短編小説 | ナノ

 本物はどっち?


伊達と北条が盟を結び、後方の脅威は消えたも同然となった。

暫くは一時の安らぎが訪れようとしていた矢先……また奇怪な事件が起きたのである。

その事件の渦の中にいる翠は、布団の中で目を点にしながら瞬きをしていた。


(あ、あれ? なんで……)


驚きすぎて硬直している彼女の状況はと言うと、風魔小太郎の寝室で後ろから抱きしめられるように彼の腕の中にいる。

昨晩は散々可愛がられたと言うこともあり、腰が痛く喉もガラガラで上手く言葉を発することが出来ないのが現状だ。身体を動かそうにも、あまりの痛さに身動きが取れないのも理由の一つと言える。

そう、身動きが取れず背後には愛する彼の寝息が聞こえているというのに……目の前にあるのは真っ赤な髪を頭の上に束ねている長身の男。それも、翠にとってとても見覚えのある人物なのだ。


(分身の術、とかではなさそうだし……とにかく、風魔さ……じゃない、小太郎さんを起こさないと)


長いこと言葉を発しないで楽団の中で生活していたお陰か、身振りや手振りを使って相手に意志を伝えることが巧みになっている翠は、抱きしめている大きな手を何回かペシペシと叩く。

小さな衝撃に気付き、ピクリと指が動いた様子を見て翠は彼が目を覚ましたのだと気付いた。


「翠、起きていたか……」

「…………」

「……? 嗚呼、昨晩嫌と言うほど啼かせたからな。喉が痛いのだろう?」


面白おかしく話さないでほしい。そう思いながら、カァァと顔を赤くしては再度ペシペシと彼の手を叩いた。

そんな行動一つもまた愛しいと思いながら撫でていると、どうやら風魔も目の前にある人影の存在に気付いたようだ。そして、人影もまた目を覚ましたのか……ゆっくりと起き上がった。


「……うぬは何者だ?」

「そう言ううぬこそ、何者だ?」


同じ声、二つ。同じ容姿、二つ。

目の前と背後と交互に見る翠は、更に混乱していた。

彼らの目の前にいる人物……見間違いでなければ、彼女を抱きしめている風魔小太郎その人だからだ。風魔が二人存在する……その事実に、訳が分からず翠は目をグルグル回す。


「我は風魔小太郎だ」

「奇遇よな。我も風魔小太郎だ」


まるで木霊のように、お互いの言葉を復唱するように話をする。これでは、どちらが翠の知る風魔か分からないと言うものだ。


「まさに、混沌……ククッ」


前方にいる風魔は面白おかしく話しているものの、警戒心が取れていないのが分かる。

なんとかして現状を把握し、風魔が二人いるこの状況を切り抜けなければ……そんなことを思っていると、トントンッと戸を叩く音が聞こえてきた。


「頭領、報告があります」

「何だ、その場で申せ」

「はっ! 里の者から、ここ連日翠殿からあられもない妨害をしてきていると言う報が届きました」

「ほう?」


伝令でやってきた忍びの言葉に、口元に笑みを浮かべながら風魔は翠を抱く手に力を込めた。

ここ数日と言えば、翠は風魔と行動を共にしていた。肌身離さず行動を共にしているというのに、翠が一人勝手に行動をするのはまずおかしなことだ。それに昨晩に至っては……


「我の良質な子種を受けた鳥が、そう遠くへ行けるわけがない。なあ?」

「ッッ……」


耳元で囁くように話す彼の言葉に、ピクリと反応する。

嫌と言うほど甘い声を発し、嫌と言うほど彼の欲望をその身に受け止めた翠は昨晩の出来事を思い出してまた顔を真っ赤にした。

いつの間にか着せられている寝巻きを握りながら小さく震えると、そっと背後から感じてた温もりが離れていく。


「現状を把握しに行こう。翠は大人しく寝ておれ……貴様は我の鳥に手出しをするな」

「ククッ……余程大事と見える。その女は、うぬの何だ」


頬杖をついている彼に、風魔は笑みを浮かべた。


「我が心底欲しいと思うて捕らえた小鳥……自由奔放な風が、自由を望む鳥を見初めただけだ」


そう言い残し、風魔は部屋から出て行った。

部屋に取り残された翠は、痛む身体を気遣いながら上半身だけ起こし……もう一人の風魔へと視線を向ける。


(私の知る小太郎さんは、読心術が使えるけど……彼も、同じなのかな……)


不思議そうに視線を向けたせいか、前方にいる彼は顔を翠へと向ける。


「我は読心術くらいできる。うぬの思うていること、申してみろ」

「!」


その言葉を聴き、安心したのかホッと胸を撫で下ろすと気を取り直して再度翠は視線を真っ直ぐ向ける。


(貴方は、何処から来られましたか?)

「さあな、気付いたらこのような場所へ落ちていたのだ」

(ならば……ここへ来る前、何をされていたか憶えていますか……?)

「……上杉軍の直江という男と対峙していてな、奴の放った魔法陣のようなものを受けたことだけは憶えている」

「!」


魔法陣……その言葉を聞いたお陰で、翠の中に一つの仮説が浮かび上がってきた。あまりにも現実味の帯びない仮説ではあるが、それでもこれしか考えられないのだ。


(恐らく、貴方は別の世界から私のいるセカイにやってきた住人かもしれませんね)

「異世界、ということか……?」

(甲斐からよく本を借りるんですけど、彼女から借りた書物の中に呪術に似た能力に関する資料があったのを思い出したので)

「成る程な……うぬは、頭のキレが良いと見える。軍師の類か?」

(まあ、見習いではありますけどね)


ケタケタと笑うように口元に笑みを浮かべていると、戸が開く音が聞こえてきた。どうやら現状を把握したであろう風魔が戻ってきたようだ。


「まさに混沌……面白いことが起きているぞ。どうやら翠が、もう一人存在しているようだ」

「?」


不思議そうに首を傾げる翠に、風魔は腰を降ろして口を開いた。

どうやらここ数日、村人達の前に姿を現している翠が事ある毎に老若男女問わず被害を起こしているそうだ。使ってくる武器はどれも忍者の類のものばかりで、すぐに誰かが翠に化けていると住人の誰もが見抜いた。

それもそうだろう、翠は忍びの道具を使わない。先祖が使っていたとされる武器だけを愛用して使っているのだから。


「それで、翠はもう一人の我について何か分かったことでもあろう?」

「!」


まさか、ここでそんな風に問いかけてくるとは思っても見なかったのか翠は目を点にした。


(小太郎さんは、何でも分かるんですね)

「わかって当然だ。うぬは我のモノ、だからな」

(それとこれとは、何か違うような気がしますけど……)


言われて悪い気はしないから、というのもあるのだろう。嬉しそうに笑みを浮かべる翠と、何かが満たされていく感覚を感じる風魔を見て……もう一人の風魔もまた「成る程よな」と声を漏らすのだった。




***




偽者の翠をおびき寄せて捕縛をする際、一番手っ取り早いのは本物の翠と邂逅させることだ。

腰が痛むものの、なんとか耐えて行くと決めた翠は風魔の気遣いに感謝しながら里から少し離れた木々の中へと入っていった。

瞳を閉ざし、吹いている風に耳を傾けていると……カサッと草木を掻き分ける音が聞こえてくる。


「まさか、アナタから会いに来てくれるなんてね」


そう声を発したのは、もう一人の翠……声の質も容姿も翠にそっくりの……偽者だ。


「あられもない噂さえ出せば、風魔様から離れてくれると思っていたけど……無駄足だったわけだし。何を思ってだか知らないけど、わざわざ殺されに着てくれるなんて私はついてるわ」


クスクスと笑う彼女は、少しずつ表情を歪ませながら一歩ずつ歩み寄る。


「そうよ……風魔様は私が一番先に想いを持ったと言うのに……たかだか旅芸人の舞妓なんかに取られるなんて……屈辱的よ! だから、アナタにはここで死んでもらうわ」

「…………」


歪んでいく顔を見て、翠は酷く悲しい気持ちになった。

最初は純粋に風魔を慕っていただろう彼女の言動や表情が、なにかしらをきっかけに歪んでいき醜くなっているのだ。

おそらく、そのキッカケと言うのは風魔が翠を連れてきたことだとは思うが……


(恐らく、彼女は風魔忍軍の一人であるのは間違いなさそう。これで人物特定されたも同然だし、あとは……)


原因も分かり、現況も分かったのだ。小さく息を吐きながら顔を上へと上げると、二人の間を吹き抜けていくかのような冷たい風が通り過ぎていく。

瞳を閉ざし、ただただ風の音に耳を傾けると……すぐ前から「キャッ!」という声とドカッという音が聞こえてきた。そして、背後から伸びてくる腕によって優しく抱きしめられる。


「小鳥がただ立っていただけだと言うに、色々喋ったおかげで手間が省けた」


笑ってはいるものの、声を聞く限り怒りがふつふつと湧き上がっていきそうなのが分かる。

なんとか落ち着かせようと手を伸ばし、そっと風魔の頬を撫でると、彼は少し驚きながらも翠の手に自身の手を重ねた。


「心配は無用だ」

(だけど、今すぐにでも彼女を殺しにかかりそうだったから……)

「我はそこまで馬鹿ではない。堕ちた部下の処遇は、他の奴らに任せているからな。心配することはない」


安心させるように、何度も額や頬へと口付けていく風魔。その行為がなんだかくすぐったくて、身じろぎながら彼からの愛を受ける翠は、瞳を閉ざした。

その後、狂って騒動を起こした女忍者の処遇はどうなったか……それは闇に包まれたまま誰にも触れることなく葬られることとなったのは、また別の話になる。




***




偽者が出現してから数日後、喉の調子も回復した翠は二人の風魔と共に上杉軍へと足を踏み入れていた。

事前に文を送っていたということもあり、城内を警護している兵達に少し驚かれながらも招き入れられる。

そして通された部屋には、長である上杉謙信と彼の姉・綾御前が待っていた。そして、二人の横に座っているのは直江兼続だ。


「突然の文、並びに快く招き入れていただいたこと……感謝します」

「丁寧な文だったもので、貴女に興味が沸いたのです。忍者集団である風魔忍軍に留まる小鳥……聞きたいことは山のようにあります」


クスリと綺麗に微笑んだ綾御前は、彼女の背後にいる風魔を見て「あら」と声を漏らす。


「信じられませんでしたが、本当に風魔が二人居るのですね」

「混沌……」

「して、お二人に当てた文には私の名前が記されていたとか。一体何故……?」


首を傾げる兼続に、「実は……」と翠は意を決して話をし始めた。

もう一人の風魔は、どうやら異世界からやってきたということ。ここへ着た経緯に兼続が関わっていることまで。半ば信じられない話だというのに、謙信は「成程」と言葉を漏らす。


「この戦国乱世、何が起きても不思議ではありませんから。貴女のお話、信じましょう。ね? 謙信」

「汝の言葉、嘘偽り無しと見る」

「あ、ありがとうございます!」


ペコリと畳に手を置いて深く頭を下げると、翠は兼続へと視線を向けた。


「彼の話によると、どうやら貴方の放った魔法陣のようなものを受けたそうです。なにかお心当たりなどありませんか?」

「魔法陣? ふむ……呪術や邪法を打ち砕くことに関して、独自に学んでいるものの中で興味深いモノがあった。それを試してみる価値はあるが……どうだろう?」


少しばかり難しい表情を作る兼続ではあるが、なにか心当たりがあるようだ。小さな可能性があるならば、それに賭けてみる価値はあるかもしれない。

もう一人の風魔は、特に言葉を発することなくコクリと頷いた。


「ならば、早速準備に取り掛かろう! なに、時間は取らせません!」


キラキラと目を輝かせる彼は、そそくさと立ち上がる準備を進めるべく部屋を後にした。

異様な状況下で起きた、異様な現象。それに立ち会えている事実に、彼自身が驚きと嬉しさを感じているのだろう。

兼続の言葉通り、一刻も経たないうちに準備ができたという報が翠たちに届いたのだった。




***




案内された庭の一角にある、大きめの魔法陣。

何度か書物を手に術式に違いがないか確認を取っている兼続の後ろで、風魔は翠に声をかける。


「翠とやら」

「?」

「このセカイの我は、忍びの身でありながら倖せそうだ。うぬに問おう、我にもうぬのような存在に巡り合えるだろうか?」


忍者は感情を殺し、ただ主の為に任務を全うすることが本来の在るべき姿。

それだというのに、ここのセカイにいる自分からは混沌を好む感性は同じなのだが……それ以外の感情のほうが心の大多数を占めていることに気付いた。

それは、愛。誰かを強く求め、その者から受けられる包容に身を委ねてしまいたくなるような……暖かい何か。

それだけが欠けていることに気付いたのだろう、そして問いかけたのだ。このセカイにいる自分自身が大切に扱っている小鳥に……


「巡り合えます。きっかけは、星の数ほどありますし。誰かが出逢うのも、日ノ本は広いですから偶然でしかありません……そんな偶然の中で、私は彼と出逢えた。だから、貴方も出逢えると信じてます」


私のような存在を、貴方自身の手で見つけられることを。

ただただ祈ることしか出来ないけれど……


「そうか……」


その言葉だけを言い残し、もう一人の風魔は兼続の作り出した魔法陣へと足を踏み入れて……そのまま姿を消した。

無事に元のセカイに戻ったのだろう、その事実に兼続は成功したことに対して嬉し涙を流してワナワナと震えているようだ。

翠の目論みは見事的中し、無事にもう一人の風魔を送り出すことが出来た。その結果を謙信達に報告し、そのまま二人は上杉領を後にする。

本来ならば風魔に抱きかかえられ、風に身を寄せながら颯爽と風魔の里へと帰る予定だったが……今日だけは誰もが通る道を歩くこととなった。

たまにはのんびりと帰るのも悪くない。翠に手を繋がれ、引っ張るようにして先へと歩く姿に風魔は口元に笑みを浮かべながら愛する彼女の後姿を見つめるのだった。



END



大好きな人が二人居る。
そういう定番なネタを、意外と書いていない事に気付いて書いてみた結果……案の定長くなりました。

本当は風魔さんだけの予定が……まあ、そういうこともありますよね!(開き直り

あと二話分くらい続きます。そして、その二話で完結(?)させます!



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