短編小説 | ナノ

 風が見初めた鳥<後>


翠と対面してから、甲斐姫と早川殿は時間さえあれば楽団の公演へと足を運ぶようになっていた。

披露する演目は代わり映えはしないものの、出演者の服装や舞いの微妙な変化があることもあり、何度も足を運んでいる観客が多いのも事実だ。

演目が終わった後は、決まってあの川辺へと足を運んで休憩中であろう翠と他愛ない話をして帰る。それが二人の日常だ。

そして風魔はと言えば、風来坊な風が見初めた存在をどのような手を使えば我がモノに出来ないかと模索しているようだった。

甲斐姫たちと違う所があるとすれば、朝昼晩構わず会いたい時に彼女の元へと足を運んでいることくらいだろう。

ある時はお昼の時間、ある時は公演の切り替えの最中、ある時は人目を盗んで二人きりになれるような場所と言った具合に、会う回数を増やしていった。

会う回数が増えていけば、各々の話が弾んでいくともなれば、声を発する事に躊躇していた翠は次第に風魔小太郎と言う存在に惹かれていくのは必然のことだ。

甲斐姫たち以上に会う機会が多い風魔と共に居る空間が待ち遠しくなってきた時のこと……

次第に惹かれていった二人の仲を裂くかのような出来事が、起きようとしていた。


「……風魔さん、ですか?」

「クク、よく分かったな」

「優しい風が吹く時、必ず貴方は現れますから」


今日も、月夜の綺麗な星空の下で二人は特に約束をしているわけでもなく、いつもの川辺で出逢う。


「忍者の長は忙しいと聞いてますけど、毎日のように私に会いに来て……つまらなくないですか?」

「特に感じたことはない」

「だって、私は特に変わった話題を持ち合わせていないという事もあるし……」


自分以上に多忙な日常を送っているはずなのに、この人は懲りずに何度も来てくれている。

友であるくのいちも、風魔同様の忍者だ。知り合った当初、彼女も多忙で数日顔を合わせなかった事が多かったのを憶えている。


「今日、会いに来てくれてよかった。甲斐や早川殿は今日来れないと思っていたから……伝言なら、貴方に頼める」

「?」


何かを決心したかのような口ぶりだ。そう思いながらも、何も言わない風魔はただただ彼女の言葉を待つ。


「団長が、明日の昼公演を最後にこの地を離れるそうです」

「!」

「もう、毎日のように風魔さんにお会いする事ができません。それは甲斐たちにも同じことが言えますけど……」


表情を暗くさせ、瞳を閉ざす翠にそっと風魔は手を伸ばして彼女の頬を包む。突然の行為に、翠は小さく反応する。


「……寂しくなるな」

「そう、ですね。仲間の目を盗んで、こうして風魔さんとお話をする時間は……とても楽しかったです」


こんなに特定の人物と会話を長くしたことがなかった事もあり、風魔を紹介してくれたくのいちに何度も心の奥で感謝したものだ。


「――もし」

「?」


少しだけ、躊躇しているような声が聞こえる。風魔らしくない言葉に、翠は首を傾げる。


「もし、我がこの籠からうぬを連れ去ろうとしているとしたら……どうする?」

「ぇ?」

「言葉にせずとも、分かっているはずだ」


唐突な言葉に、彼の考えていることが分からない。何とも言えない空気が漂っている事を肌で感じ、小さく唇が震える。


「わ、たし……」

「うぬは籠に囚われた鳥同然……ならば、我が風となりうぬを連れ去ってやろう」

「どうして……ッ、そんなことを……」

「理由など、至極簡単なものよ」


混沌を好む風が、囚われの鳥に一目惚れをした。そしてその鳥の為ならば、どんな風でも吹かせてしまおうという衝動が起きているのだ。

出逢って日が浅いにも関わらず、ここまで心底惚れ込んでしまうのも自分らしくないと、風魔は自虐的に笑う。

さて、そんな底知れない風が抱く想いを鳥がどう理解するのか……


「……もし、本当に連れ去ってくれるなら……攫ってください」

「ほう? 報酬は高くつくが、構わぬか?」

「私が払えるものならば」


衣食住を楽団の空間で過ごし、稼いだお金は全て団長が牛耳っているから高額なお代が払えないのが現実だ。

なら、自分自身で何か彼に礼が出来るものはないだろうか……? 何も考えつかないのが悔しい。

だが、いざ攫ってもらおうともなると色々心残りと言うものがあるわけで……表情を暗くする翠に、風魔は息をひとつ吐く。


「――ならば、今は仮契約ということにするのはどうだ?」

「仮契約、ですか……?」

「うぬの昼公演、我も子犬達と共に観に行く。その際、我との契約を正式に交わすかどうかを決めよ。決めた際の合図は……」


サァァ、と二人を包むように静かな風が通り過ぎていく。その風の音の中、そっと風魔は翠の耳に囁くように何かを口にした。

風と共に聞こえた彼の言葉に、翠は目を見開かせる。


「考える猶予は有り余るほどある……翌日の昼、良い返事を期待しているぞ。ククッ……」


笑い声を残し、風魔は闇に溶け込むようにこの場から姿を消していった。

川のせせらぎが響く、たった一人しかいないこの空間の中……翠は口を覆いながら顔を真っ赤にさせている。


「風魔さんは、本当に意地悪なお方……」


もしかしたら、気付かれているのかもしれない。

そう思いながら翠は、河辺を後にするのだった――


―決めた際合図は……壇上で、我に対する想いを叫ぶ事だ―


惹かれているこの想いの正体……それは風魔と言う存在に、惚れていること。それを、彼は気付いていながら口にしているともなれば……

翠の取るべき行動など、一つしかなかった。




***




翌日。割り当てられた自分の部屋で、翠はずっと持ち歩いてきた鞄の中に入っているものを取り出した。

それは……片腕につけることが出来る飾りだ。だが、これは只の飾りではない。

小さな留め金具があり、それを引っ張ることで一つの武器に早変わりする代物だ。生前の母から、この代物の名を『刃弩』であると聞いたことがある。この武器は、翠の先祖に当たる人が使っていた代物らしい。

詳しい話は、知っていたであろう両親から聞くことは叶わず未知の領域となってしまっているが……


「私がこの楽団に入って、唯一持っている私物はこれだけだもの。もう……覚悟はできている」


たった一人、部屋の中で刃弩を抱きしめながら翠は小さく心の中で固く決意していた。

籠の外を知らない鳥が、風に導かれてセカイへと飛び立つまで……それほど時間はかからない。

パッと見た印象が手甲のようでもある刃弩は、楽団に居る仲間は知らないのは言うまでもないことだ。翠自身が言葉を発する事をやめていることもあり、彼女の持ち物や彼女に関わることを周囲が汲み取ろうとしてないのが本音と言ったところか……


「舞妓としての私は今日まで、だから精一杯……悔いが残らないようにしないと」


そう小さく決意させながら、翠は観客たちが待っている壇上へと足を向けていくのだった。刃弩を身につけ、いつも手にしている扇を持ちながら……登場を今か今かと待ちわびている客へ会いに向かう。




***




翠が、今日の昼公演を最後にこの土地から離れてしまう。

そう風魔から聞いた甲斐姫や早川殿は驚きを隠せずにいた。二人にとって、翠は掛け替えのない友だから。いつかこういう日が来るのは目に見えてはいても、風魔のもたらした報を受け入れられないでいるのだ。


「……んで、今日の披露会を見に来てくれって言われたのか」

「ゼェッタイ見るに決まってるじゃない! もう翠と会えなくなるなんて……」

「何処へ向かうかまでは分からないけど、ここへもう一度足を踏み入れる時はいつになるか……」


出逢いがあれば、別れもある。その別れの時が早まっただけのこと……

だが、その別れを惜しむのも事実だ。仲良くなれたからこそ、スッパリと「はいサヨナラ」と言えないでいるのだ。

最後の晴れ舞台を見ようと、甲斐姫たちは張り切っていつも通い慣れている道を歩いていき、公演会の会場へやってきた。

先へと歩く二人を横に、氏康はチラリと視線を風魔へと向ける。


「ところでオバケさんよ、この後仕事か? 仕事着で来るたぁ珍しい」

「ククッ……この後に大きな仕事がな」


ここへ足を踏み入れる際、必ず着ている服とは違い……氏康や甲斐姫達からすれば見慣れている普段着に身を包む風魔。

公演会を観に行く際は、特別な仕事を入れないでいた彼の事を思えば不思議に思うのも無理ないことだ。

真相を聞こうとした氏康だが、首を大きく振る。問うたところで、このオバケさんが素直に教えてくれるとは限らないと知っているからだ。


(なーにやらかそうとしてんだか……)


煙管を片手に持つ氏康は、これから起こりうるであろう騒動を予測しながら甲斐姫たちと共に壇上へと視線を向けるのだった。

演目は代わり映えせず、舞妓である翠の披露も問題なく終わりを迎える。

最後の舞台挨拶も、いつもと変わらなく過ぎていくと思っていた。


「…………」


役者たちが手を振りながら去って行く中、翠だけは壇上から動かずに周りを見渡している。まるで、これが見納めかのように……


「翠! どうしたの?」


仲間の声を聴きながら、翠はキュッと握り拳を作った。


「皆さん、今日まで観に来てくださり……本当にありがとうございました」

「!?」


この空間にいる誰もが驚いているに違いない。喋れないと言われてきた翠が、言葉を発したのだから。


「この楽団で過ごした時間は、私にとって掛け替えのないものばかりでした。ですが、そろそろ私も籠から外へ出てみようと思っています」

「ば、馬鹿な考えはよしな! 早く戻ってくるんだ、翠ッ!」


幕袖から聞こえた声に、翠は笑みを浮かべるばかりで動こうとしなかった。それが何を意味しているか、瞬時に察した団長は顔色を悪くさせた。


「風魔さん! 友に紹介していただいたあの時から、私は貴方に惹かれていました。どうか、これから先ずっと……共に在りたい。愛して、います……!」


彼女からすれば、これほどまでに顔を真っ赤にさせて愛の言葉を口にするのに抵抗があったに違いない。

それでも、勇気を出して話したのは……それだけ風魔小太郎という存在が翠の中で大きくなっている証拠だからだろう。


「ククッ……それがうぬの応えか」

「!」


優しく吹いていく風と共に聞こえた声に、翠は笑みを浮かべる。


「これ以上は、言葉など不要だと思いますけど」

「ならば、我もその誠意に応えねばなるまい」


翠が振り向いた先には、先程まで観客席に居た風魔が腕を組んで立っていた。

甲斐姫や早川殿は、風魔の行動に言葉を失っているようだ。ただ、氏康だけは「そういうことか」と一人納得するように頷いている。


「我との契約料は、うぬからの『永遠の愛』だ」

「え……?」

「我を永久に愛すと誓え、翠」


誰からも縛られず、自由に吹きすさぶ風が求めたもの……それは、自由に憧れを抱いてきた美しい声を持つ鳥との共存。

そんなもの、愛を誓う鳥にとって躊躇する内容ではなかった。もう、返事など決まってるものだから。


「答えは応です。この命尽きるまで、風と共に在り続けさせてください」


嬉しそうな笑みと、誰もが聴き惚れる暖かな声。それだけで十分だ、風魔はニヤリと笑みを浮かべて翠を横抱きにする。

身体が急に浮いたことに、翠は慌てながら風魔の首に手を回す。


「ま、待ちなさい!」

「なんだ、我らはこの後用があるのだがな」

「勝手に舞妓を連れて行かれちゃ困るんだよ!」


運営側からすれば、稼ぎ頭でもある翠の喪失はかなりの打撃なのだろう。

彼女目当てで来る客も少なくない。それを知っていて尚、風魔は攫おうとしてるのだ。


「こやつが居らずとも、なんとかやっていけよう。それとも、手放せない理由があるのか?」

「見りゃわかるだろう! アタシらは旅芸人。稼ぎ頭一人居なくなっちゃ商売下がったりなんだよ!」


それ以外にも理由があると言えば、いくらでも出てくるだろう。だが風魔は、団長の真相真意を知っているようでクツリと笑みを浮かべる。


「それだけではあるまい。小鳥にも言っていないようなことがあるのではないのか?」

「な、何を言って……」

「我が知らずに小鳥を攫うわけがなかろう。とある風の噂だが、東国の偉い武将に彼女を無理やり嫁がせようとしていると耳にしたが?」

「え……」


翠も初耳だったのか、目を見開かせながら団長達へと顔を向けた。

つい先程まで共に過ごしてきた仲間たち……だが、団長だけはギリッと奥歯を噛み締めているようにも見て取れる。

そう……容姿端麗で性格の良い彼女を、長である彼女が野放しにするはずがなかった。高額の金を条件に、知らない間に彼女を売ってしまおうと思っていたのである。

この集団の中で一番の稼ぎ頭であるのは周知の事実だが、彼女がいることで格差が広がっているのも事実で。そこで考えに辿り着いたのが、お偉いさんに彼女を売ってしまおうということだった。

まあ、この誰も知らない裏の裏で行われていた取引を風魔が知り……尚且つ翠を見初めたことで公衆の面前に白日の下に晒されたのだが。


「座興はここまでだな? 我はこの後忙しくなる、去らばだ」


ククッと低い独特の声を漏らしながら、風魔は翠を連れて闇に溶け込むようにこの場から姿を消していった。

その後、この楽団はどういう運命を辿っていったのか……それは誰に言われなくても分かることだろう。しいて言えば、翠が連れ去られたことを皮切りに解散していったのである。

内密に行われた翠の縁談の話はどうなったのか……それはもう暫く先にならないと明るみにならないだろう。

所代わり、見事意中の鳥を攫えた風魔は自身の里にある一室に翠を置いたのである。特別な決まりごとは設けず、里から出ないことを条件に彼女を自由にさせた。

里から出られない、という部分だけ見れば楽団にいた頃となんら変わらないと誰もが思うかもしれない。

だが、唯一違うところがある。それは、決まりに縛られ続けてきた翠が――風魔のことを心底愛しているということだろう。

風魔が帰ってくれば、必ず翠は出迎えに駆け寄る。その姿に風魔もまた、心が満たされる感覚を憶えながら終始愉しそうに日々を過ごしているのであった。

風魔の部下たちはと言うと、突然頭領が一人の女を里に連れてきて……心底大切に扱う姿に誰もが戸惑いを隠し切れずにいたものだ。

だが、あの風来坊で何を考えているのか分からない風と言われてきた頭領が連れてきた翠の人柄に、次第に部下たちも警戒心を解いていったのは言うまでもないことだろう。

近々、二人の仲が進み子供が出来るのではないかと密かに噂されているんだとかそうでないんだとか……




身動きが取れない籠の鳥は、風来坊で気分屋な一陣の風に導かれ外の世界へと飛び立った。

身を寄せる新たな場所で、風から受ける暖かく心安らぐ新たな籠の中で……鳥は今日もまた歌うように声を発する。

日を追うごとに感じる風からの愛を受け、居心地良く……綺麗な声で風を魅了し続けていくのだった。



END



風魔小太郎とは、無双OROCHIのプレイで初めて対面した感じでした。
囁きボイスにときめきながら、丁度戦国無双4の発売も相まってソフトを購入してプレイしたら完全に惚れてしまったという経緯があったりします。
風魔さんを皮切りに、関東メンツを好きになり、声優繋がりで伊達軍のメンツを好きになり……そんな経緯で結局戦国無双メンツ皆好きになったという。

アニメもワクワクしながら見てたり、新作ソフトも有無を言わずに購入したり。くじ引きもやってみたりね!
お陰さまで、戦国無双充しながら、三国にも愛を注ぐ日々を送っています。

書いてて楽しいので、まだもう少しだけこのお話は続きます。
お付き合いして下さる方は、是非次のお話も読んでくれると嬉しいですね!


2015/2/7



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -