共に過ごすということ

*現代設定


「はぁ〜」


大きな溜め息をつきながら、司馬昭はデスクに向かって大量の紙の処理を行っていた。

近々提携する予定になっている会社との連絡、契約を結んで間もない顧客の対応まで。副社長の地位にいる彼は、使わないでいた頭をフル回転させながらペンを走らせていた。


「昨日までが嘘のようだな。明日は嵐か? 雹か?」

「普段もこのくらいやってくれれば良いというのに……」


そんな彼に声をかけたのは、婚約者でもある元姫に親友の賈充だ。二人の手には、新しい書類の山が抱えられている。


「おいおい、親友に対してそりゃねーだろ?」

「めんどくさがり屋のお前からすれば、こう言われるのは仕方のないことだろう」

「何かあったの?」


ドサッと空いている机に書類を置きながら元姫が問うと、司馬昭は大きく頷いた。


「アレだ、アレ」

「?」


アレ、と言いながら彼が親指で指差す場所。そこは、誰も座っていない社長の椅子と整頓された机があった。その隣には小さなデスクが置かれており、そこも綺麗に整頓されている。

この机や椅子を使う主たちは、今日この場に居ないようである。


「今日、兄上と漣さんの結婚記念日だからな。今日や明日くらい、羽を伸ばしてもらおうかと思って」

「嗚呼。最近仕事が多くて、なかなか家に帰れなかったそうね。漣さんがそう話されてたわ」

「司馬師殿もそんなことをぼやいていたな。今日から数日、休暇にするべく仕事を詰め込んだらしい」

「そうそう!」


丁度先週だったか、デスクに置かれていた書類を見ては深く溜め息をついていた社長を思い出す賈充。

そして元姫もまた、食堂などで顔を合わせる回数が多く親しんでいる司馬師の秘書であり妻でもある友人を脳裏に浮かべていた。


「今頃、お二人は仲良くデートしてるだろうよ」


ニカッと笑いながら、司馬昭は二人の持ってきた書類へと手を伸ばしてデスクワークを再開させる。

そして元姫や賈充もまた、兄想いの良き弟を支えるべくそれぞれの仕事へと取り掛かるのだった。




***




「今日は天気が良くて、散歩には最適だね。子元」

「ああ、そうだな」


はらはらと舞い散る桜の花びらの中、漣はふわりと微笑みながら振り返る。彼女の後ろには、瞳を細めて優しく見守る愛する夫の姿があった。


「今忙しい時期だから、記念日のお祝いは次の休みでも良かったのに……わざわざ仕事を詰め込まなくても――」

「当日でなければ意味がない。今日が特別で、大切な日であるのを……お前は知っているだろう?」

「そう、だけどさ……」


今日という日……それは、二人が夫婦として新しいスタートを切った日である。だが、それ以外にも大切な想い出がある日でもあるのだ。

二人が出逢った日、告白をして付き合い始めた日、初めてキスを交わした日……今日という日に込められた想い出は、他にも沢山ある。


「――折角、弟さんも協力してくれて今日お休みにしてもらったんだもんね。社長様?」

「その言い方はよせ。ここに居るのは、晋社を築き上げるべく居座る二代目社長ではない」


妻を一途に愛し、今日という日を過ごせる事に倖せを噛み締める一人の夫だ。

そう言葉を紡ぎながら、彼・司馬師は数歩先に歩く漣へと歩み寄って流れるようにそっと口付けを交わした。優しく包み込むようにキスをする夫に、漣は離れていく唇に寂しさを憶えながらも笑みを浮かべる。


「今日の予定は?」

「高価なレストランを予約した……と言えれば良いんだがな、ノープランだ」


元々漣は、何処にでもいるごくごく普通の家で育った一般人。大手企業で働き、そこから独立して一つの会社を立ち上げた父を持つ司馬師とは住んでいるセカイが違うのは言うまでもないこと。

だから、高価なモノや高級レストランをあまり好まない妻のことを思い、今日はあえてレストラン等を予約しなかったのだ。


「そっか。それじゃあ、私の行き付けにしようか。学生時代に、一緒によく寄った場所」

「嗚呼、あの店か。良いだろう、行こう」


結婚して数年経つと言うのに、まだまだ恋人のような空気を纏う二人は自然と手を繋ぎながら桜並木の道を歩いて行った。




***




「ちょいと、そこのお二人さん!」

「「?」」


食事も済み、近隣の公園へと向かおうとした時のこと。すぐ後ろから、若い女性の声が聞こえてきたのだ。二人が揃って振り返ると、パシャッと小さなシャッター音が聞こえてくる。


「いやー、一枚絵を見ているかのような、お似合いカップルさんだ! ねね、今少しだけ時間いいですか?」

「おい、初対面の相手に図々しいな」


ムスッとさせながら司馬師が怒りをチラつかせながら話をすると、目の前の女性は「こりゃ失礼!」と言いながら一枚の名刺を差し出した。


「私、とある番組の編集をしている者でして。『突撃! お似合いカップルさんインタビュー!』っていう特集を組んでいるんですよ」

「ほう?」

「すっごい倖せそうな二人の姿にビビッと私のアンテナが反応したので、声をかけさせていただきました! 折角のデート中だとは思うけど、少しだけ時間もらえませんかねー?」


赤い眼鏡をかけている女性は、両手を合わせながらペコペコと頭を下げている。その後ろに控えているカメラマンであろう男もまた、「お願いします」と言葉を添えて頭を下げた。

二人の熱意もあってか、少しだけ不安そうな表情を浮かべた漣だったが「いいですよ」と返事を返したのだ。これには司馬師も少なからず驚いているわけで。


「これも"想い出"、だよ」

「……そうだな」


恋人なら普通にやる『デート』に、少しだけスパイスが入ったようなもの。そう思う彼は、目をキラキラと輝かせる記者へと視線を向けた。


「では早速、ベタな質問になりますけどお二人の出逢いから聞いても良いですか?」

「出逢い……大学時代に、とある科目を取ったら席が隣になったのが始まり……ですね」


ありきたりな出逢い方だ、そう思いながらノートにメモを取る記者。その後ろでカメラを回す男もまた、同じことを思ったようだ。


「そうじゃないだろう」


すると、司馬師が呆れたように溜め息をつきながら頭をかいた。


「大学時代、俺はすれ違うお前の横顔に一目で惚れたんだ。どんな科目を取っているのか調べ、何処に座って講義を受けているのかも調べ上げたな。あの日も、漣が座る席の場所が分かっていてあえて隣に座ったんだ。俺を意識してもらうきっかけとしてな」

「そ、そうだったの!?」


初めて知ったからか、驚きの声を上げる漣に「なんだ、気付かなかったのか」と司馬師は平然と話をする。


「当時のお前は、多くの男共の視線を集めすぎた。それだけ魅力的であったのに無自覚というのも困り者だな……」

「そんなの、知らない……! 私、普通に学校生活を送って多くの友達を作って……とても充実してたと思ってたから」

「知らぬは本人だけ、ということか」


クツクツと笑う司馬師に、記者とカメラマンはポカーンと目を点にして口を開いているようだ。


「漣へと想いを寄せて良いのは、この私だけだ。他の男を駆除するのに相当時間と労力を費やしたが、そのお陰で……こうして私の隣に居てくれている」


それはとても倖せなことで、奇跡に近いことだった。人間という生き物は、いつ何時何処で出会うかなんて分からないから。それが、愛する者ならば尚更。


「わ、わた、し……」

「当時、この桜の花びらのように、頬を染めた漣はとても愛らしかった。勿論、今でも愛しい事には変わりない。何度口説こうとも、口説き足りぬ……今この場でも、口説きたくて仕方ないぞ」

「こ、これ以上は……!!」


ボフンッと顔を真っ赤にする漣は、染まっていく頬を隠すように両手で顔一面を覆った。

恥ずかしすぎて、この場から消えてしまいたい気持ちで一杯なのだろう……

そんな彼女の行動一つに、思わず司馬師は「フハハハハ!」と盛大に笑い出してしまった。これには、流石の記者やカメラマンは勿論漣までもがビクッと反応する。


「何故だろうな……こんなにも愛しく思えてくるのは生まれて初めてだ。ずっと、愛でていたくなる」

「…………」


恥ずかしすぎてなのか、グルグルと目を回す漣は言葉を発する気力も勇気も根こそぎ奪われていく感覚に陥っていた。

愛を囁くその唇に、愛しく触れてくる彼の腕に、一つ一つの動作に身を委ねてしまうような気持ちにさせられる。心の底から愛している旦那だからこそ、その腕の中にずっと留まりたいと思ってしまう……


「ところで」


ふと、司馬師は視線を動かしながら言葉を続ける。


「我々に対するインタビューはそれだけか? これから行く場所があるのだが……」

「た、大変失礼しました!! もう十分、十分熱く語ってもらったんで!!」


本当なら、他にも聞きたいことはリストとして彼女のノートに書かれていた。だが、これ以上聞いたら自身の口から大量の砂糖を吐き出しかねないと本能的に察した記者はブンブンと首を振っている。


「そうか、ならばこの辺りで失礼させてもらおう。あと……」


漣の肩を抱き、数歩歩きながら司馬師は口元に笑みを浮かべた。


「インタビューは受けると言ったが、"恋人"であるからと一言も言っていないからな」

「へ?」

「今日、結婚記念日なんです。急に声かけられた時、少し驚いてしまいましたが……良い想い出が出来ました。ありがとうございます」


顔の熱が治まる気配を感じない中、照れくさそうに話す漣を連れて司馬師は歩き出した。ポツン、と取り残された記者は「あの二人、夫婦!? マジで!!?」と叫んだのは、また別の話になる。





***





その後、二人は通りがかりで見つけた肉まん屋へと寄って、公園で肉まんを食べながら日向ぼっこをする。

空が青からオレンジへと色を変えていく中……二人はとあるホテルへと足を運んでいくのだった。


「わぁ……」


ホテルの最上階から見える景色は絶景で、言葉を失わせるには十分な要素が盛り込まれている。

そして、後ろからパタンとドアが閉じる音が聞こえてゆっくりと振り返った。


「レストランは予約しなかったのに、ホテルはちゃっかり予約したんだね」

「学生時代の気分を味わうのも良いが、私にもプライドというものがあるんでな」


コートをハンガーにかけながら話す司馬師は、窓際に立つ漣へと歩み寄って……背中から包み込むようにして抱きしめた。


「やはり、私の見立てに狂いはなかった。最高の景色だな」

「うん」


背中越しから聞こえる優しい声に、早まる鼓動を感じながら頬を綻ばせる。

彼の腕の中でホッと安心していると、ゆっくり肩に添えられていた手が下りていってることに気付き……少しだけ鼓動を早まらせた。


「し、子元……! まさか、ここで……ッ」

「何の為に予約したと思ってるんだ? 絶景を背に激しくお前を抱くのも良いだろう……それに」


今日、危険日だろう?

そう耳元で囁かれ、カッと顔を赤くしながら漣は振り返る。


「もうそろそろ、漣との子供が欲しいと思っていたところだ。子を成すのに抵抗があるのか?」

「そ、そんなことない……! 私だって……」


愛する旦那との子供が欲しいと思わない日はなかった。子供と共に、いつか司馬師を玄関口で迎え入れてみたいと密かに想い描いていたことだってある。

そんな気持ちに気付いてか知らずか、司馬師は漣の太股へと手を這わせながら首筋へ口付けをしていく。


「ひゃ……ッ」

「最上階にある部屋はこの一室のみ、防音対策も完璧だ。何が言いたいか、分かるな?」


舌を這わせて首筋にいくつもの痕を残していきながら、司馬師は彼女をベッドへと押し倒す。

心拍数が上がっていく中、止まりかけている頭を必死に動かし……分かったことと言えば――


「声を、抑えないで……ぁ……くれって、こと?」

「正解だ」


ニヤリと笑ったかと思えば、司馬師はそのまま漣へ口付けながら……ベッドの中へと沈んでいく。

年に一度の記念日……夫婦にとって大切で掛け替えのない日に、漣は愛する人の腕の中に居れることの嬉しさを感じながら愛しく触れてくる腕や唇に身を委ねていくのだった。





**





これは余談だが……司馬師と漣が結婚記念日を濃厚に過ごしてから数日が経った時の事だ。

お昼ご飯を手に食堂で元姫たちと食事をとっていた司馬昭が、たまたま写っていたテレビを見て盛大に噴出したのである。

その番組内容は……『突撃! お似合いご夫婦インタビュー! 〜皆が憧れる相思相愛のお二人〜』というものだ。

その番組に出ていたのが、まさか自身の兄夫婦であるなんて思いも寄らなかった司馬昭はゴホゴホと咳き込みながら隣に座る元姫に心配をかけさせたのであった。


「あれ? タイトル変わってるね」

「変更させたんだろう。私たちを特集するとはな……」

「これも想い出、だね」

「ああ」


そして別の場所……社長室に置かれているテレビで司馬昭と同じ番組を見ている司馬師と漣もまた、顔を合わせては笑みを交わしているのは、また別の話になる。



END



とにかくゲロ甘を! という一心が込められたリクエストでした。
い、いかがだったでしょうか? 私の書く甘い小説って、多分これが限度だと思ってます……!
ご希望に添えてるか分かりませんが、紅子さんのみお持ち帰り可能です!

遅くなってしまいましたが、企画参加ありがとうございました!!


2014/4/5 夜桜

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