短編小説 | ナノ

 風と龍の邂逅<前>


誰もが振り向いてしまうほどの美貌で、優雅な舞を踊る舞妓として――日ノ本で多くの話題を呼んでいた翠が、今まで身を寄せていた楽団を飛び出して早一月が経とうとしていた。

関東の某所にある忍びの里では、今日もまた賑やかな声が響き渡っている。


「おお! お帰りなさいませ、頭領!」

「ああ」


まだ日が高い頃、仕事から戻ってきた忍び里の頭領の帰りに、見張りで回っていた忍びの声を合図に周囲に居た住民達が顔を向けている。

この忍び里の頭領である風魔小太郎は、普段と変わらず皆に簡単に言葉を交わしながら辺りを見渡す。人を探していることに気付いた一人の部下は、頭を深々と下げた。


「翠殿をお探しですか? 頭領」

「言わずとも分かれ」

「はっ、申し訳ありません。翠殿でしたら、あちらに」


部下が指す方向には、数人の大人が木槌や木材といった大工道具を手に何かを作っている風景が見えた。


「翠殿、コレはどうすれば宜しいですか?」

「こちらの設計図通りに削って、この材料と一緒に縄で縛ってください」

「そうすれば、水流を頼りに定期的な水が汲めるのか……翠殿は凄いお方だな」

「い、いえ! 私はそんなに凄くは……」


筆と紙を手にして一つの設計図を書いては指示を出している翠に、瞬きをする風魔だが表情一つ変えずに彼女へと足を向ける。


「翠」

「!」


名を呼ばれた彼女は、ニコリと暖かな笑みを浮かべながら「おかえりなさい」と声をかける。


「こんな格好ですみません!」


ハッと我に返る翠の服は、軽装で大工仕事をしている少年のような服装だった。風魔が帰ってくる際は、決まって動きやすい女性物の服を愛用しているのである。


「気にするな。で、うぬは何をしている?」

「あ、水汲みする装置の開発を……これさえあれば、足腰が痛んで気にされてた住人達が効率よくお仕事できると思って」

「ほう? うぬが考えたのか……賢い小鳥よな」


よしよし、と頭を撫でてやると満足そうに「エヘヘ」と声を漏らして風魔の傍らに立つ。

道具さえあれば何かしら誰かの役に立つ装置を作り出してしまう……これは、風魔の元に身を寄せた翠の隠れた才能の一つだ。

元々工作事が好きだったこともあり、設計の知識はないものの原理を理解している脳を上手く使いこなして今のように物を作っているのである。

住人の暮らしの役に立っているものがほとんどだが、翠の考え出すモノには忍びの誰もが驚くような仕掛けを考えるのも少なくない。そのことに関しては後ほど語ることにして、頭を撫でる風魔の手の動きが止まり不思議に思いながら翠は顔を上げる。


「氏康が呼んでいる。我と共に小田原へ向かうぞ」

「氏康殿が……?」

「ま、子犬共が会いたがっていることもあるが……」


紡ぐ言葉を止める風魔に、翠は小さく首を傾げる。氏康が風魔だけでなく翠も一緒に呼ぶ理由……甲斐姫や早川殿が会いたがっているのも理由の一つではあるかもしれないが、もう一つ重大な理由が隠れているのではないかと直感する。

それも、その『もう一つの理由』が本題のような気もするのだが……翠は何も言わずに風魔の言葉を待つ。


「甲斐に早川殿……私も、久しぶりに会いに行きたい」

「クク……決まりだな。共に行くぞ」

「はい」


その後、翠は住人達に簡単な装置の手入れ方法や新しい道具の設計図を手渡して風魔と共に小田原へと向かう。

多くの住民や風魔の部下達に見送られながら向かった小田原には、翠が来るのを今か今かと待ちわびている甲斐姫がいた。


「翠〜! 久しぶり〜〜!!」

「はい、お久しぶりです。甲斐」

「元気そうで何よりよ」

「早川殿も! お久しぶりです!」


久しぶりに会う友との会話で、翠はウキウキさせながら話に花を咲かせていく。

そんな彼女を横に、用意された一室へと足を運ぶ風魔は待ち構えている氏康の前に座った。


「……で、我らに何の用があって呼んだ?」

「ま、譲ちゃん柄みで厄介なことが起きてな」


ハァとため息交じりに言葉を発する氏康に、風魔は「ほう?」と眉を動かしながら話を聞く。


「東国の伊達が、一陣を引き連れて関東に進行してるって情報が入ってきたんだ」

「伊達か……我らには無縁の輩だろうに」

「ま、ここで絡んでくるのが譲ちゃんなんだがな」


更に氏康から話を聞くと、どうやらひと月前まで所属していた楽団の長が翠を無理矢理嫁がせようとした相手が、その伊達軍の長である伊達政宗だったらしい。

容姿端麗で人当たりが良いと評判の娘を嫁に出来ることに、当時の政宗は快く了承したんだとか。だが、その話は今となっては白紙になってしまい、その原因は風魔小太郎であるという情報をなんらかの形で入手したようで。


「我と刃を交えようと、つまりそういうことだな」

「ま、そういうこった。お前絡みの戦なら勝手にやってろ、て話なんだが……譲ちゃんが絡んでるなら話は別だ。俺も戦に混ぜてもらうぜ」

「クク……勝手にするが良い」

「俺がそう言うよりも前に、アイツらは有無を言わせずに勝手に参戦するだろうがな」


アイツら、というのは甲斐姫と早川殿のことだ。親友として、そして風魔の元へ身を寄せてあっても『家族』であることには変わりないと二人は決めているようで。一人の武将としても有能な二人に、風魔は「ククッ」と笑いを漏らす。


「我の小鳥も、良き智謀の持ち主よ。今回の戦、あ奴も出たがるだろうな」

「へぇ? 意外だな、てっきり戦なんて場所に出さないと思ってたぜ」

「出したくないのが本音。だが、あの鳥は黙ってはいられまい」


普通の舞妓として過ごしてきた翠に、それほどまでに期待に似た言葉を漏らす風魔に氏康は首を傾げた。

何故? と言葉を口にしようか迷っていた時、二人しかいない部屋の戸が開く。そこには甲斐姫や早川殿、そして翠が入ってきた。


「どうした?」

「氏康殿、伊達軍と戦をすると甲斐たちから聞きました。それも、私絡みの戦だとか……」

「ケッ! なんだ、もう言っちまったのか」

「黙ってろって言う方が無理ですってば!!」


ムスッと頬を膨らませながら腕を組む甲斐姫に、瞳を細めながら翠は言葉を続ける。


「内密に進まれていた縁談が引き金になっているのならば、私も黙ってはいられませんから」

「ハァ……少なからず俺らも手を貸す。お前は戦に無縁の奴だ、あんまし先立って動き回るんじゃねーぞ?」

「勿論です! あと、実はこれをお渡ししたくて……」


ゴソゴソと彼女が手元にある袋から取り出したのは、なんの変哲もない筆だった。


「おお、丁度筆を切らしてるとこだったんだ。俺にくれるのか?」

「はい!」


ニコニコと笑みを浮かべながら氏康は筆を一本受け取る。「一本と言わずに何本でも!」と薦められたこともあり、結局彼は数本の筆を受け取る事となった。


「これには、一つカラクリを備えてみました!」

「カラクリだぁ?」

「ええ、筆のお尻を壁に向けて、小さな引っ張りを引きながら右に回してみてください」

「??」


首を傾げながらも、翠の言う通り筆の尻を壁に向け、言われなきゃ分からない小さな引っ張りを言われた通りに動かした。

すると……


―ヒュンッ ダンッッ!!!!


筆の尻から小さな針のようなものが、勢いよく飛び出し柱に刺さったのである。

驚きの威力と音に、氏康は目を点にして思考を停止させた。思わずポロリと口にくわえた煙管を落としてしまう。


「護身用に是非!!」

「お、おう……」

「ククッ……これだけのカラクリが作れるのだ、脳ある鳥が爪を隠していたというわけだ」


かくして、あれよあれよと事が進んで行き……翠をかけた伊達軍との戦はこの小田原城で雌雄を決する事となったのである。




***




そして、あれから数日後のこと。伊達軍が小田原近くで陣を敷いているという報を聞き誰もが警戒心を現にした。


「とうとう来たって感じね」

「でも、この小田原城まで軍が来るかどうか……」

「なんたって、この城までの道筋には翠の仕掛けた罠が色んなところにあるからね!」

「な、なんだかすみません……つい、色んな場所に仕掛けちゃいました」


申し訳なさそうに、照れながら頭を下げる翠。甲斐姫の話によれば、この道中に翠の仕掛けた罠があらゆる場所に設置されているようだ。

風魔の里に住んでいる人達の役に立つような物を作る傍ら、少しでも忍びの皆の役に立とうと戦でも十分に使える仕掛けを考えては紙に書き記してきたのである。その仕掛けの一部を、この戦で採用して投下させたようだ。


「それに加え、まさか武器まで持ってるたぁ予想外だぜ。ソレ、使いこなせるのか?」

「実践はないですが……仕掛けは熟知してるので、あとは使ってみない事には」


大事に抱えながら、片腕に取り付けた刃弩に手を添える。カラクリは理解しているものの、実際に使った事がないという事もあり上手く使いこなせるかは分からない。

それでも、翠はこの刃弩を身に付けた。つまりは、兵に紛れて戦う気満々であるということだ。


「本当ならば、このような場に出したくはないのだがな」

「大丈夫ですよ、風魔さん。私に、考えがあります」


フフン、と得意げに話す姿は一人の軍師のようで。戦とは無縁の彼女の出した案に、風魔だけでなく氏康たちも驚きを隠せずにいた。

さて、その策とは一体何なのか……それは、戦を見てみない事には分からない。




***




所変わり、伊達軍の陣では小田原城の周辺が記された地図を広げながら頭首の伊達政宗が腕を組んでいた。


「そろそろ頃合いでしょう、政宗様」

「ああ、そうじゃな」


眼鏡を持ち上げながら言葉を発する参謀に、政宗は深く頷いた。


「全軍出陣! 目標は風魔忍軍の首領・風魔小太郎だ!!」

「嫁候補である翠殿の捕縛も行ってください。彼女は本来、政宗様の奥方になられる方だ。丁重に対応するのです」


周囲からの声を合図に、伊達軍は真っ直ぐ小田原城へと進んで行く。

先陣を切っているのは参謀の片倉小十郎。馬に乗り、兵たちに指示を出していきながら小田原城の城下町へと進んで行く。

小田原城の城下町へと兵を引き連れて進む一行は、変に静まり返っている周囲に疑問を抱きながらも真っ直ぐ城へと進む。

だが……


―ピィー!


少し離れた場所から聞こえてきたのは、高らかに響く笛の音。その音を合図に、周囲から武器を手にした兵が次々と現れた。


「んなッ、伏兵ですか……!!」


一瞬ひるむ小十郎だったが、すぐに体勢を立て直して迎撃しようと武器を手にする。

だが、その一瞬の隙に周囲から無数の矢の雨と地面から飛び出す槍の攻撃で更に進行が困難となっていくのだった。

これには、流石の小十郎も身動きが取れず……体勢を立て直すのに時間が掛るのは目に見えていることだ。

そんな様子を、小田原城の高い場所から様子を見守っている人影がある。


「スッゴーイ!」

「私のご先祖に当たる方が、こういった戦における策を練るのが上手な方でしたから……まあ、真似事ですけど」

「こいつぁ驚いたぜ。妙な所から、軍師の血を持ってる奴がいるとはな」


プハー、と煙管を銜えては息を吐く氏康は、扇を手にしている翠へと視線を動かす。

これは彼女から発せられたことなのだが、翠の先祖に当たる人達は日本ではない別の土地で軍師として智勇を振るっていたらしい。

らしい、というのは翠自身も分からない事だからだ。教えてくれた両親は他界してしまい、唯一残っているのは手にしている武器一つ。詳しい書物も探せばあるかもしれないが、探せる環境でなかったのも理由の一つと言えるだろう。


「この小田原城には、大将核である伊達政宗さん……あと今先陣を切っている眼鏡をかけた方もお通ししましょう」


さて、城内に仕掛けた罠をどのくらい掻い潜ってこれるのか……

そう思いながら玩具を見つけた小さな子供のように、目を爛々と輝かせながら翠は部屋の奥へと向かった。

どうやら着替えるようで、部屋の奥に置かれている一つの服を広げている。


「ねえ、本当に私たちは手を出さなくて良いの?」

「はい! これは私の問題ですし……」

「だけどッ!」


グッと握り拳を作る甲斐姫は、頬を膨らませながら声を荒げている。

こんな大きな戦となっているのだ、この戦の勝敗で友が連れ去られてしまうかもしれない。ただただ黙って見ていられるほど大人しい性格の甲斐姫ではなかった。

そんな彼女を見ながら、煙管を銜えながら氏康は立ち上がりゆっくりと歩きだす。


「ま、見てるだけじゃ暇なんでな。城の中枢付近で雑魚兵をあらかたうっちゃっとくぜ。それくらいさせろ」

「私も私も! お館様、手柄は横取りしないでくださいよ〜?」

「ちょっと、二人とも……!」


驚く翠の言葉など聞く耳を持たない様子の二人は、愛用の武器を手に部屋から出ていってしまった。

ちなみに早川殿は、城下町へと身を投じ兵たちに指示を出していてこの場にはいない。

必然的に、天守に当たる部屋には翠と風魔の二人だけとなった。


「本当に出るつもりなのだな」

「は、はい。この目で、相手を見極めたいと思っていますから」


事前に用意した服に手を通しながら話す翠は、簡単に着替え終えるとクルリと風魔へと振り向く。


「止めても無駄ですからね! でも、今後はこんな無理なお願いは風魔さんにしかしませんから……」

「その方が良い。それに、小鳥の我儘一つくらい聞いてやらねば嫌われてしまうだろう」

「そんなことはないですよ! 私が風魔さんを嫌うだなんて、天地がひっくり返らない限りあり得ません!」


日を追うごとに募る想いは、もはや言葉で言い表すことが不可能となってきていた。

彼に触れ、共に過ごす時間を増やしたところで不安な気持ちで押しつぶされてしまいそうだ。


「あ、この戦が上手くいったら何かしらお礼を考えないと……甲斐や早川殿は何が良いかな……」


制止の言葉を口にしても、一向に聞いてもらえずただただ翠の為にと行動してくれている。

甲斐姫を始めとした北条の人達には頭が上がらず、お礼に関しては何をすればいいのか分からないのが現状だ。

それは風魔にも言えることなのだが……


「風魔さんは、何が良いですか? こんな小鳥の我儘を聞いてくれてるんです、欲しいモノとか……」

「欲しいモノ……」


少しだけ間を置き、口元に手を添えながらジッと視線を蓮へと向ける。

視線が何を訴えているのか分からず、少しだけ不安そうになりながら彼の言葉を待っているようだ。


「――子が欲しい」

「…………え……?」

「聞こえなかったのか? 我とうぬの子が欲しいと言った」

「え、ええ!!?」


想定外も良いところだ。この風来坊な風は何を考えてそう口にしているのか……


「こ、ここでそんなこと言わないでください!!」

「欲しいものは何かと問うたではないか。うぬを我の手元へ縛り付けるにはどうすれば良いか、ずっと考えていたのだ。やはり、我の子を身籠れば良い話しであったな」

「な、な、な……ッ」

「恥ずかしがることない。何の為に、うぬを攫うまでの過程で何度逢瀬を重ねたと思っている?」


本気だ……この風来坊な風は本気で言っている。そう直感する翠は、驚きと同時に異様に心臓が鼓動を早く打っていることに気付き頬を赤くする。

言葉を失い、ただただ顔を真っ赤にしている翠に風魔は面白そうに笑みを浮かべながら手を伸ばす。頬を撫でられ、小さく反応しながらゆっくりと彼女は顔を上げた。


「嫌なら拒めば良い」

「ホント、意地悪な人ですね。断れないの、知っている癖に……」

「ククッ……」


名を呼ばれ、顔を上げれば瞳を細めた愛する人の顔が近づいていた。瞳を閉ざす翠は、唇から感じる彼の体温を感じながら腕を伸ばして抱きしめる。

触れるだけの口付けではあるが、それだけで二人の心が満たされるには十分だ。だが、風魔はもう少し先の行為へ事を運ばせたいと思っているのだが……それを翠は知る由もない。


「この戦が終わった後、翠の身体に我のモノである証を刻みつけてやろう。楽しみだな」

「ッッ〜〜〜〜」


声にならない声を抑える中、クツクツ笑う風魔は翠を撫でながら愛でている。。

この戦が終わった後のことを考え、更に顔を赤くする翠は敵が城に突入してきた報が届くまで風魔の腕の中で大人しく捕まっているのだった。








終わらない、だと?(゚Д゚)


2015/2/17



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