▼ 『好き』って何だろう?(1/2)
安室さんと『お友達』になってから、数ヶ月が経過した。
私たちの仲はというと、とても良好ではないかと私は思う。互いの連絡先を交換し、暇さえあればLINEで連絡を取り合っている。互いの休みも聞き合って、時間を見つけては会うようにしているのだ。
特に安室さんは、公安の仕事も並行しているからとても忙しい筈。なのに、私のスケジュールに合わせてデートを取り付けたり、夕食も時間を合わせて一緒に食べるようにしている。
なんだか申し訳なく思う私に、安室さんは決まってこう言う。
「僕が、立花さんに会いたくてしているだけなので気にしないでください」
ニッコリと満面の笑顔を向けられてしまっては、これ以上何も言うことが出来ない。それは彼が一番理解しているようで、黙ってしまう私を優しく見守ってくれるのだ。
そんな彼との交流が進むにつれて、胸の内にくすぶっていた『想い』が形になってきているようで、更に困り果てる要因となっていた。
(どうしよう……)
今までこんなことが起きたことがないから、尚更対処法が分からなくて困り果てる。誰かに相談出来れば良いんだけれど、気心知れる友達というものを作ることを極端に遠ざけていたこともあり、更に自分を追い込んでいた。
こんな心境が長く続いていたら、仕事にも少なからず影響が出てくる……だから、なんとかしないと……ッ
今日は珍しく出来たオフの日で、ずっと家に閉じ籠っていては精神的に良くないと判断した私は外へ散歩しようと家から出た。天気は晴れ渡る快晴で、散歩日和だ。
いつも持ち歩いている鞄を手にして、のんびりと歩きなれている道を進んでいく。
「そういえば……」
確か今日は、安室さんはポアロでのアルバイトをお休みしているはずだ。数日前から公安としての仕事に籠りきりになっているようで、徹夜を連続していると昨日のLINEで教えてくれた。
それだけ仕事が溜まっているということなのだろうか? 喫茶店でのアルバイトも一部の部下しか知らない中でやってる秘密裏の事らしいし、相当負担をかけているはずだ。
そんな彼の力になれることはないか、と考えることも含めて今日は喫茶ポアロへ行くことにしよう。彼がいないポアロに行くのは初めてだから、少しだけ緊張させながら……通い慣れた道を真っ直ぐ進んでいった。
♪
カランカラン、と来客を知らせるベルが響く。
店内には親子連れの人たちが奥の席に座っていて、数人の子供たちの声が店の中に響いている。
「あれ!? 立花さんじゃないですかー! 水曜日以外で来るのは珍しですね!」
「こんにちは、梓さん。たまたまお休みを貰ったので、遊びに来ちゃいました」
明るい笑顔を向けてくれる梓さんに、微笑みながら話をする。そしてカウンター席へと案内され、その流れでお冷を頂く。
「今日はどうされますか?」
「そうですね……では、コーヒーと……梓さんの時間を少しだけください」
「え?」
人差し指を立てて話す私に、梓さんが不思議そうに首を傾げる。
「実は、相談したいことがあって……お話聞いてほしいなって、思ってるんですけど……」
「私で良ければ喜んで! それなら、人数は多いほうが良いですよね」
パン、と手を叩く梓さんは先客でもある奥の席に座る子供たちの元へと向かう。そしていくつか話をしてから、私の法へと視線を向けながら招くように手を動かしてくる。
呼ばれるなんて思わなくて、お冷を持ちながらパタパタと梓さんの下へと向かった。
「では、ご紹介します。こちら、一つ上の階に事務所を構えている毛利小五郎先生です! 『眠りの小五郎』の名前なら、聞いたことありますよね?」
「はい、難事件を次々と解決させてるという名探偵が……その、この方なのでしょうか……?」
「そうですよ!」
そして、毛利探偵の紹介を皮切りにこの場にいる人たちのことを私に紹介してくれた。
毛利探偵の娘さんである毛利蘭さん、居候である小学一年生の江戸川コナン君、コナン君の通う小学校の同級生で『少年探偵団』として活動をしていると話す三人組、彼らの気心知れてる発明家である阿笠博士に、彼の家に居候しているという灰原哀ちゃん。
私も含めて一通り自己紹介を済ませ、私は阿笠博士の座る席にお邪魔するように腰を下ろした。
「それでそれで、ウチの常連さんである立花さんはいったいどんな悩みがあるのですか?」
この時間、喫茶ポアロには私たちしかいない。それを知ってこの状況を作ったであろう梓さんに、私は話をするべく口を開いた。
私の家が任侠であること、そして悩みの根源であるのが安室さんであるのを伏せながら、私は深呼吸しながら話す。こんなに大勢の、たった今知り合ったばかりの人たちに私のことを話すのに酷く緊張してしまっているのだ。
それでも、なんとか話し終えると……昼間だというのにお酒を煽っている毛利探偵が首を傾げる。
「なんかよく分からんが、もうお前ら付き合っちまえば良いんじゃねぇのか?」
「ど、どうして……!?」
「あ? だってお前、その話している相手の事が滅茶苦茶好きなのが明白だろうが」
す、き……? どういうこと、なのだろう……?
グルグルと目を回していると、バンッとテーブルを勢いよく叩く音が響いてきた。
「もう! お父さんはなーんにも分かってないんだから!」
「な、なんだよ蘭……そんな剣幕で叫ばなくても……」
「そうですよ! 恋する女の子の気持ち、ぜーんぜん分かってない!」
蘭さんに続くように口を開いたのは少年探偵団の一人・吉田歩美ちゃんだ。
「私分かるなぁ、その気持ち。そもそも、その気持ちが『好き』だっていうことが分かっていないようですし……」
「……そう、なんです。誰かを好きになるって、よく分からなくて……」
そもそも、『好き』とはどういうものなのだろう?
好きって……どういう時に起きるものなのだろう?
安室さんのことを考えると、胸のあたりが熱くなって……いつも貴方の事ばかり考えてしまうことと、何か関係があるのだろうか?
不安そうに眉を寄せる私に、歩美ちゃんがニパッと笑顔を向けてくれた。
「あのね、好きっていうのはね、その人のことばっかり考えちゃったり、その人の傍にいるとドキドキしてね、ずーっと一緒に居たいなって思ってね、毎日が楽しく感じれる人のことを言うんじゃないかな?」
「そもそも、『好き』というものは様々な種類がありますからね。友達としての好き、家族としての好きとか……」
「ん〜〜、難しいことはわかんねぇけど……とにかく、姉ちゃんの話してる『好き』ってのは、父ちゃんや母ちゃんみたいにずーっと一緒に居たいっていうことと一緒だろ?」
歩美ちゃんの他に、円谷光彦君と小嶋元太君も一緒になって頭をひねらせてくれる。
こんな小さな子たちでも、好きという感情を理解していることに驚きながらも……色々勉強になるな、と思ってしまう。
「ま、あまり難しく考えないことね」
すると、ずっと飲み物を飲んで様子を見守っていた哀ちゃんが会話に加わってくる。
「誰かを好きになるのに、理由なんて必要ないんだから。一目惚れだってそうでしょ?」
「そういうものですよ! だから、翠お姉さんの素直な気持ちを伝えればいいと思うの!」
目をキラキラをさせながら意気込む歩美ちゃんと、冷静に話す哀ちゃんの温度差に目を丸くさせながら、クスリと笑みを浮かべた。
嗚呼そうか、私はもう……気付かないうちに、安室さんのことを好きになっていたんだ……
「そっか……うん、近いうちに伝えてみますね……」
「ちなみに、お姉さんの好きな人って誰か聞いても良い?」
コテンと首を傾げるコナン君に、うっと言葉を詰まらせながらも……ここまで話を聞いてくれて尚且つ背中を押してくれた人たちに、ずっと黙っているのも申し訳なく思ってしまう。
目を彷徨わせながら、勇気を振り絞るように……
「ここで働いている、安室さん……です」
「「「えぇぇぇぇ〜〜〜〜!!」」」
驚きの声を上げるのは、少年探偵団の三人と何故か蘭さんたちも声をハモらせていた。
突然響き渡る声に、私はビクッと肩を上下に動かして目をパチクリとさせる。
「探偵の兄ちゃん、罪な男だな!」
「ねー、こーんな綺麗な人に惚れられるなんてねぇ〜」
「え、えっと……」
少しだけ、話に追いつけないけれど……この子たちは、安室さんのことを知っている……?
どう反応すればいいか困っていると、クスクス笑いながら蘭さんが話しかけてくれた。
「実は安室さん、私のお父さんのところに弟子入りしているんですよ」
「おう! 俺の自慢する一番弟子ってとこだな!」
「!」
ケラケラと笑う毛利探偵に、捕捉を入れるように話してくれた蘭さんの話を聞いて驚く。
確か、探偵をしているという話は先日の外食で教えてくれたから驚きはしなかったけれど……まさか弟子入りをしていただなんて……
(安室さん、本当に多忙な人なんだ……)
本当なら休んでいてもおかしくない日も、私のためにと時間を割いてくれていることに申し訳ない気持ちになってしまう……
それでも、会う時間を作ってくれる彼の優しさが……とても嬉しくも思う。
「それじゃ、立花翠さんの恋愛成就を願って……私からコーヒーとサンドイッチを御馳走しますね!」
「そんな! お代は出しますよ……!」
「良いんですよ、良い話を聞かせてくれたお礼で私が振舞いたいだけなんですから」
梓さんの心遣いに甘えながら、私は今日この場所で出会えた人たちと沢山の話をして盛り上がった。
とても個性的で、小学生だというのにコナン君や哀ちゃんはとても大人びいていて……なんだか緊張してしまったのは内緒だ。蘭さんもとても話しやすい人で、時間さえ合えば一緒にお茶をしようという約束をして連絡先の交換もすることが出来た。
年下ではあるけれど、蘭さんも「翠さんが良ければ、私の愚痴を聞いてほしいと思ったので」と私に小さな声で話してくれた。蘭さんの様子を見る限り、彼女もまた好きな人がいるのかなって感じたのだ。
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