夢の続き

 

毎晩毎晩、決まって同じ夢を見るようになったと最近になって思う。

時は夕暮れで、散歩しているのか良く分からないけど川辺の近くを歩いているのだ。景色を見ながら歩いていると、そこには一人の男性が佇んでいる姿が見えてきた。何故か不思議に思いながら、私は彼の元へと歩んで行く。私が近づいていることに気付いているはずなのに、彼は一向に振り向く気配がない。

だから、丁度手を伸ばせば届くような距離まで近付いて……声をかけるのだ。


『ここで、何をしているんですか?』


その声を聞いてか、ようやく彼はピクリと動きながら振り向いてきた。

逆光のせいで、彼がどんな人なのかまでは分からない。そして、ゆっくりと口元が動いて……




**




「――また、なの?」


パチッと、朝日に起こされながら上半身を起こす。小さく頭を振り、目をこすりながら大きく伸びをした。

また今日も、いつものように一日の始まりを迎えたのだ。


「まったく、一体なんだっていうの……?」


返ってくるはずのない空間でそう問いながら、私はゆっくりと朝の支度を始めた。

ここ最近になってみるようになった夢に不思議と首を傾げる。こう何度も見ていると、現実で起きてもおかしくないと思うのは私だけだろうか?

何度も夢の中に現れる彼……貴方は一体、誰ですか――?




***




私は、この魏城が見下ろしている城下町にある飲食店で働いている……ごくごく普通の店員である。

お客さんから注文を受けて、料理を運ぶ。仕事が終わればそのまま帰るという……いつもと変わらない日常を送っている。


「香月ちゃん! お客さん来たから対応してやってくれ!」

「はーい!」


店長にそう声を掛けられ、厨房で皿洗いをしていた私は急いで手を拭きながらパタパタと駆けていく。


「いらっしゃいま……よ、ようこそお越しくださいました!」

「よせ、堅苦しいのは性に合わん。普段通りに接しろ」

「は、はい!」


店長め、彼が来たのが分かって合えて私に声をかけたな……!

心の中でワナワナと震えながらも、表情に出さないように必死になりながらお客様を店内へと案内する。

ここに足を運びに来たのは、この魏国に住んでいるものならば誰でも知っている有名な人物・司馬師様だ。彼の後ろには何人か人影があり、どうやら司馬師様のお連れの方のようだ。全員で四名様か……確か少し奥に丁度席が空いていたはずだ。


「こちらへどうぞ。ご注文は、何になさいますか?」

「決まったら声をかけよう」

「かしこまりました」


ペコリと頭を下げ、私は店内の様子を見に彼らに背を向けた。


「さっさと決めろ。私は気が長い方ではないからな」


いつものように、我が物顔を浮かべる彼は連れの一人に声をかける。


「わ、分かってますって兄上! そういう兄上は、何にされるんですか?」

「いつものやつを頼む予定だが?」

「いつもの、ということは司馬師殿はよくここへ足を運びに……?」


首を傾げる男は、司馬師殿に問うと返事を返すように彼は頷いた。


「ああ、気分転換でよく足を運んでいる。先程の女性は、この店の看板娘と言ったところだな」

「成程……私たちが居ることで、返って緊張させてしまったかしら」

「案ずるな。私が"普段通りに"と声をかけたからな、大丈夫だろう」


そんな会話をされていることなど露知らず、私は他のお客さんの注文を取ったり食器の片付けなどをしていくのだった。



**



そして、常連客でもある司馬師様から注文をいくつか頂き、料理を運ぶ。そんな事をしていく中で、彼らの会話を聞いていくうちに分かったことがある。

司馬師様がお連れした方々は、司馬師様の弟・司馬昭様と彼の婚約者・元姫様、そして諸葛誕様であるということだ。

ニカッと笑いながら食事を口に運ぶ司馬昭様に、元姫様はハァと溜め息をつきながら箸を動かしているみたい。それは諸葛誕様も同様で、眉間に皺をよせながら食事を口に運ばれている様子。

そんな四人のやりとりを横目に仕事をしている私は、小さな疑問を抱いていた。


(あ、れ? 彼、何処かで見たような……?)


彼、というのは諸葛誕様のことだ。よく城下町に降りては私たちの話に耳を傾けてくれているのは耳にしていた。たまに彼の横顔をみたこともあるが、問題はそこではないのだ。

もっと前から、私は彼を見たことがあるかもしれないと思っているのだ。理由なんて、分からないけれど。


「?」


頭上に疑問符を浮かべながら、私は自分の仕事に集中するべく頭を小さく振って作業を再開させた。



***



「お疲れさまでしたー!」


そんな声が店内に響く夕暮れ時、無事に仕事が終わった私は店長にそう声をかけて店を出た。

今日は比較的人の出入りが少なかったこともあり、予定よりも早く仕事を切り上げることが出来たのだ。


(少し、回り道してみようかな)


普段なら真っ直ぐ帰路に着くけれど、今日は少し違う道を通って行こう。そう思い、私は大通りを歩いていった。

大通りに面しているとある小さな道を曲がると、そこに広がるのは小さな川が流れている。夏に近付いているこの時期、ここに流れる川のせせらぎと優しくそよぐ風はとても心地よい。

小さく髪をかき上げながら歩いていくと、ドクン、と私の鼓動が大きく跳ね上がる。

川辺に、一人の男が佇んでいるのだ。その姿はとても見覚えのある光景だったこともあり、異様に心臓が早鐘を打つ。


(これって、夢で見た――)


そう、夢で見た光景そのものだったのだ。

ドクン、ドクン、と五月蠅く響く胸を押さえながら……私は歩み寄る。カサカサと私が歩く度に草が音を発しているから、相手には私が近づいていることは分かるはず。なのに、振り向く気配がない。

不思議と不安な気持ちが入り混じる中、私は手を伸ばせば届く距離まで近づいていく。そして、声をかけるのだ。


「ここで、何をしているんですか?」


夢の中で、何処の誰とも分からない男性に声を発するように。


「気分転換を、な」


それほど間を空けずに、彼はそう返事を返してくれた。低いその声に、胸がトクンと跳ね上がる。


「ここは穏やかで、静かで、優しい気持ちにしてくれる。公務も多く、ずっと部屋に閉じ籠ってばかりだったからな」

「そう、でしたか」


優しい声色だったこともあり、私もそれほど警戒心を持たないで返事を返す。


「時に、貴女は何故ここへ?」

「私も、気分転換で」

「はは、私と同じだったか。ならば、これも何かの縁だ」


そう言いながら振り向いた彼の顔を見て、私は目を見開かせた。何故なら、今日お店で顔を見た人物だったからだ……


「少しだけ、お時間を頂けませんか? 貴女と、お話をしてみたいと思っていたのだ」

「わ、私のような者で良ければ喜んで! 諸葛誕様」


そう、今日司馬師様と同席していた彼だったのだ。まさか、こんなところでお会いするとは思ってもみなかった事もあり慌てて頭を下げる。

まさか、夢の続きがこんな展開になっていただなんて……!!


「そう堅苦しく申すな、気軽に『公休』と呼んでくれ」

「い、いえ! 殿方の字を呼ぶだなんて……!」

「そうか、それは残念だ。私は、もっと香月殿と親交を深めたいと思っていたんだがな」

「え……?」


何で彼が私の名前を知っているのかとか、疑問に思ったけれどそんな事はどうでもいい。まるで、夢の続きを見ているかのような……不思議な気持ちを抱きながら、彼の差し出してくれた手を握る。

その手はとても優しく、暖かく私の手を包んでくれるから今起きていることが現実のものであると実感させられる。

これは夢の続き? いや、夢であってほしくない。


「実を言うと、私はまるで夢の続きを見ているような感じなのだ」

「夢、ですか……?」

「そう、夢の中で……こういう川辺で一人佇んでいてな」


彼の話しだした内容はこういうものだ。夢の中で、何でこんな場所にいるのかも分からない彼は川辺で一人佇んでいたのだそうだ。

理由も分からず、ただただ耳に聞こえてくる川のせせらぎに耳を傾けている時に聞こえた声が――


『ここで、何をしているんですか?』


そう、問うてくる女性の声だったのだそうだ。返事をしようと振り向くのだが……夢はここで終わり、いつも目が覚めるらしい。


「だから、どうかこの手を放さないで欲しい」


こうして出会え、言葉を交わせたのは何かの縁だから――

そう優しく笑う彼に、私もまたお返しと言わんばかりに笑みを返す。同じ夢を見ていただなんて、なんて奇怪なことこの上ないけれど……もしかしたら、私たちはここで出逢う定めだったのかもしれない。私は、そう思うから。


「宜しければ、この後の時間をこの諸葛公休が頂いても宜しいだろうか? 香月殿のことを、もっと知りたいのだ」

「奇遇ですね。私も、もっと公休さんのことが知りたいと思っていました」


この縁を大事にしていきたいと思う。きっかけは夢の中であったとしても、私は貴方と話すことが出来て……とても倖せだ。

繋がれた手は離れることなく、暖かな夕暮れの光に包まれながら私たちは川辺を後にするのだった……


END

加筆修正:2014/5/26

 
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