短編小説 | ナノ

 身近な存在<後>


 
「諸葛誕様! 北方より援軍が現れました! おそらくあの方からの援軍かと思われます」


走ってきた伝令兵の言葉に、諸葛誕は目を輝かせた。あの方……魏国の帝による配慮に感謝の気持ちで一杯なのだろう。


「私ごときを気にかけてくださったのか……。今すぐ門を開け、中へ入っていただかねば」

「この狗野郎! 何を勝手なことを……。誰からかも分かんねえ援軍を入れられるか!」


だが、帝と繋がりを持っていることを知らない文欽は怒りながら声を荒げるのも無理ないだろう。

彼の言葉に、諸葛誕が目の色を変える。


「私のみならずあの方まで侮辱するとは……。この外道め、粛清してやる!」


カッと怒りを露にしながら、諸葛誕が武器を手に振り下ろそうとしたときだ……


「そんなに血を上らせると、折角の大局が崩れますよ? 諸葛誕殿?」

「ッ!!」


この場には居ないと言い聞かせていた彼女の声が耳に入ってきて、一瞬だけ動きを止めたのがいけなかった。

突然飛んできた布に腕を縛られ、動きを制されたのだ。


「まあ、ここに来るまでの過程で相当やる気のある兵達を見てきました。もう少し配置や指示を練っておけば、この戦もやりようがあるでしょうに……」

「……久方振りに会って早速説教じみたとを言うとは。流石、翠殿だ」


諸葛誕が振り返りながらそういうと、名前を呼ばれた当の本人はクスリといつもの笑みを浮かべていた。


「貴女が出向いてくれるとは予想外だ」

「まあ、面倒なことを押し付けられたんで来たようなものですよ」


ハァと息を吐く彼女の周りを見て、諸葛誕は一つの疑問を抱いた。

ここに居るのは、翠だけだ。司馬昭や賈充、元姫と言った名だたる将は誰も居ないのである。


「私がここに着た理由……まあ簡単に言えば、説得ですよ」

「説得だと?」

「この戦をここで止めて、私たちの元に戻ってくる気はないのかって言う説得に決まってるじゃないですか」


彼の動きを制していた連結布を戻し、パンパンとはたく翠に諸葛誕はキッと目を光らせる。


「私は、司馬昭殿の考えについていけない。そもそも彼は、私の考えに一度たりとも聞いてくれなかったではないか! そんな人の下へなど、私は戻ろうとも思わない! それよりも、翠殿こそ私と共に来てはくれないだろうか?」

「ほう? 説得に着た私を、逆に説得させようって言う魂胆ですか」

「今まで二人三脚のように、我々は上手くいってたと思う。だからこそ、相棒を連れて来れなかった悔しさがあってな……」


そう言いながら、諸葛誕はゆっくりと翠へと手を差し出した。その意図に気付いた翠は、彼の手を握ると……


「こんの……大馬鹿野郎!!」

「ッ!?」


いきなり彼の手を引き、ゴチーン! と彼の頭めがけて頭突きをしたのだ。

突然の痛みに、諸葛誕は目を見開き頭をさすった。


「な、なにを……ッ」

「司馬師殿がどんな気持ちを持って、司馬昭殿に後を任せたのか……考えたことがありますか? 天命を掴もうともがき、多くの知恵や策を練ってきた私たちの尊敬するあの司馬師殿が、ですよ。そんな彼が後を任せたのは、同じ血縁者であり唯一の弟である司馬昭殿だ。彼もまた司馬一族の一人、司馬師殿のような才を持ち合わせている。今はめんどくさがってはいるが、少しずつ皆のことを思ってやる気を出していますよ。そんな彼を支えるのが、司馬師殿に助けられてきた私たちのする恩返しではないのですか?」

「ッ……」


報復と報恩を忘れないことでも有名な翠だからこそ、説得力ある言葉だと諸葛誕は思う。

諸葛一族である前に、諸葛誕という一人の将として……己の才を磨いていこうと決めたのがつい昨日のように思い出せる。あの時は、宥めながらも己の才を伸ばそうとしていることを話してくれた司馬師を思い出す。


「恩を仇で返すような馬鹿げたことをせずに、めんどくさがり屋なやるときは出来る男を支えていきましょうよ。諸葛誕殿」

「わ、私は……」


彼が気に入らないから、彼の元に留まっては意味がないから……そう言い聞かせていたというのに。いざ離反して敵対してみれば上手くいかず、今も敵であるにも関わらず助けようと手を差し伸べようとする相棒がいる。

気付けば、自身の周りには支えようとしてくれる存在がいてくれている。それが、どれだけ倖せなことか……その根本的な部分を見出せたと同時に、心の奥底で悔しがった。


「そう、だな……」


色んな想いが駆け巡る中、ようやく口から出てきた言葉が……それだった。


「司馬昭……いや、司馬昭殿に刃を向けたこんな私だが、こうして手を差し伸べてくれる掛け替えのない友が居ることに……今更ながら気付かされた。手間をかけた、な」

「ええ、本当に手間がかかりましたよ。文欽の処遇は後で決めるとしましょう、今は……とても、疲れ――」

「!? 翠殿!!」


フッと緊張の糸が切れたのか、瞳を閉ざして崩れるようにして倒れる翠を諸葛誕は慌てながら抱きかかえた。

その際、彼女の背中から感じる感触に違和感を覚え……自身の手を見て言葉を失う。彼女を支えるべく差し出した手が、真っ赤に染まっていたのだ……


「こんな大怪我を、何故……!?」

「それは、彼女が単身でこの城に乗り込んだからですよ」


諸葛誕の声に応えたのは、文鴦だ。彼の背には気を失い倒れている文欽の姿がある。どうやら文鴦が、隙を突いて父を気絶させたのだろう。


「この城外には、司馬昭殿を始めとした将たちが我々の兵と戦っています。彼女は、何を思ってかたった一人でこの城に入り……伏兵や将達を一人残らず倒していったと聞きました。それほどまでに、貴方と対等に話をして……連れて帰りたかったのでしょうね」

「そんな、こんな私を……」


一人で来なければ、こんな大怪我を負わずに済んだだろうに。それが分からない翠ではないことくらい、諸葛誕は理解している。たった一人で、無謀とも言える多くの将と戦いながら最深部であるこの場まで来た彼女……

少しずつ冷たくなっていく翠の手を握り、彼は小さく震えだした。


「いかん……駄目だ……」


目尻から涙が溢れ、ポタポタと翠の頬へと流れ落ちていく。


「私を置いて逝くなど、あってはならん! 頼む、死なないでくれ。司馬師殿を失い、こんな私を助けてくれる者などもう貴女しか居ないのだ。翠殿……!!」


悲痛な声が、哀しいと訴えるかのような彼の声が、城内に響いていった。




***




その後、この戦いは諸葛誕を始めとした兵達が降伏したことで終わりを告げた。

手放すまいと翠を横抱きにする諸葛誕は、司馬昭たちの待つ駐屯地へと足を運んだ。


「よ! 諸葛誕、無事に戻ってきてくれて良かったぜ!」

「司馬昭、殿」


そこには、離反する前と変わらず接する飄々とした司馬昭の姿があった。


「あっちゃー、こんな大怪我するとか聞いてないぞ? でも、息はしてるみたいだし……命に別状はなさそうだ。一応、お前の処遇は検討中だ。離反して、こんな大きな戦を起こしたんだ。仕方ないが、まあ少しでも軽い刑にするよう配慮すっから。それに、俺もあまり『めんどくせっ』って言わないようにするからさ。今後もヨロシクな」


ポンポンと肩を叩いてくる彼は、そのまま諸葛誕の横を通り過ぎながら「誰か救急班連れて来い! 重傷者が居るぞ!!」と声を荒げていくのだった。

離反前に見ていた彼とは、何かが違うと感じる諸葛誕。だが、何がどう違うのかまでは分からず……ただただ、歩いていく司馬昭の背中を見つめるしか出来なかった。


「本当に説得するとはな……流石俺の悪友、と言ったところか」

「!」

「良かった、息はあるみたいで」


ふと気付けば、両隣に賈充と元姫が姿を現した。翠の顔を見ては、それぞれがホッと息を漏らしている。


「無事に戻ってきたは良いが、その先にはまだ面倒なことがいくつも待ち構えているからな。翠には早く復帰してもらわねばならん」

「翠が動けない分は、諸葛誕殿に動いてもらう予定になっているわ。処遇も軽いものになる手はずだし、今後もよろしくお願いします」


それだけ言い残し、二人はそのまま諸葛誕の横を通り過ぎて持ち場へと戻っていった。

取り残された諸葛誕は、彼女を寝かせるべく歩き出していく。歩いていく中、ピクッと彼女の手が動いたことに気付くと諸葛誕は慌てながら救急班が用意してくれた寝台へと彼女を横にさせた。

人の出入りもなくなっていき、この場に諸葛誕と翠だけとなったのを見計らって、彼女はゆっくりと目を開きながら話をする。


「皆、あまりお小言は言ってこないだろう? 私がそういう風に掛け合った結果ですよ」

「そう、なのか……翠殿、怪我は?」

「大事無い、と言えればいいんですけどね。流石に、血を流しすぎましたよ」


ハァと深い溜め息をつく彼女は、上半身を起こそうと体を動かしていく。だが、背中から感じる痛みに顔を歪ませていくのをみて諸葛誕は彼女の動きを制した。


「これ以上動かないでくれ! 傷に触る」

「まったく、こんな事態になったのは何処の誰のせいだと思ってるんですか……」

「そ、それは……」

「まあ良いですよ。こうして戻ってきて下さったのです、それ相応の恩を返してもらう予定なので。覚悟しておいてくださいね」


クツクツと笑う彼女はとても満足そうで、心配で心配で仕方がない諸葛誕の顔を見ては瞳を細めているようだ。


「諸葛誕殿のことだ、無謀にも程がある行動をとった私に疑問をお持ちのはず」

「まあ、確かにそうだが……何故か聞いても、良いだろうか?」


普通ならば、離反した奴に手を差し伸べられるような気持ちを持ち合わせている人間など少ないだろう。

それなのに……彼女は手を差し伸べてきてくれた。「戻って来い」と言ってくれたのだ。そう言ってくれる彼女の本当の気持ちを、諸葛誕は分からないでいる様子。


「至極、簡単な理由ですよ」

「?」

「私が唯一、好いている殿方を連れ戻したい。今後も一緒に、生涯を歩んで生きたいと思っている。そう言えば、流石の諸葛誕殿も理解してくださいますよね?」

「んなッ……」


想定外だったのか、思いがけない言葉を聞き諸葛誕はカッと顔を赤くさせた。

そんな初々しい反応に、面白おかしく翠は笑い出す。傷のこともあってか、そんなに声を荒げて笑ってはいないが楽しそうに笑っているのには変わりない。


「返事はいつでも構いません。ですが、私はあまり気が長いほうではないので……」

「いや、今返事をさせてくれ」


顔を赤くする彼は、周りに誰も居ないことを確認すると……身を乗り出し、そっと翠へと口付けたのだ。

これには、流石の翠も驚いて目を見開かせる。


「こんな私でよければ、生涯を共にさせてくれ。これが、その返事だ」

「……私が動けないのを良いことに……やってくれますね」


その後、怪我も回復した翠は諸葛誕と正式に婚約し生涯を共にすることとなった。

危なっかしい道を歩んでいる司馬昭を支えながら、時折反発もしながら一人の将として動く諸葛誕もまた、すぐ隣で支えてくれる大切な存在と共に戦乱の続く道を歩み続けていくのだった。


END




Memoにてぼやいたネタを書いたら長くなったorz
ですが、無事に完結。良かった〜!
彼を相手にした物語を書くと、どうも長くなってしまう。何故だろう……

2014/4/6



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