父が驚きを隠せずにその場から立ち上がった。ガタンッと大きな音が部屋に響き、母の服を掴んでいる双子がビクリと肩を震わせてしまっているだろうな、と思いながら姿勢を崩すことなく俺は話を続けていく。


「もし、父が王位に立った後……大きな戦などの戦地に出向いた先で、父が持つ特有の炎はとても心強いものとなります。それを……まさか身内が楔を打つなどして力を制御させていると知ったら、対立している国はどう捉えるでしょうねぇ」

「そ、れは……」

「私利私欲のために力を使っていないことは、父は勿論この炎を使う能力を受け継いだ俺自身のことを知るお二人は知っていることでしょう? なら、国民からの多大な支持を受ける父へのご褒美として呪いを解いていただくことなど……安い話じゃないですか」


ニッコリと笑顔を向けながら、パンッと手を叩く俺に……父は何も言葉を発することなく優しく見守ってくれていた。そんな父に支えられながらも、俺は交渉を続ける。ここまで来たんだ……絶対に条件を受け入れてもらわないと……!


「……反対されない、ということは俺の要望を受け入れてくれたということで宜しいでしょうか?」

「ッ……」

「ありがとうございます。心優しい伯父と祖父に、感謝します」


ホッと内心胸をなでおろしていると、そっと俺の方に触れてくる母が俺を落ち着かせるように背中を撫でてくれた。


「では、合意をしていただけたということで……私から『選挙』について知っている範囲にはなりますがお話させていただきますね」


ニコリと微笑む母は、余分に置かれている椅子へと腰を下ろして話を始めた。父の隣に座り、分かりやすいように順序立てながら話をする母は真剣そのものだ。選挙が行われる期間、人員の配分、配布物や情報発信の方法、事と次第によっては他国の特化した組織を持っている者の手を借りることも視野に入れないといけないこと。

両者が同等のスタートラインに立てるよう、情報提供をしていく中……テーブルの下では両親が互いに手を握り合っていることに……俺は気付く由もなかった。
 
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