私のヒカリ

 
『もう、皆して帰っちゃうんだから〜〜!』


クラスの中で一番トロいと言われている私は、二つ上の先輩の卒業式の後片付けをしていた。

バタバタと動いて、やっと片付けが終了。

他の皆は持ち場が終わると同時にさっさと帰っちゃって、残っているのは私だけ。

戸締りも確認したし、そろそろ体育館を出ようとした時だった。

……? 誰か、いる?

人の気配を感じ、恐る恐るもう一度体育館内を見渡した。

そして、見つけたんだ。 舞台の上で、哀しそうに顔を俯かせている先輩を……

この頃から、私の瞳には彼しか映らなくなっていた。

一つ上の素敵な先輩、真嶋太郎先輩のことを……




【私のヒカリ】




(青空の下で読書をするのも、良いかも!)


高校を卒業して数ヶ月、私は太郎君と同じ二流大学に通っている。

午後の早い時間、今は太郎君の講義が始まっているの。

講義が終わっている私は、彼が戻ってくるのを待ちながら読書をして時間を過ごしている。 それに、ふと顔をあげれば見えるんだもん。 窓際で、肘をつきながら講義を受ける太郎君の姿が……

中庭に面している教室はたくさんあり、そのうちの一つである教室の窓際に、彼はいつも座っていた。

「何で窓際にいるの?」と前聞いたら「その方が、中庭にいる君の顔が見えるだろ?」と優しい笑みを浮かべて答えてくれた。

朝・休み時間・昼休み・放課後、それ以外の時間はほとんど会わないから。

だからかな、どちらかが講義を受けている時は必ず中庭にいるようにしよう。そして講義を受けている方は教室の後ろの窓際に座る。

それが、暗黙の了解と化していた。 私は太郎君から借りた本を広げる。すると、そんなに遠くない場所から、誰かに声をかけられた。


「あ、あの!」

「?」

「少しだけ、時間……いいですか?」


顔をあげて声がした方を向くと、そこには私と同学年の男子が立っていた。

歯切れも悪く、顔を少し紅くしているところを見るだけで分かった。

嗚呼、彼も私に何かを言いに来たのだろうと。


「私、ここで人を待ってるの。離れることができなくて……話はここで聞くでも良い?」

「も、勿論!」


幸い、この時間帯に中庭にいるのは私と彼だけだった。

他の生徒たちは、今授業を受けているかさっさと帰ってしまったのだろう。


「お、俺……君のことが好きなんだ! だから、その……」

「うん、ありがとう。でも、ゴメンね」


やっぱり、と私は心の中で呟く。

入学した頃からそうだ。何故か私に告白してくる人が多くなったと思う。

新しい環境で、新しい友達や仲間に出会えたことはとても嬉しい。

でも、こういう告白は……高校時代と比べると増えているような気がする。

何故だろう、と私は自問自答するけど答えは見つからなかった。


「私、好きな人がいるの」

「真嶋先輩ですよね」


彼の口から想い人の名前が出てきたから、私は素直に頷いた。


「どうしてあの人なんですか!? 良い噂なんか一つも聞かないし、色んな女の子に手を出してるって話まで上がってるのに!」

「もう、それは過去のことでしょ?」


私は彼と話をしながら、過去を振り返ってみた。





始まりは、私が一年の時に行われた卒業式の日。

壇上で哀しく俯いている彼を見かけたところから始まった。

校内でも声をかけてくれたし、一緒に臨海公園でデートもした。

すごく楽しかった。楽しいと思うと同時に、彼に対する想いも少しずつ募っていった。

そして、太郎君の卒業式の日。彼は私を突き放した。


『これはゲームだろ? 君みたいな美人なら、その辺割り切れよ』


その言葉がショックで、私は何も言えなかったことを憶えてる。

でも、私はあきらめなかった。ゲームだなんて、思っていないから。

この日、私と話をしていた彼の瞳に隠された大きな闇が……垣間見えたような気がしたから。

私は知りたかった、何故優しい彼が『ゲーム』をするようになったのか……その理由を。

諦めの悪い私に呆れた太郎君は、いつも行き来する喫茶店の名前を残して去って行った。

私はグッと拳に力を入れて、喫茶店アルカードのバイトを始めた。

店内で対面した時、ひどく驚いていたね。太郎君。

受験勉強と並行しながらのバイトは、そんなに優しいものではなかった。

成績は落とさずに、いつも通りにキープさせるのはとても大変で。

バイトもハードではないものの、人の出入りが多い喫茶店だからバタバタと慌ただしく行ったり来たりを繰り返す。

でも、そんな大変な毎日になっても乗り越えることができたのは……太郎君がいたから。

どんなに美人で綺麗な女性(ひと)と一緒に来ていても、無視することはないし、一人の時はたまに声をかけて一緒に帰り道を歩く。

当り前のことが、とても新鮮で嬉しかったんだ。 確か、二度目のデートに誘ってくれた時もそう。

セクシーな服で、とリクエストされたから頑張って着てきたんだ。ナンパに絡まれた時、太郎君が助けに来てくれて……

でも、彼は苦そうな表情になりながら去って行った。デートどころじゃなかったんだ。

そんな日から数日後、バイトをサボれと言われて太郎君に連れられて海岸へと出たんだよね。


『僕はさ、酷い奴だろ? 酷いことばかりしただろ?』


声をかけることはできなかった。だけど、彼はどんどん話を進めていった。


『そう、最悪なことばかりしてきたのに……何で君はやりかえさない? 何でそんなに、優しくするんだ……』


その言葉は、太郎君の心の叫びのようだと私は思った。


『これは嘘なんだろ? もし僕が本気になったら、君は逃げる……そういうゲームなんだ――』


何を根拠にそう話をするのかわからなかった。只、分かっていることは――



―私は、逃げたりはしない。太郎君の傍にいたいんだもん。大好きだから……―



弱弱しい彼の言葉に今にも崩れそうな太郎君を私は支えるようにして、隣に立った。

その日の帰り道は、お互い交わす言葉もなく終わったんだ。

それから数週間後、彼は喫茶店で二人の女性に怒鳴られていた。

ホント、ビックリしたよ。いつも一緒にいた人たちを前に、あの太郎君が苦そうな表情を浮かべていたから。

話の内容は、別れ話だった。持ち出したのは太郎君自身。

『土下座でもしてみせてよ!』と声を上げる一人の女性の言うとおりに動こうとした太郎君を、私は制した。

これ以上、店内で騒ぎを起こしたくなかったもの理由の一つだったけど……本当は――


『ちょっと! 邪魔しないでよ!』

『ていうか、アンタ何? 後輩だっけ? コイツに遊ばれてるんでしょ?』


その言葉に、酷く心が痛んだ。でも、私は遊んでいるなんて思っていなかったから……本気でぶつかっているって思ってたから……


『この人は、僕の大切な人だ。だから、君たちとはもう会えない』


私が何かを言おうとした時の太郎君の言葉、すごく嬉しかったんだ。

いつも耳にする恥ずかしい言葉ではなく、心のこもった重い一言だったから……


『ゴメン。もう……君に嘘はつけないよ』


その一件後、送ってもらった帰り道で私はデートに誘われた。

偽りのない、真っ直ぐな眼差しで私を見つめる太郎君を、私はもう一度信じようと思ったんだ。

そして……





「過去のことは、戻すこともなかったことにもすることもできない。でも、過去があるから今の私たちがあるの。 それにね、私は太郎君さえいればいい。それ以外、何も望まない。それくらい好きな人だから……ゴメンね」


過去を思い返しながらの返答だったから、途中で言葉がつながらないところがあったかもしれない。

でも、それでも……目の前にいる彼には分かってほしかった。

私には、大切な人がいてその人と離れるなんてことはしないっていうことを。


「そう、か……ハハッ そっか」


吹っ切れたような彼の言葉に、私は何も言葉をかけずにただジッと待っている。


「やっぱり、駄目だったか」

「告白してくれてありがとう。そして、その気持ちを忘れないでね」

「え?」

「誰かを好きなるってことは、凄く素敵なことだから。次に恋する相手を探す、良いきっかけにしてほしい。私へと想いを寄せたその気持ち」


その言葉を聞くと、彼はブワッと涙を流して「ありがとうございましたッ!!」と元気よく声をあげてからバタバタと去って行った。

なんて慌ただしい人なんだろう……そう思いながらため息をついて顔を上げる。

すると、窓際にいる太郎君と目が合った。

私がヒラヒラと手を振ると、彼は小さく笑みを浮かべてくれた。



**



帰り道。


「ねえ、さっきの男子、君に何の用だったの?」

「いつものことだよ、でも断ったからね」

「当たり前だろ? 君は僕の彼女なんだから」


はにかむように私は笑い、太郎君と共に下校時間を共有する。


「ところで、何で彼は君にお礼の一言を残したのかな?」

「えッ」


そうだ、確か彼は私も驚くくらい大きな声で言ってた。「ありがとうございましたッ!!」って……


「ねえ、断る以外に何か話とかしたんじゃないの?」

「した、かなぁ……」


話せない。あんな恥ずかしいこと……!

嫌ってほどたくさん太郎君には話していることだったから、改めて聞かれると恥ずかしくて何も言えなくなってしまう。


「ふーん、そう」


急に太郎君の声が低くなった。い、嫌な予感が……


「明日は休日で、バイトも休みだろう?」

「う、うん……」

「親御さんに電話、しときなよ。今夜は帰す気ないから」

「えええ!!?」

「今日も僕の愛をじっくりと刻んであげるよ、その身体に……ね」


クイッと顎を上げられ、上を見上げる。

その時見た太郎君の背後から、黒いオーラを発しているように見えた……


「さあ、今日はどんな声で鳴いてくれるのかな?」


嬉しそうに、黒く笑う太郎君に連れられて、私は彼の家へと連行されることになった。

明日……生きていられるか不安になったのは言うまでもない。


END



プチあとがき
はい、太郎君編の続きをデイジーSideでお送りしました。
(しかも太郎編以上に長くなってしまった。なんてこったい)

どうでしたか? 過去のモノローグ部分は、実際にゲームをしながらカタカタと打ち込みました。
大人になったデイジーって、どんなだ? と思いながら打ち込んだので、皆様の想像しているデイジーとはかけ離れてるかもしれませんね。
想像を崩してしまったらすみません。サーセンッ!!
そんでもって過去作品であるコレを引っ張り出してみて、自分で読み返しながら修正したんですが……こっぱずかしい……!!←
こんなこと書いてたんだ自分! という世界に入ってしまったのは言うまでもない。

そして、気になる最後の締めくくり。
あのですね、黒い太郎君を書きたかっただけなのですよ←
続きはUNDERになるので書きません。むしろ書く勇気がないです。
こんな小心者の夜桜がお送りいた太郎夢、楽しんでくだされば幸いです!
ではでは、この辺で……


引越日:2013/12/20

 

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